戦いはもう、すでに始まっている!そう、今ここで、職員室で!
とある高校。
立派な校舎、部活専用教室、巨大室内プール、選り取りみどりな巨大食堂などなど。
他の学校ではあり得ないほどの「思いきったこと」を行う学校。学校の機能はちゃんとしているし、校則もちゃんとあるし、教育機関として国から決められた規律も守っている。
けれど、この学校は他の学校とは違ったある校則がある。その校則は生徒ではなく、教師のためのもの。
もし、この校則を破ってしまったら、その者は首になる。さらには、教員免許剥奪されてしまうとの噂もある。
では、その校則とはいったい、何なのか?
それは、この僕の日々を覗けば、わかることだろう。僕の波乱の日常を。
もうすでに、この風景は僕にとって、日常茶飯事のものになってしまっている。
「ふん。私に勝とうだなんて、統計数論的にほぼ100パーセントの確率で、無理ですよ」
「あらー、威勢の良い犬の遠吠えですこと。良いですわ、その面を吠え面にしてあげましょう」
方や眼鏡をかけ、黒いスーツをピシッと着た、高身長細身、黒い短髪のキリッとした男。
方や眼鏡はかけていないけどコンタクトをはめ、スレンダーな体をより強調させる少し大胆な服装をした、銀の長髪の凛とした少し低めな女。
この二人の火ぶたが今、切って落とされようとしている。
職員室の中で。
゛今回゛の争いの発端は、服装について。
職場なのだから、しっかりとした服装で来いと、数学教師が国語教師に言ったのが切っ掛け。
僕が着任する前から二人は犬猿の仲らしく。すれ違う度に、睨み合っていたのだ。
そして、数学教師が我慢に限界を感じ、戦いを選んだ。その申し出に、国語教師は物語のように、白い手袋をわざわざ持参して、それを数学教師の足元へと放り投げたのだった。所謂、喧嘩上等。
後ろには、二人の決闘を何人もの生徒が見物しに来ている。
「それでは、良いですか?相手へのダメージは、限度を越えてはなりません。その辺りはしっかりと、わかっていますね?」
そろそろ定年近い教頭が、二人の間に入り、二人の顔を見上げる。数学教師も国語教師もお互いに頷いた。
「よろしい。では、はぁぁああじめぇえええ!!」
さて、始まってそうそうなんだけど。何故、こんなことが行われているのか、説明しよう。
始まりは。と言うよりも、僕がこの学校の変常のことを知ったのは、ここに着任してからのことだ。
「始めまして。体育の教師をやらせてもらいます、高梨 燕です。よろしくお願いします!」
職員室の、一番前。皆から注目を浴びるにはうってつけな場所で、俺は頭を下げると、皆から拍手が起きた。
うー、緊張するー!
「えー。高梨君は、なったばかりの新米教師です。この厳しい世の中、この学校に来たのも、何かの縁でしょう。
彼が立派な一人前の教師になれるよう。そして、彼の勉強のため、これまで以上に教師諸君には、奮闘していただきたい!」
『はいっ!』
40代半ば辺りの若目な僕の隣にいる校長の一喝に、職員全員が声揃えて返事をした。
うっわー、凄く良い返事だ。教師への教育が行き届いているんだなー。
「今日も命いっぱい、励んでください。
それと、高梨君は保健教師の安斎君、君が一通りこの学校のことを教えてくれませんか?」
「はい、わかりました」
校長の呼び出しに、前へやって来たのは、165の俺の胸元に届かないほどの小さく、黒髪のポニーテイル、開いているかわからない細目。
小柄なのにそこだけ発達した胸、白いレギンスに青のロングスカート。見た目からして、おっとりとした女性だった。
「よろしくね、たかなしくん。わたしのなまえは、安藤 ひなっていうの。わたしはほけんと、じょしのたいいくをまかなっているの」
少しゆっくり目で、なんか、全部平仮名で聞こえる。
「よろしくお願いします、安藤先生」
「ああ、いいのよ?そんなにかたくるしくならなくて。
みんなからは、はなちゃんって、よばれているから。
もちろん、せいとだけじゃなくて、せんせたちからもよばれているし、こうちょうせんせいからもよばれているから」
ごほんっ。と、校長が咳払いした。
「安斎先生、それは今言うことではありませんよ」
「ああ、ごめんなさい。まぁ、おいおい、そうよんでね」
「はぁ、わかりました」
何かこの先生、のほほーんとしていて 、ほんわかーな人だから、ちゃっと調子が狂う。
「さでは、そろそろホールルームが始まりますから、これで終わりとします。
高梨くん、ついでだから、安斎君の」
「ひ、な、ちゃ、ん!」
「えー、ひなちゃんの副担任として、2ー1を受けおっていただきます」
下から、子供のような言い方で校長にそう安斎先生が言った。校長は冷や汗を流して、おとなしく頷く。
おい、トップに頷かせれる力持ってんのかよ、ひなちゃん!
