放課後の一幕
放課後の一幕
友達から借りた漫画でツンデレというものを知った。
この漫画のツンデレキャラは、最初ツンの時は主人公に辛く当たるのだが、仲良くなっていくとだんだん素直になってゆき、主人公が他の女の子と一緒にいると露骨に冷たく当たって、最後の方にデレという状態になると最初のキャラと同じか疑うような熱々カップルになっているという感じだった。
最初読んでいるときは漫画の主人公に親近感を覚えていた。ツン時代のヒロインが主人公に辛く当たるところが自分と被ったからだ。
俺には漫画でいうところの、一つ下の妹のような幼なじみがいる。といってもこの漫画のように主人公を兄の様に慕い、甘えてくるような可愛い性格ではなく、さっき言ったツンデレのツンのみを出しているような奴で年上の俺を全く年上扱いせず、かといって友達扱いでもなく、俺のこと完全に見下してるし、大体あいつは背が低いくせに態度はでかいし……(以下略)……途中からなんか愚痴になったな。
あいつとは彼氏彼女の関係になりたいわけではないが、年上として慕われるぐらいにはデレてくれればと、読み終えた漫画のページを捲りながらそう思った。
放課後の教室。辺りが夕焼けで赤く染まりだそうとし始めている時間、俺、『日野鍵一』は目の前にいる女の子と二人きりだった。
「べ、別にあんたのことなんか好きでもなんでもないんだからね。勘違いしないでよね」
彼女は夕焼けのせいか少し頬を赤く染めながら言う。
俺はいつもと違う彼女の表情に一瞬驚いたが、それでも、なんとか俺は彼女にこの気持ちを声に出して言うことにした。
「……なに言ってんだ。お前」
「いやいやー。一回は言わないといけないかなー、と思って」
さっきまでの表情が嘘のようにころっと変わる。いや実際冗談か何かなのだろう。
「一度はこんな台詞言われてみたいと思わない?」
「いや、結城と会うまでそんな台詞があること自体知らなかったよ」
そう言うと彼女は「こんな有名な台詞なのになんで!?」とか驚いた風に言うが、それは一部の人限定だと思うぞ。
彼女は『結城夕』俺のクラスメイトで一応友達。
顔立ちもよく人望もあるので男女問わず人気がある。が、これまでの台詞を聞く人が聞けばわかるかもしれないが彼女はオタクである。
「ツンデレの女の子が頬を赤く染めてさっきの台詞を言ってくれたら……とか思ったことないの」
「無い。ツンデレの単語自体、最近やっと知ったぐらいだからな」
結城は不満そうな顔をするが、一般人にオタク会話をついていけというのが無理だと思う。
一応友達と言った理由は、なぜか俺にオタク知識を披露してついていけなくなるからだ。前にツンデレ喫茶に何の予備知識もないまま連れて行かされた時、俺は終始混乱状態だった。その隣では結城は満足げな表情を浮かべていたのを今でも覚えている。
「あの時は大変だった」
「ツンデレ喫茶のこと? また行こうね。こんどはなーちゃん誘って」
結城は活き活きと言うが、俺としては二度と行きたくない。それにあいつは誘ってもまず行かないだろう。
俺の乗り気じゃない態度を見てか、結城はため息をつくと俺の方に視線を向けてきた。普段が普段なので忘れがちだったが、彼女は普通に可愛い部類の容姿に入る。そんな彼女と視線が合うと、俺は少し顔が赤くなるのを感じたが、そんな状態も長くは続かなかった。
「ツンデレな幼なじみがいるのに、日野君はどうしてツンデレに興味が無いの」
視線が合ってもいつも通りの会話で、顔の火照りもすぐに冷めてきた。
「どうしてって言われてもな」
結城の言う幼なじみは『上月奈菜』俺の幼なじみで一つ下の女の子。結城は何故か、なーちゃんと呼んでいる。
小柄で強気で、なぜか不機嫌そうな顔つきで俺につっかかってくる奴なのだが、結城に言わせると、「そこが良いんじゃない」だそうだ。
「この前貸した漫画見たよね。あれを見て何か思うところはないの」
「思うところか? そういえば、あの漫画にあるような台詞を奈菜が言っていたような」
そう俺が言うと、結城の表情が変わった。例えるなら特大のネタを見つけた記者のような表情に。
「それはいつの話。どんな状況で。なんて言ったの。言って、教えて、聞かせて」
