ドリーム・セイバー
夢の中にも、命を救う仕事がある。
ふわふわと、見慣れないピンク色の雲が漂っている。そして、辺り一面に言い表せない甘い香りが充満していた。
僕は、ドリーム・セイバーだ。事務所の蒼いパトランプが光ったら、出動の合図だ。夢の中へ飛び込んでいって、無事に目覚められるようにサポートする。
所詮は夢なのに、なぜ海やプールのライフセーバーのような役割が必要なのか。この仕事をしながら僕は何度も考えたが、結局答えは出なかった。
そして今日は、おとぎ話の中のような夢に来ている。正直言って、僕はこういう空間が苦手だ。年に数回あるファンタジードリーム系の仕事にあたってしまったのだった。
あたりを見回してみても、危険なものは見当たらなかった。こういう時に駆除対象になるのは、大体が魔物やら大蛇だった。そういう危険物が出てくる場合、基本的にサイズが大きいから、見つけるのも容易だ。しかし、いま危険が見当たらない以上、すぐに帰ることはできなさそうだった。
今日は彼女の誕生日だ。仕事が終わり次第すぐに迎えに行かなければならない。だから、今日はいつも以上に早く仕事を片付けてしまいたかった。
僕はひとまず夢の中を歩き回ってみることにした。起伏がないので、かなり遠くまで見渡せる。こういう地形の夢は、敵などがやってくるのを早く探知できるし、歩きやすい。夢の中は、かえって不気味さを感じさせるくらい危険なものは一つもなかった。しかし、それが僕を焦らせた。
やがて、地面は砂からアスファルトで舗装された地面へと変わっていた。気づくと、さっきまでのファンタジードリームから出ていた。辺り一面には、驚くほどの高さのビルが建ち並んでいる。どうやらシティードリームにやってきたようだった。
シティードリームは最も危険な夢だ。視界がビルなどの建造物で狭くなっている分、危険も潜んでいる。先月には、シティードリーム全体に地割れが発生して、抜け出せなくなって殉職したセイバーがいたほどだ。
僕は細心の注意を払いながら、さらに探索を続けた。ふと上を見ると、そこには空ではなく広大な砂漠が浮かんでいる。僕は、「なるほど、あそこが根城か」と察した。
しかし、肝心な砂漠への行き方がわからない。どこを見渡しても、空に浮かぶ砂漠への道がないということは、どこかのビルに砂漠へと通じる何かがあるはずだ。問題は、無数に建ち並ぶビル群の中から、どう入り口を探すかということだった。
僕たちドリーム・セイバーには、制限時間がある。基本は七時間。そして、睡眠に入ってから四時間後は「魔の四時間」と呼ばれている。突然の覚醒で緊急脱出になる事故が多いからだ。
僕は現実世界に合わせられた時計を見た。この時計は、夢の中の独特な時間の流れに左右されない。その時計によると、すでに三時間が過ぎていた。
僕は悩んだ。一つずつしらみつぶしに入り口を探したのでは、砂漠へと渡るころには制限時間が来てしまう。そして、もうすぐ魔の四時間が始まることも、僕の心を焦らせた。
僕はここで、サポートシステムを起動した。これは、管制塔と連携を取ってレーダー探知してもらえるシステムだ。本来ならこれを使用すれば簡単なのだが、莫大なエネルギー消費をするという理由から、使用できるのは一か月に一度と定められていた。しかし、こんな状況ではやむを得なかった。
レーダー探知をした結果、どうやら南東に進んだところにある青いビルの三六階に、異常反応があることが分かった。僕は南東の方角を見た。すると、青いビルがはっきりと見えた。距離は近そうだった。
青いビルの下まで着いた。早速入り口から中へ入ると、エレベーターが見当たらない。それどころか、階段すら見当たらなかった。
「今日はとことんツイてないな」と思いながら、僕は上へと上がる術を探った。しかし、天井にも穴はなかったし、ここから上へと上がることは不可能だった。こういう場合、上へ行くにも別のところに入り口が開いている。僕はさっきサポートシステムにそこまでしっかり聞いておくんだったと後悔した。
しかし、目的地がわかっていると、そこへの入り口は何かしら関連しているところに開いているので、推察の余地があった。僕は、時間を気にしつつも外に出て辺りを見回した。
すると、赤いビルが目に留まった。夢では、目的地と入口が反対色で結ばれることがある。つまり、ここが青いなら、入り口が赤いビルにあるという可能性は高かった。僕は、そこへと向かった。
赤いビルの中は、人でごった返している。エレベーター待ちの行列は、遊園地の人気アトラクションを思わせるほどだった。僕はやむを得ず最後尾に並んだ。並んでいる間、何階に入り口が開いているか考えた。この場合、考えられるのは三六階に関連した数字だ。よくあるのは足し算か掛け算だった。不思議と引き算の事例は報告されていない。しかし今回の場合、六は三で割ることができる。その場合、割り算も考慮に入れる必要があった。
思いのほか行列は早く進んだ。どうやら高速エレベーターらしい。やがて、エレベーターに乗り込んだ。僕は何階のボタンを押そうか迷った。このビルは二五〇階まである。
僕はイチかバチかで二階のボタンを押した。僕の他に二階で降りる人はいなさそうだった。とはいえ、この長蛇の列でみんなイライラしている。二階のボタンを押す僕を見る目は、冷ややかだった。