僕には、まだその時はわからなかったのだ。なぜ、校長が安斎先生におとなしく従ったのか。なぜ、教師全員がひなちゃんと呼ぶのかを。
まだ、戦いは始まらない。
「とりあえず、あるきながらこのがっこうについてかるーくせつめいしましょう」
職員室から出るなり、安斎先生はそう言った。そして人指し指を上へ向け
「ここは、いっかい。まぁ、わかりますね。ひだりからじむ、しょくいんしつ、ほけんしつ、しょくどうとなります。
かいだんは、じむがわとしょくどうがわに。ほかにもかいだんがあるのですけど、それはひじょーかいだんとして、りようするものなのではぶきます」
おっとりと、事務へと歩を進める安斎先生。その後ろに俺も付いていく。
「しょくいんは、きょうかごとに、さんよにんていど。だいたい40にんほどでしょうかね?
ほかのたいいくのせんせいもあとでしょうかいしますねー」
少し段差が低い階段。けど、少し長い。20ほどあるんじゃなかろうか?
階段を登る。
「にかいにいねんせい、にかいににねんせい、せんかいにさんねんせい。かく、3クラスです。
にかいには、おんがくしつとかていかしつ。さんかいには、としょかん。おおきいので、それ1つです。
よんかいには、びじゅつしつとりかしつ。そして、ごかいのほとんどがぶんかけいぶしつようきょうしつと、せいとかいしつがあります。なにか、しつもんはありますか?」
二階の踊り場を通りながら安斎先生が聞いてきた。
「特にはないんですが、五階に文系部活の教室ですか。すごいですね」
「それはですねー、せいとにかんけいがあるんです。
ここは、おんなのこがおおくてですね。おとこのこはたいてい、うんどうぶにいくんですけど。
おんなのこは、ぶんけいぶががおおいでしょう?だから、そのこたちのためにー、ごかいをあたらしくかいちくしたんですよー」
「思いきったことをしましたね」
「そうでしょ?でも、それはこのがっこだからこそ、なんですよ」
この学校だからこそ?どういう意味だ?
そんな疑問を抱いていると、いつの間にか教室の前に来ていた。
「ここが、2ー1です。おんなのこ23、おとこのこ15です」
「本当に女子、多いんですね」
「それも、このがっこうだからですね。高梨先生はここで、まっていてください」
そう言い残して安斎先生は中へと入っていった。
うーん、安斎先生の言葉が少し気になる。この学校だから、ねー。
少々教室の中がざわついている。俺のことで落ち着かないんだろうか?情報回るの早いなー。
「高梨先生、はいってきていいですよー?」
安藤先生がドアを開けながら僕を招き入れる。
やばい、緊張してきた!落ち着け、しっかりとやっていこう!
「今日からここの副担任と体育の担当をすることになった、高梨先生です」
教壇に立ち、黒板に高梨 燕と名前を書いた。
「高梨 燕と言います。僕は、教師になったばかりで、君たちの方がある意味、先輩のようなものになるのかな?