よほど興味があるのか、目を輝かせて、口調が早口になり、興味津々というのが伝わってくる。その様子に俺は少したじろいだが、気を取り直してそのときの話をすることにした。
あれは中学のときの話だったか……
~回想 中学時代~
午前の授業が終わって昼休み。
「昼休みになると毎度思うんだが」
「なによ」
教室では昼食をとる人たちで軽く盛り上がる中。俺の机で何故か昼食をとっている奈菜に向かって言う。
「なんでわざわざ俺の所に来て昼飯を食うんだ」
「別に、あたしがお昼をどう過ごしてもいいでしょ」
俺の質問にそっけなく答えると弁当を食べ始める。ちなみに奈菜の食べている弁当は奈菜が自分で作ったものだ。
この学校は給食がないので昼食をとる方法は昼食を持参するか、購買でパンを買うかの二つ。だから昼休みになると自由行動になるのでどこで昼食をとっても構わないことになっている。だからここで昼食を食べることはいいのだが……。
「そりゃそうだけど、なんでわざわざ上級生のクラスまで来るんだ」
同学年の別のクラスならともかく、毎回上級生の俺のクラスまで来るのかがわからない。
「べ、別にどうだっていいでしょ」
どうやら言いたくないらしく、そっぽを向いて奈菜は答える。
あんまり深く聞いても怒りそうだし気にしないようにしよう。すでに奈菜の顔が少し赤いし、これ以上目立ちたくないし。
下級生が上級生のクラスに来るだけで充分に目立つ、そのせいか周りからの視線や、冷やかしの声などが俺に集まる。人間こうやって有らぬ誤解とか噂が生まれていくんだろう。そう思うと自然と疲れてくる。
「む、何その顔」
「ん。ああ、悪い」
どうやら表情に出ていたらしい。
「お昼食べるときにそんな辛気臭い顔しないでよね」
奈菜は文句を言いながら弁当に箸を伸ばす。
「悪い悪い。周りからお前と付き合ってるとか思われていると思うと、どうもな」
「へ?」
奈菜は何を言われたか理解出来てないようで、きょとんとした顔になったと思ったら、顔が一気に真っ赤になった。
「な、な、何それっ、あたしはべ、別にあんたのことなんてなんとも……って、なんでそれでそんな顔になるのよっ」
奈菜は顔を真っ赤にしたまま怒鳴ってくる。怒鳴る理由もわかる、確かに聞き様によっては失礼だな。
「少し仲が良いだけで付き合ってる、とか冷やかされたら普通嫌だろ。お前もそう思うだろ」
「あ、あたしは別に……あんたなら」
奈菜の顔は真っ赤のままだが、さっきまで怒鳴り声が無くなり、声は聞き取れないぐらいまで小さくなった。
「どうした?」
「な、なんでもないっ。そんなことより、早くお昼食べなさいよ。出してもないじゃない」
奈菜はごまかすような感じで昼飯の話題を振る。
確かにいつもなら購買に行ってパンを買って、教室で食べているが、今日に限ってはそうではなかった。なぜなら……。
「飯か? 財布忘れたから、今日は昼飯抜き」
あっけらかんと答える。
「……はぁ、なにやってんのよ」
奈菜からため息混じりに呆れたような目で見られる。実際呆れているだろう。
「忘れたもんはしょうがないだろ。というわけで俺は寝る」
そう言うと俺は机につっぷして昼寝をする。
時間はまだあるし、しばらく寝むれ、そう……だな。
そう考えていくうちに意識が眠りの方へと進み、意識が閉じ始める。が、突然頭に殴られたような痛みが走った。痛みで一気に眠気が覚め、目を開けると、拳を握り締めている奈菜の姿があった。どうやら本当に殴られたらしい。
「ちょっとっ、何でいきなり寝始めるのよっ」
「何も殴ることないだろ」
殴られた頭をさすりながら抗議する。
「あんたの寝顔を見ながらお昼を食べるなんて嫌なのよ」
「しょうがないだろ。動くと腹減るし、図書室で読書なんて柄じゃないし」
そう言って再び机につっぷして寝始める。
「だから寝るなっ」
また頭に痛みが走る。なんでいちいちこう暴力的なんだろう。頭をさすりながら頭を上げる。
「じゃ、どうしろと」
「し、しかたないから、あたしのお弁当わけてあげるわよ」
奈菜は微妙に俺から目を逸らしながら言う。
「か、勘違いしないでよね! 別にあんたのためとかじゃなくて、あんたの寝顔を見ながら食べるのが嫌なだけなんだからね!」
「いや、何も言ってないけど」
そんなに俺の寝顔は見るに耐えないものか?
