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ホリルカ

作者: Lutharia
掲載日:2026/03/01

 シエロフスカヤとかいう町は冬場はずっと日が差さず(それが曇天のせいであり極夜のせいであれ)陰鬱である。なにしろ周りには川と禿げた原と林の木のような間隔で生えた横長な無機質なアパート───つまりは5階建て集合住宅とか名付けられたそれ───それらしかない。()()と敢えて卑下するような表現を使うのも私はこの街が嫌いであり今すぐにでもカピタルに帰ってしまいたいと、そんな気分だからである。確か昔にゴルバグラデからの流罪人がやってきたことがあったが、虚無の中で死ぬのは御免だ畜生クソがと叫んでいたのをしきりに思い出す。ここは高貴な彼ら様からしたら終わりのない森と凍土───無言の空白のような土地がまるで牢獄のように見えるのだろうが───彼らの感覚は正しく至極目が肥えていると思われた。誤りの含まれない十分な情景を思い起こさせるだけの感想だ。もっと正確に言うならばそこには貧しい農奴と物好きな探検家・あとは先ほど述べたような罪人さらには脱走兵あとは遊牧民の顔立ちをした歌の上手い鹿狩りが、確か町の外にいる。だが矮小だ。町はもちろん町に及ばず街と比べれば未開拓地と同じようなものだ。だから彼らはその歴史にも目を向けないのだ。先ほど高貴と言ったがこの寒い国では最近それが許されないようである。名目上は私もカピタルの人間も農奴も探検家も罪人も脱走兵も蛮人も、富者も乞食も皆が同じように扱われねばならぬそうだが、ひどく夢想的に見える。

 十五年前の話をすると、我々のかつての村が急に鎖を外され重力から行き成り解放されてしまったかのような漠然とした気配があった。知事がなんだか慌てふためいて───どういうわけか線路を走るトロッコからビラやら新聞やらがばら撒かれた辺りで───妙な血の気を感じた。そのトロッコが通った後のをよく見てみても内容はよく分からなかった。私はまだ子供でありなにせ大人ですら字が読めないのだ。ほとんどがそうだった。

 だが、ただ一人イザリクと名乗る男が村に入ってきて()()を広場で代読した。「революцияがはじまった。あなたたちはじゆうだ。ちからをもったлинейкаをころせ、いまからやってくるкрасная армияのфилософияにcоглашатьсяし、большинствоになるのだ。」とか、たしかに所々は分からぬ単語があったからイザリクにあとで教えてもらった。だが教えてもらっているうちに村全体がいやに活気に満ちてきた───すぐさま、広場に知事をつり上げて鍬で殴り始めたのだ───私はあまりに早く人が変わるのを知ると怖くなって目を背けたがイザリクは優しく───彼は悪いことをしたから殺されたのだ───彼は私たちに理不尽なことをしていたのだ───と───繰り返した。だから私もそれが正しいのだと学習したが、それは未だに疑うべきだ。

 イザリクには世話になった。彼からはたくさんの書籍を与えられ文字を教えられた。まるで私の先生かのようだった。私はたくさんの言葉・物・考えを彼から学んだし学ぼうとした。周りの子供と比べても私はひときわ熱心にそれにふけった。

 私が十つを迎えた頃には彼から数学や理科学・法学・哲学を学び、友人が畑を耕す間にも───あなたは賢いのだから───あなたはカピタルに行ってインテリゲンチャになるのだ───と言われながら十三を迎える。

 言われた通り高校というものに入ることができた。同時に村にはさよならを言う必要があった。私はイザリクの推薦という形で入学試験を受けて首席で合格した。イザリクからは共同住宅を勧められてそこで住むことになった。元はと言えばイザリクが私に知識を与えたのだから彼はいい教育者だったし───何やら勲章を授与されたらしく───そのせいかひどく喜んでいた日もあった。ともかく私はその学府でより専門的な知識を教わり教授にはひどく気に入られ、同級の生徒たちからは羨望の目を向けられた。正直、私は誇らしさを覚えた。寒村から出た女が優等生としてこの場で静かに称えられることが───しかし、私は依然、まだまだUnvollständigなのです、Weitere Studienがerforderlichです───と───私は少しぎこちないと思ったが───そうしてその程度でさらに賞嘆されるのが───ひどくたまらなかった。