なので、全然ダメかもしれませんが、その時は叱ってください。
よろしく、おねがいちまっ………」
か、かんだーーーーーー!!!
みんなから大爆笑がおきる。
うう、恥ずかしい。
「はいはーい、みんなしずかにねー。
だいじょーぶですよ、だれにだって、しっぱいはあります。かむことだって」
「すいません、安斎先生」
僕が安斎先生にそう言うと、今まで笑っていた生徒たちの笑い声が、不自然なほど静まった。
そして、代わりにざわざわと騒ぎ出す。
な、なんだ?僕、何か変なこと言ったか?
その時、ちょうどチャイムが鳴った。
「はい、しずかに。これで、あさのホームルームをおわります。
いちじかんめは、さっそくたいいくだからじゅんびしなさーい」
皆へ叱咤したあと、安斎先生が僕へと顔を向けた。
「きょうは、わたしがみんなをしどーします。高梨先生は、そうですねー。おとこのひとだから、じゅぎょーにさんかしてもらいましょーか」
ポンと手を叩いてさらりと、そんなことを言い放った。
「え?参加ですか?男子のですか?」
「いいえ、きょうはおとこのとおんなのこ、いっしょににします。せいべつにわかれて、あそびましょー」
「もちろん、男子のチームですか?」
「よくわかっているじゃないですかー」
にっこりと笑う、安斎先生は表情も、ほわほわ感も変わらないのに、何か怖い。小さいのに、大きく感じる。
僕は意義を出せず、安斎先生の言うことに素直に従った。
体育は、男女一緒にできる、ドッチボールをした。
結果?もちろん、惨敗に決まっているだろうが。
「みごとな、ざんぱいでしたねー」
二時間目は、今度は一年生の体育。今回は、サッカー。
僕を入れて男子9人。向こうは安斎先生入れて女子33人。これも、敢え無く惨敗。
つうか、ハンデいらんくね?と言うほど、女子の結束力がすごかった。
「面目ないです。けど、驚きましたよ。女子の結束力には。それに、運動神経いいんですね、安斎先生」
前に歩く、安斎先生の肩が一瞬ピクリと動いた。気がした。
「え、ええ。そうですね。サッカーはとくいですからー。
それよりも、まだ行っていない、たいいくかんへあんないしますねー」
「あ、はい」
四時間目はどうやら、無いらしい。そのまま、持参したジャージのまま体育館へと行く。
「おんなのこがおおいのはいいましたよね?だから、じょしバスケやバレーもおおいのです。
だから、そのこたちのためにも、たいいくかんは2つあるんです」
グラウンドから、少し離れた場所に二つの体育館が、階段挟んで立ち並んでいた。
「ひだりが、おもにバスケやたっきゅー。みぎが、バレーやしいんたいそー。
じゅぎょーによっても、どちらかをえらばないといけません」
「つまり、バスケをやるなら、左。バレーなら右と言うことですか?」
「そーいうことです。どうぐやゴールが、わけてありますから、きをつけてくださいね」
「本当に、思いきりますね。あの階段は?」
体育館に挟まれている幅が少し大きい階段を指差した。
「たいいくかんでかくれてみえませんけど、プールがあります。しつないプールなので、ふゆでもおよげますよ」
「室内プール!?よく、建てましたね」
「ええ。ほんとーに、このがっこうだからこそ、できたことなんですけどねー」
「その、この学校だからこそって、どう言う意味なんですか?」
そう質問した時、邪魔しているとしか思えない授業のチャイムが鳴った。
「おや。もう、おひるみたいですね。はやいですね。
高梨先生、しょくどうにいきましょう。しょくどうのメニューにもおどろくとおもいますよ?」
そう言いながら安斎先生は校舎へ歩いていく。
「それとそのまえに、ちゃんときがえてくださいねー」
「わかりました」
僕は安斎先生の背中を追いかけた。
食堂には既に多くの生徒が集まっていた。
やっぱり、女子の割合が多いからなのか、大抵の男子が端に追い出されている。男子、不憫だな。
「ここのしょくどうは、がくせいにリーズナブルで、なおかtぐごうせいなのがうりなんです」
安斎先生が壁付近に立っている看板を指差した。
「まいにちまいにち、たべもののないようがかわるんです。きょうがわしょくなら、あすはようしょく。というふーに。
かぶることは、ほとんどありません。でも、いちおうていばんな、ドンものやカレー、ヌードルかんけいはちゃんとあります。
それらも、しゅるいがたさいなのでまいにちたのしみにしているひとがおおいんですよー?」
す、すごい。なんで、そんなことができるんだ?