嫌なら別の場所で食べればいいんじゃ、と思ったが、ここで変なことを言って昼飯を食べる機会がなくなるのは嫌なので黙っておいた。
「ほんとにいいのか?」
「いいわよ。はい、割り箸」
「お、準備いいな」
「あ、あんたと一緒にしないでよね」
奈菜は弁当の蓋に俺の分のご飯とおかずを分ける。
「はい、ありがたく食べなさい」
「じゃ、ありがたく。いただきます」
挨拶を済ませると割り箸を伸ばし分けてもらった弁当を食べる。
「うん、美味い」
「ほ、本当に?」
「お前の飯が美味いのは昔から知ってるからな。これなら、いつ財布忘れても大丈夫だな」
「な、何よ、もう分けてあげないわよ」
「冗談だ、冗談。さすがに悪いからな」
「で、でも、あんたがどうしてもって言うなら、こ、これからは……」
奈菜が急に俯いたかと思うと、声のトーンがどんどん小さくなり最後の方はなんと言ったのか聞こえなかった。
「なんか言ったか?」
「べ、別に何も言ってないわよ。片付かないから早く食べてよね」
「わかったわかった」
こんな感じで昼休みが過ぎていった。弁当を食べている間、なんとなく奈菜がいつもより上機嫌だった気がした。
~回想終了~
「と、まあ感じなんだが、確かに似たような台詞を言ってるかもな」
「う~、生でその光景を見たかったよ~」
本当に残念そうな表情で声を出す結城。
そんなに残念か? この会話を聞けないことが。
「中学違うから仕方ないだろ」
「はぁー、日野君と同じ中学になりたかったよ」
今でも奈菜は俺のクラスまで来て昼食を食べるが、前よりは落ち着いて昼食をとっている。俺として構わないのだが結城としては「なんか物足りない」だそうだ。
「つまり、日野君はもうツンデレに飽きちゃったんだね」
「何でそういう会話になるんだ」
突拍子のないことを言われる。そもそも飽きる、飽きない以前に興味が無いんだが。
「だって、ツンデレな幼なじみがずっといるのに、ツンデレに興味なさそうだし」
「そりゃ、興味が無いからな」
そうとしか言いようが無い。それにツンデレって好意のある相手に対してだったはずだし、だとするとあいつはツンデレじゃないだろう。
「それじゃ、ツンデレに飽きた日野君はどんな人が好み? 妹っぽいの? 姉みたいな人?」
「普通、年上とか年下とかじゃないのか?」
同じような意味のはずなのに、何故かニュアンス的に別のものを感じる。
「それで、どっち? それとも他に好みのタイプとかある?」
結城は好奇心を隠そうとせずに聞いてくる。
というか、言うほどの好みなんてない気がする。しいていうなら。
「普通、かな」
「普通? ん~……あ、地味っ子」
「たぶん思っているのとは違うと思うが、とりあえず普通だ。ツンデレとか、一部の人限定の知識を熱烈に語ったりしないような奴だよ」
後半は遠まわしに結城のことだが、少なくともそっちに関しては好みじゃない。
「……ふーん、そっか。ちょっと残念かも」
「何が?」
「ん? ん~、やっぱりツンデレが好みじゃないみたいだから残念だなって」
「好み以前の問題だって。そろそろ帰るぞ」
「あ、ちょっと待ってよ、私も帰る」
結城が鞄を準備するなか、俺は教室を出て先に歩き出した。
さっきより夕日は少し沈んでいて辺りは少し暗くなっていた。教室の方から結城が出るのがわかったが気にせず昇降口に向かった。
待っていても、先に行ってもうるさそうだしな。放課後の下校イベントとか、よくわからないことを言いそうだし、さっさと帰るか。
昇降口を出て、校門の所で結城に追いつかれたところで、見慣れた人物を見つけた。
「ん? 奈菜どうしたんだ」
「あ、なーちゃんだ」
「た、たまたま掃除の時間が長引いて、遅くなっただけで、べ、別にあんたのこと待ってたわけじゃないんだからね」
夕日が沈みかけている時間まで掃除が長引くはず無いだろうと思ったが、それにつっこみを入れると経験上面倒なことになりそうなので流しておく。
「そうか、それじゃ帰るか」
「う、うん。別にあんたと帰りたいわけじゃないけど、暗くなってきてるし、最近は物騒だから仕方なくなんだからね」
確かに暗くなってきたし送るのは当然だろう。家も近いし別に苦でもないからな。
送ることを了承すると、結城の方をどうするかと思い見てみると、妙に幸せそうな顔をした結城がいた。
「これってツン期から、デレ期に突入かな」
「……知らねーよ」
~帰り道~
「それじゃ、なーちゃん。一緒に帰ろー」
「なーちゃんって呼ばないでください。あと、なんで結城先輩がいるんですか」
「ふっふっふ。実は今まで日野君と教室に居たんだよ。二人っきりで」
「なっっ」
どこか楽しそうに語る結城と、何故か驚いている奈菜。あいつが驚くような話題、今の話にあったか?
「ねー」
「むー」
結城には同意を求められるが、同時に何故か奈菜に睨まれる。俺なんかしたか?
そんなことを考えていると結城が俺の所に近づいてきて耳打ちをした。
「やっぱり、ツンデレに関して理解が足りないみたいだね。また教えてあげるよ。普通の子以外も好みになって欲しいし」
「え?」
「目の前でこそこそ話をするな!」
そう言って奈菜から腹の辺りを鞄で思いっきり叩かれる。情けがあったのか鞄は角の方ではなかったが、それでも充分に痛い。そんな光景を結城は「ツンデレっていいねー」と満足そうに見ていた。
とりあえず俺はツンデレというものは知ったが、俺の周りのツンデレを語る奴も、ツンデレらしい奴のことも俺は全然理解できそうにないと、何故か怒っている奈菜と、満足そうに眺めている結城を見てそう思った。
〈終わり〉
最後まで読んでいただきありがとうございます。
ツンデレをテーマに書いたところ、友人から直球過ぎるとコメントをもらった作品。
ツンデレって奥が深いんだなぁ。