 私は教授からはやはり気に入られており講義の終わりに呼び出され、より発展的な内容の個人授業を開いてもらっていた。これは難解かつ単純なる国家のシステムの上では不道徳な───贔屓な行為であったが───彼はそれを隠してでも私に分かりやすい授業を努めてくれていた。少し暑苦しい指導ではあったが嫌な気はしなかった。なぜなら彼はかつての帝国大学の医学部の出であり、彼から言葉をかけていただくこと自体が名誉に他ならなかったからだ。私は優等生で試験では満点の皆勤賞のまま、その名前が学校中に飛び交うほどに著名になってついには党に誘われたが───大学を出るまでお待ち下さい───とあしらった。だが彼に言い寄られて執拗に私をつけ、住宅にまでやってきたときに、私は軽蔑し、失望した。彼からの視線や受けてきた彼のすべての行為は卑しい欲望であったのだと知ったからだ。今まで慕っていた教授が一転して嫌いになり、周囲の学生からの視線すら───今までは心地よかったそれに───気色の悪さを感じるようになってしまい───ついに私は飛び級を申請し───少し早く大学に入れてもらった。よほど難しい口頭試験にも通ったから勝ち取ったのだが───この頃の私は十六か十七だったかな。これまでの教授の行為を委員会に密告し、彼が秘密警察に捕まったのもこの頃だった。

 大学ではより専門的な医学を学んだ。工学の道を推奨されたが私はどうしても医学に興味があった。イザリクから学んだはじめての理科学は人体についてであるから昔からどうも惹かれる分野だったと説明できる。ただそこは学校というより研究機関かあるいは病院のようであり、より中央当局にも近かったから知人がいつの間にか消えることは珍しくはなかった。むしろ私は他者とのかかわりをシャット・アウトするようになっていたから余波はあまり感じなかったし、また、あの愚衆───私を必要以上に称える人間───がいないからかずいぶんと肩が楽だった。しかも毎日が忙しいわけでもなくより自由があったがために、自主的に他の学問を、私が好きな哲学を傍らで学んだ。唯物論的哲学とよばれるそれは私が“客観的に”好きな内容であった───むしろ哲学書籍にはそれしか無かった───非正規な手段を除いて。この頃になると私も国家システムへの疑いというものが芽生える頃だ。その哲学がイデオロギーを普及させるための思考教育であるのも───さかのぼればイザリクが村にやってきた時から───刷り込み教育を長らく行われてきたのだと自発的に悟るのだ。だがそれを表することは決してなかった。私たちは賢い人間だからだ。

 大学は広い。そのAufhebenを行うためにできるのは、いわば()()()()()と自称する彼らはたくさんの禁じられたであろう書籍を持っており、私はその一員だったからそれを際限なく読めた。だがその近日にはかなり不気味なことが起こり、生まれてはじめてこの国が自分に向ける矢印に対する恐怖を感じた。おそらくは自らの身に危ぶみがあったからである。私がサークルに入った数日後に全員が消え───私は察して───すぐさま書籍を焼いたが───何もなかった。(取り調べすら、喚問すらなかった。)私はそれを脅迫だと捉えた。きっと私は医学部で最優秀成績者であったから見逃されたのだ───つまりはそれは作為的なものに違いなかった───だから私は哲学をやめ、専ら本学に専念することになった。

 私が科学博士を取得したとき私は病理学や薬学に傾倒し研究を続けていたのだ。私が長い間やっていたとある研究が実り既存薬の改良に成功したことは、誇らしいことであるはずだが───人の命を救えることが嬉しいのか───社会に貢献できることが嬉しいのか───あるいは称賛を受けることが嬉しいのか───はたまた生きた痕跡を残せるのが嬉しいのか───もはや分からなくなった。不感症に近い。ところで、二十を超えたというのに酒の一口も飲んだことがないことに気づき(否、禁酒法が解禁されたことを新聞によって伝えられ、)孤独にもぱっとお祝いを行おうとふと考えついた。瓶を買い───包装にコルクやらなんやらを───それらを慣れない手つきで開栓するまでは軽く興奮していたもののそれを口に近づけた時のつんとした刺激臭───消毒液そのもの───実験に使うものと同じそれ───その酷さが鼻腔を刺し、口に注ぐ前に私はそれに嫌悪感を覚え嗚咽し、結局は飲むに至らなかった。勿体ない出費であった。これ以来飲酒はしたことがないし───二度とこんな毒を買うものか───私の初めての飲酒の感想だ。

 その頃には、田舎から出た若い女が学位を取得することというものがあまりに都合が良く───女の社会進出の偶像として飾り立てられ───拍手喝采勲章を受けた。私はなんだか勇猛な言葉を残すよう伝えられたから───世の中の潜在能力を引き出すためにも女は社会の学問の中に必要である───と───筋違いと思われたがなんであれ、私は大拍手の中にいた───実際は私が遭ってきた社会の中に自由な女は数えるほどしかいなかった───これは是正できない差だ。投票権があれ何であれ多くの彼女らは家庭と社会を同時に求められた。ただし普通は見えることもないであろう地位の人物から賜る真の勲章を手にした時にはさすがにその重さに震えたものだが、それ以外の名声には以前ほどの興奮はなかった。もはやその頃には私の人格が博士であったのだ。あの頃が低俗だったとは言わないし浅ましかったとも思わないが───ありふれてしまった。