「このがっこうだからこそです」
僕の考えを読み取ったかのように、安斎先生は可愛らしく笑った。
うっ。ちょっとドキリとした。
「さ、高梨先生。はやくたべにいきましょー。にんきなものはすぐ、うりきれになっちゃうんですから」
安斎先生は食堂の若い女性の所へと向かった。
「おっ。ひなちゃん。今日は何にするのかねぃ?ひなちゃんが、好きなハンバーグはないけど、甘いカレーがあるよ」
「えっ!ほんとー!?じゃぁ、それをちょうだい!」
その光景を見て、僕は少し笑った。
「子供っぽいんですね」
「高梨先生、わたしをおとなのじょせいだとおもっていないんですか!?わたしのほうが、としうえなのにー!」
きぃー!と怒る安斎先生。かわいい。
「ん?新しい子?やっほー、高梨君って言うのかい?」
近くで見ると、僕とあまり変わらない位の人だ。若い。
「あ、はい。高梨 燕と言います。あの、おいくつなんですか?」
「ん?27だよ。華神 叶、花婿絶賛募集中。よろしくね。
あ、あと敬語いらないから!私も、みんなに敬語なんて使ってないからさー!」
なんともバッサリとした人だ。
「は、はぁ」
「高梨せんせーい、こっちですよー!」
いつの間にか机に座っていた安斎先生が僕を呼ぶ。
って、そこは女子の集団中心部ではないか!
「ふふ。まぁ、頑張りな」
ニヤリと面白そうに唇を吊り上げる。
「………はい。それじゃ、また」
ペコリと華神に頭を下げて渋々、安斎先生の所へ向かった。
「しょーかいしますね。このこが、ふーきいんちょーの百目鬼 九十九。そのとなりが、せいとかいふくかいちょーの向井 百合。で、わたしのとなりのこが、せいとかいかいちょーの、安斎 ゆな」
こんにちわー。と三人が言った。
順に、眼鏡をかけたキリッとした子、ボーイッシュで明るい子、小さくて髪の長い、目が細い子。
「って、安斎ってもしかして!」
「そう、わたしのいもうとなんですよー」
小さくて、ほわほわ感があって、目が細い。安斎先生と瓜二つだ。
「そっくりですね」
「よくいわれますー」
と、返したのは妹。
「そう言えば、そろそろ教えてください。
なんで、こんなにこの学校は充実しているんですか?安斎先生」
そんな質問をした瞬間、今までざわしく騒いでいた食堂が凍り付いた。机向こうの二人や、安斎先生の隣の妹さんまでも、顔を青ざめさせている。
えっ?なに?僕、変なこと言った!?
その 時、ガタリッと椅子の音を立てて、隣の人が立ち上がった。
「この学校には、特別なルールがあるのです」
安斎先生の顔はうつ向いていてよく見えない。
あれ?なんか、喋り方が変わっているような?
「特別な、ルールですか?」
「はい。今までの、五階や、体育館、プール、食堂と。これらも、その特別なルールで変更されたものなのです。そして、その特別なルールと言うものがー。
決闘なんです」
「け、決闘!?」
スッと、うつ向いていた安斎先生の顔が僕へと向けられる。
「高梨 燕!あなたに決闘を申し出ます!」
安斎先生の目が、開け放たれていた。
「えっ!ええーーー!?」
そして、みんなが今まで食べていた机を、壁ギリギリの所まで持っていき、僕たちを囲うように四角くセッティングした。
なんと言う、結束力。
そして、僕たちの間に、安斎先生よりも小さい初老に近い男の教頭が割って入ってきて、僕たちを少し離させる。
「ひなちゃん、高梨君への要求は?」
「もちろん、私を『ひなちゃん』と呼ぶことです!」
ピョンピョンと素早く跳ねながら、そう答える安斎先生。
え?ちょっ!どう言う意味!?