エレベーターはあっという間に二階に着いた。僕は、「すみません」と言いながら人をかき分けてエレベーターから降りた。するとその途端、ものすごい勢いでエレベーターのドアが閉まった。驚く間もなく、辺りは暗闇に包まれた。どうやら、入り口はこのフロアにあるらしい。僕の長年の勘が正しければ。
僕はライトで照らしながら、慎重に歩みを進めた。やがて、大きなドアが見えた。そこには、上下の矢印が描かれたボタンが付いていた。エレベーターのドアのようだ。ここが二階だから三六階は上だ。僕は、上ボタンを押した。すると、「ウォーン」というエレベーターが動く音が聞こえた。
やがてエレベーターのドアが開いた。中は外が見えるように背面がガラス張りになっている。そこから外を見ると、赤いビルが見える。どうやら、僕の推理は正解だったらしい。僕は三六階のボタンを押した。
エレベーターは三六階に到着した。ドアが開くと、そこはもう砂漠だった。僕は、警戒しながら一歩目を踏み出した。ごくまれに、地面に見えても雲だったりすることがある。それで命を落としたセイバーもいるだけに、慎重にならざるを得なかった。ひとまず無事に踏み出した僕は、後ろを振り向いてみた。すると、砂の上を歩いているのに足跡が残らない。そして、さっきまであったはずのドアが消えていた。
砂漠は、なぜだか湿気っぽかった。そして、不思議と歩みを進めていると靴が砂まみれになるのではなく、水浸しになっている。風が吹くと、どこからか最初に着地したファンタジードリームの香りが漂ってきていた。
僕は、この砂漠のどこかに危険が潜んでいるのだと思うと、自然と緊張した。しかし、緊張していると体がこわばるので、少しでも余裕を持たせようと空を見た。すると、どこまでも青い空が続いている。ここで僕は不思議に思った。ビル群の空には、砂漠が見えた。しかし、ここからあの点まで届きそうだったビルは全く見えない。
ここで僕は、「この夢は厄介だぞ」と気を引き締めなければならなかった。
しばらく歩いているうちに、僕は時間が気になって時計を見ようとした。すると、時計の針がぐるぐると回っている。「これはまずい」と僕は焦った。時計がぐるぐる回るのは、管制塔からの電波が届かないところを示している。その場合、万が一のことが起こっても助けを求めることはできないし、緊急脱出システムも起動できない。そして何より時計がない以上、一刻も早く仕事を終えなければならなかった。
僕は一面なにもない砂漠の中を歩いていった。すると、砂で出来た小高い丘が見えてきた。やがてその丘のふもとまで来ると、僕はあるものを発見した。
そこには、パイプが通されていて、砂がまるで川のように流れていた。そして、その砂が詰まるようにして丘が形成されていた。僕は、パイプのつまりを取ろうと、何か棒はないかと見渡した。しかし、何もない。
僕は意を決してパイプに手を突っ込んだ。ひとまずパイプに詰まった砂を掻き出す。すると、手はびしゃびしゃに濡れていた。しかし、時間の余裕もなかったので、そんなことにかまっていられなかった。
やがて砂を全部掻き出すと、布のような感触のものが詰まっていることが分かった。僕は思いきりそれを引っ張った。何度か繰り返すうちに、少しずつ抜けてきた。思いきり引っ張ると、ようやく詰まっていたものが抜けた。どうやらそれは、麻袋が丸まったもののようだった。抜けたものを確認していると、再びパイプに砂が流れ始めた。
その途端、まぶしい光が辺り一面を包んだ。思わずその場にしゃがみこんで、暗くなるのを待った。やがて暗くなったかと思って顔をあげると、目の前にはドアがあった。
僕は、ドアを開けた。するとそのドアは、いつもの事務所に繋がっていた。
僕が事務所に入ってきた途端、その場にいたセイバー仲間全員が、「本当に良かった」「なにしてたんだよ」と言いながら駆け寄ってきた。
「大げさだなあ」と僕が笑いながら言うと、僕の生還に涙を流していたテルが言った。
「お前の入った夢、途中で何回か変わったんだよ」
僕はその言葉を聞いた途端、腰が抜けて倒れ込んだ。
途中で夢が変わる場合、九八パーセントは前の夢に取り残されて、行方不明になってしまう。どうやら、シティードリームから砂漠へと行くときに、夢が切り替わっていたらしい。
たしかに、砂漠側からあのビル群に戻る道はなかった。そして、時計がぐるぐる回って使い物にならなかったのも、それで合点がいった。
そして時計を見ると、いままさに制限時間が来るところだった。モニターには、七時間が経過したことを知らせる通知が映された。そして「成功」と表示されて、再び周囲は沸いた。
夢の世界の主は、血管に血栓が詰まりかけていたらしい。
「お前さすがだな」
仲間が僕を称賛してくれた。ここでようやく、達成感がこみあげてきた。
しかし、僕はその空気にずっと浸っているわけにはいかなかった。すぐに僕は事務所を出ると、彼女の家に向かった。約束の時間に十五分遅れてしまった。
彼女の家に着くと、彼女は頬を膨らませながら「こんな大事な日に遅刻するなんて!今日は私の誕生日なのに!」と言ったかと思うと、今度は笑った。
「誕生日、おめでとう」
僕ははにかみながらそう言った。
彼女は、僕の昨晩の大冒険を知らない。




