ホームレスだって生きている
「いつ死んでも同じだから……。僕はいたって、いなくたって変わらない」
そんなことを平気で思っていた。
この世がつまらなかったし、何をやったって自分より上の人間なんてごまんといるわけで、存在価値ってのがわからなかった。
そんな風に不貞腐れて、希望も見えないときにそれに出会った。人間をそれと呼ぶのはどうかと思うが、僕はいまでも人間だと思いたくない。というより一緒にしてほしくない。ただそれとの出会いは最悪だと感じながらも、僕の人生観は一変した。今までまじめにやってきたことがバカのようにも思えたんだ。
それは公園にいた。いや、いたのではなく住み着いていた。端的に言えばホームレスだった。髪はぼさぼさ、無精ひげは伸び放題、着ている服も黒ずんでいた。おっさんというには若いが、お兄さんと呼ぶには貫禄が出すぎているというような感じだった。それに出会ったのは運命なのか、それとも偶然なのかなんてことはその時考えなかった。だだ一種の罰のように感じていた。
なぜかって?学校をずる休みしたから。
模範的な生徒を演じてきた僕にとってそれは結構勇気のいることで、かといってやることがなかったため公園のベンチに座り呆けていた。用事もないのになぜ休んだのかは僕にもわからないけど、ただほんの少しだけまっすぐなレールからはみ出してみたかっただけなのかもしれない。
「なあ少年よ。お金を恵んでくれないか」
突然背後から声が聞こえてきたことに驚き振り向くと、さらに異臭に驚いた。人間のにおいはこんなにもなるものなのかと。このにおいがを例えるなら、真夏の動物園とでもいえばいいのか。とりあえず臭かった。目を白黒させながら相手を見ていると
「けっっして怪しいものじゃない。ここの公園在住のホームレスだ」
その自己紹介のどこに自信が持てるのだろうか。怪しさ満点、どうして警察はこんなやつを放っておけるのかが疑問だ。
「怪しいですよ。怪しすぎます。というより近づいてこないでください。くさいです。どうか生ごみと一緒に処理されちゃってください」
「人生の先輩に向かってそれはないだろう。俺は資源ごみだ」
何やら胸を張っているが、どうやらごみであることは認めるようだ。
「それでそのゴミクズが何の用ですか。高校生にお金をたかるんですか」
何?僕の言葉遣いのどこが模範的な生徒かだって?全校生徒の半分が暴力沙汰で停学処分を受けるんだ。言葉遣いの良しあしなんてあったもんじゃない。暴力を振るわないことのみが模範と言わずに何といえようか。ということで気にしないでくれ。
「ゴミクズ……。それはひどいな。間を取ってミクと呼んでくれ。なんかかわいくない?それにたかってるんじゃない、お願いしてるんだ。貸してください、って」
とりあえず殴りたい。だが、それに触れるのは生理的に無理だ。ちょうどここは公園で、よく子供が野球をしている。ということは、ボールが落ちている可能性がある。その可能性にかけて、ベンチの下をのぞきこむ。
あった。丸いボールが。手に取る。このずっしりとした重量感、間違いない。これは砲丸投げ用の鉄球だ。一瞬疑問が浮かんだが、どうでもいいではないか、ボールよりこっちのほうがはるかにいい。とりあえず鉄球を持ったまま尋ねる。
「僕の右手には馬鹿にだけ見える鉄球があります。それがみえますか」
「何にも持ってないって。当たり前だろ。この天才たるわたちった」
「すいません。手が滑りました」
鉄球は見事に足の指先にあたったようだ。
「いや何を……言っている……ンだね。君は何も落としていないのだ……から謝る必要なんてな……い」
涙を流しながらいう姿に僕は感服した。初めてこんなバカに出会った。
「200円でいいから恵んでくれ。お願いだ」
「何に使うんですか」
「もちろん宝くじだ」
ため息が出た。心から。救いようのないバカのようだ。
「死んだらどうです?あなたなんか、いてもいなくても変わらないでしょう。なんで生きているんですか」
それは日ごろ自分に対して思っていたことで、それに対しての答えがほしかったのかもしれない。自分より格下と思えるそれに聞くことで、自分の生きている価値ってのを確立させたかった。
「生きている理由なんてないよ。死なないから生きているだけかもしれないし、宝くじを当てたいから生きているのかもしれない」
「なら、いつ死んでも同じ事じゃないですか」
「いつ死んでも同じなら、俺は100年後死ぬよ。そしたらギネスにでも認定されるかもしんないし」
それだけのことなのか。僕がいつも思っていたことは、そんな簡単な答えだったのか。
財布から200円を取り出す。
「馬鹿にしか見えない200円です。みえるならあげます」
「もちろん。見えるに決まってるじゃないか」
やっぱりそれはどうしようもないバカで、そんなどうしようもないバカに少しだけ救われた気がした。
何となく生きてたらきっと何とかならなくなるかもしれない。
それでも全力で何となく生きていた。そんな感じ