「高梨君、ひなちゃんへの要求は?」
「え?ええ!?」
「私に勝てば、私に何か要求することができるのです。例えばー、ご飯を奢ってもらうとか。勝てば、相手に最大限、出来うる範囲内で何でもさせることができるんです。
早く決めないと、あなたが勝っても、何も要求ができませんよ?」
「そんなこと言われても、まだ今の状況が理解できないんですけど!?」
下では、ゆっくりと指を折ってカウントダウンする教頭。
ちょっ!何、カウントダウンしてんの!?ちょ!もう、1だし!
「良いですか?相手に大怪我を追わせてはなりません。
最大限の配慮と、最低限の無加減で、相手をノックダウンあるいは、リタイヤさせること!両者とも、いいですね?」
ゆっくりと後退りながら教頭が安斎先生と僕に視線を送る。
「はい!」
そう返事したのは安斎先生。教頭がぐりんと顔を向けてきた。
「返事は!?」
「は、はい!」
初老と思えない一喝に思わず返事をしてしまった。
「よろしい。では、はぁあぁああじめぇええ!!!」
バッと、素早く机を飛び越え避難する教頭。
本当に、初老なのか?
「高梨先生。空手、得意ですか?」
「え?あ、はい。中、高校と、入っていました」
ん?空手?そう言えば、あの跳ね方。まるで空手家のような。空手の勝負の時見たような。
「そうですかー。では、少し本気でいきます!」
突然、視界から安斎先生の体が消えたかと思うと、すぐに目の前に現れた。それなりに目は良い。けど、高校卒業してから、全く空手をしていない。
僕の目線の高さに、安斎先生の『腰』。
「へ?」
見えていた。ちゃんと、目で追えていた。安斎先生の右足が僕の首を狙っているのを。
けど、体が動かない。
どがーん!
何が起こったのか、わからない。首が痛い、背中が痛い。そして、気が遠のく。
「勝者、ひなちゃん!」
と、教頭の声。安斎先生の開いている目に僕が映っている。
意識が遠退いていく。
「はっ!………こ、ここは!?」
僕は目が覚め、体を起こした。周囲はカーテンで仕切られていて、外がわからない。
「もしかして、保健室?」
寝かされていたベットから降り、カーテンを開けた。
「あっ。起きたみたいね」
「ほんとーだ!ごめんなさい、高梨先生!だいじょーぶですか!?」
机の付近に、安斎先生ともう一人、高身長でスタイルの良い、紫色の長髪の白衣の女性がいた。
「あ、はい。大丈夫です」
「そう。なによりだわ。私は、吉野家 律佳。よろしく。で、ひなちゃん。いくら高梨君が経験者だと言っても、何も知らなかったのだから、手加減しないといけないわよ?」
「うう、ごめんなさい。おもわず」
「そうだ!いったい、何だったんですか!?」
「ここの学校はね、特殊なのよ。人には、誰だって不平不満があるでしょう?それを、できるだけ取り除くために、決闘をするの。
そして、戦った相手に要求するのよ。さっき、したでしょう?見ていたわ。完膚なき敗北」
「だから、あなたはこんご、わたしのことをひなちゃんって、よばないといけなんです!」
にっこ りと、笑う安斎先生。もう、この顔が恐ろしく見える。
「それじゃぁ、あの学校の改築も!?」
「ええ、そうよ。昔の卒業生が先生になって、校長と戦って得たものよ。ちなみに、この決闘は創立当時からの校則」
「もし、破ったら?」
笑顔で、親指を立てて下に向け、ゆっくりと自分の首を横切らせた。つまり。
「く、び」
ギチギチと、首がそう言った人の方へ向かう。
「さ、いってみて。ひ、な、ちゃ、ん!」
目の開いた、
「ひ、ひな、ちゃん」
が笑った。
「それじゃ、ひなちゃんがちゃんとしていなかったらしいから、きちんと説明をしましょうか。
この学校は校則として、決闘が行うことができます。教員のみですが。基本的に、決闘はそう易々としてはいけないし、受けてはいけません。双方、絶対に譲れない。その時に、決闘が行われます。
決闘方法は、さまざまです。口論やスポーツ、テストなどなど。殴り合いも、行われます。しかし、それにも限度があって。ギリギリで指の骨を折る程度までは許されますが、それ以上の傷を与えた場合、その場でその人の敗けとなります。
