日帰りの簡単なお仕事です。
夜に降り続いた雨は、朝には止んだ。
隣国との間には、広い平野が広がっている。
平時は何も無いただの草原だが、こと戦となれば戦場へと変わる。
対面には、隣国の軍がズラリと兵を並べている。
一見して自軍と数は変わらないように感じる。
くそ、圧倒的に勝てると聞いたのに。
自分の見積もりの甘さに吐き気がした。
水気を含んだ足元を睨みつけても、状況は変わらない。
「かー!こりゃまいったなー」
隣に立つ、自分を巻き込んだ男の声に、思わず胸ぐらを掴む。
「おい、お前!楽勝だって言ったよな?どう言うことだコレは!」
「待てよ、相棒。ここで文句言ってもしょうがねーぞ?」
「誰が相棒だ!ああ、ちくしょう、テメーの口車に乗らなきゃ、今頃アンネマリーちゃんの胸で爽やかな朝を迎えてたのに!」
「はぁ?おい待てや、アンネマリーちゃんは俺のだぞ?この前だってな、帰る時クッキーくれたんだ。ありゃ俺に惚れてるな」
勝手に相棒を名乗る上に、愛しのアンネマリーちゃんが自分のものだと宣言した。
「そうか、そうか。テメーは戦の前に俺が殺してやるよ!」
「なんだとコラ!」
「やんのかオラ!」
「商売女に入れ込むのも良いが、生きて帰れば、サービスしてくれるぞ」
声をかけてきたのは、俺たちのいる部隊の隊長だった。
「こいつが!」
「テメーが!」
「まあ、話を聞け」
真面目な顔に、気勢が削がれる。
「良いか、この戦は負ける。見ろ、隣国の軍は重装兵に騎兵、後ろにチラッと見える杖は魔道兵だろう」
改めて隣国の軍をマジマジと見つめる。
「まじか……」
「やべー……」
何度見直しても、変わりやしない。
「おまけにこっちの大将は、あの第二王子様ときた」
続く言葉に絶望が広がる。
「おいおい、待ってくれ。それはまじか?隊長さん。よりにもよってあのろくでなしが大将だって?悪い冗談はよしてくれ」
「……事実だ」
「アンネマリー。せめてもう一度会いたかった……」
「アンネマリー。俺は帰れない。すまない!」
「あ?」
「おお?」
お互いの額を突きつけながら、このトンチキを締める方法を考える。
「フハハ、お前ら余裕だな。よし、俺に良い考えがある。聞くか?」
それはこの前、目の前のクソ野郎から聞いた言葉と同じだった。
◇◇◇◆◇◇◇
「集まったな?」
天幕なんて上等な物はない。
少し空いた場所を見つけて車座に座り込む。
話に乗ったのは十人ほど、どいつもこいつも馬鹿野郎ばかりだ。
「軽く話したが、この戦は負ける。兵士の質もそうだが、まず大将が不味い。開戦の合図と共に下る命令は一つだろう」
隊長の顔が暗く沈む。
誰かがゴクリと息を呑む音が聞こえた気がした。
「突撃しろ。だ」
痛いほどの沈黙が広がる。
冗談じゃねーぞ?