明らかに酷い場合は、首になることもあるので、気を付けるように。あと、殴打する部位にも気を付けて。顔、腹などはできる限り殴らないように。急所は絶対ダメ。
そして、一番大事なのは敗けを認めることです。例えば、間接技。あれって、物凄く痛いけど、我慢しようと思えば、外れるまで我慢してしまうんです。まぁ、そうなる前に教頭がカウントを行うので、大丈夫なのですが。
ああ、そうそう。立会人の教頭がちゃんといないといけませんよ?何処からともなく現れるんですが。それでも、必ず教頭がいるのを確認してください。
そしてもう一つ大切なこと。まず先に相手への要望、不満を行ってそれでも直さない、拒否し続けたのなら、決闘を申し込んでください。これら全て破った場合、即刻首となります。酷い場合は、教員免許剥奪されるかもしれません。過去に一度、剥奪された教員がいると言う噂もありますから、充分気を付けてください。
あ、それと。この物語は決闘罪、暴行罪、傷害罪、などなどを無視しています」
そして、最初に戻る。
「おはようございます、高梨先生」
「あ、おはようございます。二宮先生」
職員室の隣の席に、白いパンツに白い上着の私服姿の数学教師が座った。昨日の勝負の結果がこれだ。
口論で負けた二宮先生は萩先生の命により、今日から私服姿で学校に来ることとなったのだ。それにしても。
「二宮先生、かなり決まってますね、私服姿」
「ブッ!?ゴホゴホ!!き、君は何を言い出すんだ!?」
飲んでいたコーヒーが気管に入ってしまったのか、むせた。
「いや、ずっと礼服だったんで、私服姿、全然想像できなかったんですけど。かっこいいですね」
「わ、私はまだ30です。普通の格好もちゃんとします。もう、この話題に触れないでください!」
全くと呟きながら眼鏡を持ち上げた。暑いのだろうか?少し顔が赤い。まぁ、いいんだけど。
校則による決闘。一日に一度は必ず行われるほど、頻繁に教員の不満が爆発している。ストレスの捌け口としていいものなんだろうと思うのだけど、僕は一回しか行っていない。
不満をぶつけられたら、素直に従う。不満があっても、堪える。僕はそうして、決闘を受けない、しないように心がけているのだ。別に、負けるのが嫌だとか、相手を傷付けるのが嫌だと言うわけではない。
何と言うか、興味がない。スッキリしそうだし、従順させれる高揚感が羨ましいとはお思う。
けど、だからと言って僕は相手のパーソナリティーをないがしろにしてまで、相手へ要求しないし、要求がない。そういう風にできていない。
「適度に流していくのが、僕だ」
「何か、言いましたか?」
小さな独り言が二宮先生に聞かれたのか、不思議そうな顔で訊いてきた。
「いえ、何でもありません。今日、天気が悪いなって呟いただけです」
「そうですか」
外へと視線をやる。外は黒い雲に覆われている。これは、大雨が来そうだな。今日の体育は、体育館でするとしよう。
「それ、で君はいいのですか?」
昼食、食堂にて。今日はハンバーグ定食。学校で出される料理とは思えないほどの多さ、美味しさ、安さだ。僕の隣に座った、校長。彼はB定食の、鯖の味噌煮込み定食だ。上手そうである。
「え?何がですか?」
「今の受け身の生活でいいのか、と言っているのです。高梨君、何故何でも受け入れる?逃げる?挑戦しない?」
「………」
校長が言わんとしていることは、わかる。決闘のことだろう。校長は箸を止めて胸ポケットから教員手帳を出した。
それには、校則や憲法、教室は何のかが書かれている。教員全員に配われるものだ。そして、開かれたとこの手帳には決闘の詳細の書かれたページが開かれている。
「私は、この校則がそれなりに気に入っています。ストレスの捌け口、無駄な言い争いの回避など。私はそれらを一気に取り払ってくれるものだと思っているのです。
これにも、マイナス面があるでしょう。しかし、それは相手がいるからこそ、プラスもマイナスも出てくるものです。逆に、相手がいなかったら、零なのですよ、高梨君」
魚の骨をちまちまと取り除きながら校長は言う。
「受け入れ、回避し、挑戦せず、何も起こさない者は。自分がない、意思がない、人間失格とさげすまされてしまう」
君は、透明でいるつもりなのですか?
ゆっくりと、呟くように校長はそう言い放つ。雑音があるはずなのに、しっかりと聞こえた。
「本当は違うかもしれない。実は気さくで、面白味のある人なのかもしれません。
しかし、ここでは。学校という一枠に填められた世界では君は居ないに等しい。ここは、主張の強い学校ですからね。君のような一般的衆人にとっては、偏見しか起こらないでしょう」
無興味でもなく、面倒でもなく、偏見。
僕は、この世界を偏見していたのだろうか?見るに耐えないものだと感じていたのだろうか?
「教頭」
いつの間にか僕の隣に座っていた、校長と同じものを食べている教頭がいた。
「何ですかな?」
骨だけを残して全て平らげた校長はゆっくりと立ち上がって宣言する。
「久々の決闘だ」
僕が初めて決闘をしたときのように、リングが設計されている。真ん中には、僕と校長。間には教頭。
「校長先生、要求は何ですか?」
「決闘を行うこと。今後、自分から決闘を行ったり、相手からの申し出を受け入れ続けるのではなく、自分の意思を持ち続けること。逃げない、己を持つ、挑戦する。それが私の要求です」
「それでは、高梨君。君の校長への要求はなんですか?」
教頭が下から覗いてくる。校長から散々に言われ、貶され。決闘をしたくないのに、しないためには決闘をしなければならない。
そして、負けたら半強制的に決闘をしなければならない。しないといけなのなら、勝ってしなければいい。
「僕の要求は、決闘を校則から取り除くことです」
僕の要求に周りがざわめく。そんな僕に校長は笑う。
「それは、良い考えですね。やりたくなければ、それの根本を潰す。大きな主張だ。
しかし、そうなると、君だけでなく、他の先生がたも透明になってしまう。それは避けなければ、逃げなければなりませんね。ここはやはり、男らしく、Kー1で白黒付けましょう」
「相手への急所への攻撃、腹と顔への集中攻撃を行った場合、その場で敗けとなります。
また、骨折や私生活に支障をきたすような重症を負わせた場合、首となる可能性もありますので、気を付けてください。それでは、お二方よろしいですか?」
「「はい!」」
僕と校長が揃って返事を聞き、教頭は頷いた。
「それでは、はぁぁぁああじめぇぇぇぇぇえええ!!!」
毎度のことながら、教頭は初老とも思えない俊敏な動きでリング外へと避難していった。
「ゆくぞ!てぃやぁぁぁ!」
もう突進してくる校長。思わず僕は避ける。机にぶつかる寸前に校長は急停止した。
「逃げるか。しかし、私は負けることができないんです。
この、受け継がれてきた校則を易々と、私の代で消すなんて、できるわけがないのだ!!」
一気に間を積め、拳を振るう校長。しかし、目が良い僕にとって、その攻撃は遅い。難なく、避けることができる。更に校長の猛打が続くが、僕はそれを紙一重で切り抜いていく。
「逃げてばかりですね、高梨君。私の疲労を狙っているのかな?そんな簡単にいくと思うなよ、小僧!!」
急にでかい声を出され、僕は一瞬強ばった。校長はその隙を見逃すことなく、体が消えた。体を屈ませ、視界から外したのだ。
そして、僕の胸元めがけ、頭突きを放った。突き飛ばされ、僕は後ろの机にぶつかりと共に倒れた。
「がはっ!げほっげほげほ!」
呼吸気管にクリーンヒットしたのか、咳が止まらない。すかさず校長は僕の腕を取り、腕挫十字固を決める。
「くっ!」
しかし、まだ甘い。僕は咄嗟に回転して技を無理矢理解き、すぐさま立ち上がり後ろへ逃げる。
どうやら、校長は体力に自信があるみたいだ。となると、逃げてばかりじゃ、僕の方が先にダウンするかもしれない。なら、どうすればいい?