「なあ、俺は頭はよくねーが、ちっとは分かる。あの重装兵に、こんなチンケな剣一本で突っ込めなんて無謀通り越してアホだぞ?」
「相棒の言う通りだ!俺らに死ねって言ってんのかよ!」
相棒じゃねーよ。
「だろうなぁ。そこでお前らに提案がある。俺と一緒に逃げねーか?」
「それこそ殺されるぞ?敵前逃亡だーとか言って魔法が飛んでくるのが関の山だ」
「相棒の言う通りだ!ダメじゃねーか!」
だから相棒じゃねーよ。
「こう言うのはな、タイミングってもんがあんだよ。良いか、作戦はこうだ───」
◇◇◇◆◇◇◇
「突撃しろ!!」
指揮官とか言うクソが偉そうに叫ぶ。
何も知らない奴らが、小銭のために走り出すのを、後ろから眺める。
「まずはこうやって、軍の後ろの方に陣取る。ほら見てみろ、前の方はもうすり潰されてるぞ?」
怒声だか悲鳴だか分からない声が、ここまで響いてくる。
「なあ隊長さんよ。こっちには、なんかすげー戦力とかねーのかよ」
「第二王子の護衛に、至天の一人が着いてるって話だが」
まじか、俺でも聞いた事あるやつじゃねーか。
なんでも山を割っただの、空を飛ぶだの、眉唾の噂ばっかだが。
「なら、そいつを出せば!」
「第二王子が出さねーだろうなぁ」
「くっそがー!!」
割に合わねーどころじゃねーぞ。
「隊長!次はどうすんだ?相棒がイライラしてきてんぞ」
隣のこいつは相棒相棒うるせーし。
「まあ待て、ほら進むぞ。ゆっくりだ、歩調は合わせるな?遅れてるように見せろ」
ジリジリと崖に向かって歩いているような、最低な気分だ。
隊長の後に続いて、少しずつ少しずつ後ろになるように、位置を変えていく。
気がつくと、ゆっくり進む俺たちの周りの奴らが、同じ速度になってきた。
隊長はしきりに周囲を観察している。
「そろそろだ。良いか、絶対に最初に走るなよ?まずは俺が走り出す。周りが釣られて動いてから走れ」
「貴様ら!何をしている!偉大なる第二王子殿下の戦であるぞ!その名誉を持って勝利を捧げる事こそが、貴様ら下民の仕事だ!」
周囲の足が止まった。
「走れ!戦え!勝利をもたらせ!何を止まっている、この無能どもが!!」
指揮官のクソが叫ぶ。
誰が動くかバーカ。
「おのれ!おい、魔法兵!反逆者どもを殺せ!」
隊長が動いた。
「うわぁぁ!!逃げろ!ころされる!!!」
大きな声で叫びながら、周りを押し除けて逃げようとする。
そこからは、酷いもんだった。
雪崩を打ったように全員が走り出した。
後ろからは火の球やら、石の球やら、弓矢まで飛んできやがった。
最初に使え馬鹿野郎が!
「ぎゃあ!」
右のやつが火だるまになった。
「ひぃぃ!!」
肩に矢が刺さって悶えてる奴を飛び越える。
悪く思うなよ、俺は帰るんだ。
相棒相棒うるせー奴は、どこかへ消えた。
もう会えないかと思うと、少し寂しさを……
感じねーな?勝手に死んでてくれ。
アンネマリーちゃん。待っててくれ!今行くよ。
帰ったら、そうだな。奮発して時間延長しちまうか!
良いな、良い考えだ。よぉーし、みなぎってきたぁ!!
「うおぉぉぉおおお!!!」
力の限り走れ!
アンネマリーちゃんのために!!
◇◇◇◆◇◇◇
「ゼェハァ……ゼェハァ……」
着いた、ここが合流地点。
この大きな木の根元だって隊長は言ってたな。
「相棒!無事だったか!」
お前も無事だったか。
「っち、生きてたか」
「あ?どう言う意味だ、相棒!」
「言葉の通りだ、クソ野郎!」
辿り着いたのは俺たち含めて五人か……。
みんな、へたり込んでやがる。
遠くではまだ、戦いの音が聞こえる。
あれが戦争?ざけんな。付き合ってられねーな。
「遅かったな。これで全部か?」
木の影から、ぬるりと隊長が現れた。
こいつ今どっから出てきた?
「隊長!あんたも無事だったか!いやー良かった!」
「良かねーよ。ひでー有様じゃねーか」
「なんだよ相棒。生き残ったんだから良いじゃねーか」
こいつ……そりゃそうだがよ。
クソ野郎の言葉に間違いは無い、無いが釈然としねー。
「お前ら二人は残ると思ってたぞ?」
「なんだよ隊長も俺たちを見込んでたのかよ、良かったな相棒!」
「相棒じゃねーよ。それより隊長さんよ、次はどうすんだ?」
「次、次か……」
なんだ?
黙り込んだ隊長は、ポケットから小さな魔道具を取り出した。
「なんだ、そりゃ?どっかに連絡出来る魔道具かなんかか?」
「これか?これはな。こう使うんだ」
カチリと静かな森に硬質な音が鳴った。
《ソーンバインドを起動します》
魔法陣から現れた、荊の蔓が俺たちを縛り上げる。
なんだこれ、そんなもん聞いた事ねーぞ!
「痛え!!!」
「クソが!ふざけんな!」
「何しやがる!」
「おい隊長、嘘だろ!」
「まじかクソが!」
びくともしねぇ。
トゲが刺さって痛えし、動けねーし。
「くくく、あーははははっ!わりーな?俺はここで逃げるわ。足止めよろしくな?恩にきるぜ返さねーけどな」
ああ、ちくしょう。またハメられた。
「テメーコラ!覚えてやがれ!ぜってー殺してやるからな!」
体はガチガチに縛られて動けねぇ。
だが、こいつは絶対許さねー!
「おー怖い怖い。怖いからこんな事言っちまう。」
あ?何言ってんだ?
隊長は大きく息を吸い込んで……
「反逆者を見つけました!!!ここです!!!早く増援をお願いします!!」
マジか、おい。ふざけんな!
隊長もとい、クソ野郎2号はさっさと逃げやがった。
俺たちは縛られて動けねぇ。
さっきの大声で、そのうち追っ手が来るだろう。
これで……終わりなのか?
「ああ、俺のアンネマリー。帰りを待ってる君に謝りたい」
「は?なんだと相棒!アンネマリーちゃんは俺の帰りを待ってんだよ!」
「はぁぁ?寝言は寝て言え!アンネマリーは、お れ の 帰りを待ってんだよ!」
「テメーこそ、頭沸いてんのか?夢見んのも大概にしやがれ!」
「なんだとコラ!」
「やんのかオラ!」
直後、後ろから熱風と衝撃が俺たちを襲った。
木々は弾け、同時に木の葉のように吹き飛ばされる。
「なんだってんだ、ちくしょう!!」
◇◇◇◆◇◇◇
「なあ、相棒」
「なんだ、クソ野郎」
俺たちは泥だらけのボロボロになりながら、森を歩いていた。
あれは一体なんだった?
魔法が解けたから助かったが、マジやべー感じがしたぞ?
「なあ、相棒」
「なんだよ、うるせーな!」
「女が落ちてるぞ?」
「そんな事あるはずねーだろうが!マジで頭イカれたの……か……」
木に寄りかかって、女が落ちてる……。
「まじか……」
「おう、マジっぽいぞ」
長い金髪で、真っ白な肌。着てるのはお貴族様のドレスってやつか?
うわぁ、まつ毛なが!
綺麗な服は泥だらけだ。
お?起きたぞ?
「ひぃぃ!!」
起きるなり悲鳴とは、失礼なねーちゃんだな。
後ろに下がっても木があるぞ?
「くっ!ここまでですか……良いでしょう。ですが、このわたくしが、そう簡単にやられるとは思わない事ね!」
なんかヤル気満々だな?
「あ、お構いなく」
「おい相棒!」
厄ネタに決まってんじゃねーか。
ほら行くぞ。
「じゃーな。ねーちゃんも達者でな」
「は?」
面倒くさそうなのに付き合ってられるかよ。
俺にはアンネマリーちゃんが待ってんだよ。
「おい相棒!待てって」
んだよ、うっせーな。
放っとけよ、絡まれるぞ?
「あなた方は、追っ手ではないのですか?」
ほらみろ厄ネタじゃねーか。
「おう、俺と相棒は今逃げてる所だ!」
「そうだったのですか、それは失礼いたしました」
「姫さんはなんでここに?」
聞くな、やめろ、巻き込むな!
「実は……いえ、今はそれどころではありませんね」
「まあ、色々あるわな、どっか行くとこあんの?」
やめろ、マジで。
「隣国に叔母がおり、そこへ向かいたいのです」
「そっか、なら俺らが一緒に行ってやるよ!」
ああ、終わった……。
「本当ですか!?」
「おう!俺らに任せろ!」
このクソ野郎はいつか殺す!
森で綺麗なねーちゃんを拾いました。