「逃げてばかりでは、勝てるものも勝てないぞ、高梨君」
しびれを切らしているのか、少し大振りになっている。これは、チャンスだ。うまく、タイミングが合えば、逆転できる!
僕は校長の猛打を切り抜けながらパターンを読む。そして、間が空いたときを狙う。校長が大きく振りかぶった。
「今だ!」
「ぬぅおおおおお!」
バキッ
僕の拳が、校長の顔に。僕の顔に、校長の拳が決まった。クロスカウンター!?僕の意識が遠のき、よろける。それと同時に校長も後ろ向きで倒れ込んでいく。ダメだ、意識が消える。持ちこたえるか、先に目を冷ませば、僕の勝ちだ。
両者、互いに地面に倒れた。
そして、数ヵ月後。僕は決闘をしていた。そう、あの時は校長の方が先に立ち上がったのだ。あれから僕は、小さなことでも要求を出し、決闘を出したり受けたりした。
自我を出し、自分を貫く。それは、ただのストレスの捌け口、無駄な言い争いの回避の為だけではなかった。決闘を出すことは、相手へ心を開くこと。決闘を受けることは、相手が心を開くこと。
一種の、コミュニケーションなのかもしれない。そう、僕は色んな人と交差し続けることで思った。今までの独りだった、透明だった自分とはうって変わり、職員らとの関係や生徒たちとの間柄が一変した。よく話をする、話しかけられる。決闘を通じて、話ができるのだ。
ひなちゃんは相変わらずの、強者で、挑んでは勝ち、挑まれては勝ち続けた。それとは逆に、僕は敗者で、挑んでは負け、挑まれては負け続けた。なんとも、情けない話である。
そんな中、こんな僕にも恋をした。その人とは一度、敬語を辞めるようにと決闘し、僕は負けた。
「好きだ!付き合ってくれ!」
切っ掛けは他愛もない話で、彼女の微笑みに射止められたという、些細なことだった。けど、そんな発見ができたのも、決闘を通じて心を通わせたから。たぶん、決闘がなければ彼女との会話は少なく、恋に落ちることもなかったであろう。
「そうね。なら、決闘をしましょ?」
「へ?」
顔をあげると、何時ものように、いつの間にか間に割って入っている教頭。
「私が負けたら、付き合ってあげる。それで、私が勝ったら。
私と、結婚しなさい」
「え?えええええぇぇぇ!!?」
「はぁぁぁぁぁあああじめぇぇぇぇぇぇえええええ!!!!!」
とりあえず、これで全てです。この小説は、書く前の本来の考えとは少し方向が変わってます。最初は、教科の教師たちが本格的に自分の分野を戦いに利用して勝ち進んで行くといった感じでした。
けれど、それだったら途中で止まってしまうし、書けないだろうなぁーって思ってこういった路線にやってみました。
もし、これがそれなりに人気あったら違う目線でのやつでも書いてみようかなーって思ってます。
例えばひなちゃんの話だったり、教頭の昔話だったり(笑