 ただ頭脳労働も積もりに積もりさすがに心に祟ったようで、性格が変容を起こしてきたことを自覚し、彼らからすれば突然ではあるが私は大学を辞めた。イザリクにも強く引き留められたが───適当な理由───私は東方の凍えた農民たちを救いたいのだ───主張して無理やりにでも帰ってやった。環境によるものだったのかもしれない。私は明らかに以前より強い口調が増え咄嗟に口にしてしまうことがあったし、常日頃から苛々が抑えきれず学友にきつくあたってしまったとき、私はもう限界なのだと知った。

 そうして、私は今、汽車でシエロフスカヤに近づいている───まだ見ていないのにもかかわらず陰鬱で僅かにだけ発展した街の気配───無機質な建物の広がるようなそのような味気ない想像───それは容易であった。長いようで短い約二十年だった。筆を置きます。


 車内はかなり閑散としており───だいたい一車両に十人以下ほど───その程度だった───それを数えながら数列を解く程には暇であった。確かカピタルにいるうちに地図を買ったのだが、あの村が地図上に名前を表していただけでなくやはり町の名を冠しており、況や隣にあった同じく小さな町───当時は村よりは百倍は発展していたにしろ貧しかった町であったセベルノーシチ───そこは主要な都市として二重丸がなされていた。どういうわけか、どうしてこうも差がついたかは分からないが、そこに駅があったというのは間違いなく帰省の決め手であった。そうしてそれを眺めているうちに初めて触る切符というものを確かめられたり、後ろの車両で頓痴気騒ぎをしていたのが夜になって鬱陶しくなった───誰かが怒鳴り声を上げて彼らを鎮め───何やらトラブルで寒い中数時間にわたり停車した───隣の席に座ってきた男性がカンツォーネを歌いながら口説こうとしてきたのを、下らないとあしらったのがまずかった───気まずい雰囲気が流れた───車内で出会った同じく学者の誰々との会話───これは楽しかったように思える。彼は物理学者だった。そんな有象無象があった中で常に考えていたのはやはりあの町のつまらない景色である。

 約二日と半日の長い旅路を終え駅の景色を目の当たりにし、外景の特段の大したことのなさに呆れ───この辺りにおいては、農業の時代は終わりを迎えたようで工場からは煙が立ち上っており───空気はカピタルよりも濁っており重い。景色は確かに大したことがないと記したが実を言うならば、それが城塞のようにすら感じられて窮屈で、カピタルのはるかに洒落たインペリアルの建築も無いためにそう記した───一方シエロフスカヤはまだまだ辺鄙な田舎であり───まさに変わったのは家がボロボロの木製から煉瓦に変わったこと───道が整備されたことだ。予想していたような5階建て集合住宅はなかったし味気ない工場で溢れてもいなかった。雰囲気が変わっておらず、なにしろセベルノーシチの空気の悪さとの差がこの町を際立たせていた。別に安心したわけではないが───マシだ───と───つい口から溜め息とともに白い息となって出る。その日は十一月の始めの初冬だった。

 帰省してから初めてすることと言えば両親の見舞いであるだろうか。私の母はまだまだ元気であり莞爾しながら私を迎えてくれた。なんと私が成長してすっかり成人になったと言うのに───何の連絡すらも寄越さなかったというのに───私の姿を見たと思えばすぐに私だと気づいたのだから───やはり親子の不思議な感覚は信じられるものだ。だが、父はなんとも───心配である。Alzheimer-Krankheitが出ていると言うのに母は───酒を飲みすぎたのだ───と───説明して妙な合点があった。いつか狂うならば酒にでも溺れたいと思う。健康に長く生きるより楽しいまま死ぬ方を───私は選びたい───と───心では───そう思う───今の人生に楽しさが尽きた。私にはさらなる変化が必要だったように思える。

 農業の傍らの診療所を開いたとき私は客を見る気などそうそうなかった───家を借りたはいいもののドアにはカーテンを被せていた───誰も入りやしない───どちらかと言えば線路を伝って届く後輩や同僚からの専門的な質問や手紙に応えること───だと言うのにやはり数人が私の様子を見に来て、その度には───アル中───ただの凍傷───と診察を下していく。ここにはまともな器具も設備も不足しているが一通りの対処は打診できる。知識屋といったところであるし金は取らなかった。一人だけたぶん悪性腫瘍のある人がいて───症状は分かっても対処ができなかった───だけが心苦しいことだった。しっかりした設備があるからカピタルで治療ができるとだけ伝えて()()の医者を紹介しカピタル行きの切符を手配したのに彼はそれ以来二度と見ていない。私は彼を殺したような気がして数日嫌な夢を見た。この内数年は私の中でも最も虚無に満ちた時期であった。

 またある日にはセルゲイという男がやってきて診察を頼まれた。よく覚えている───彼は胃腸炎で───しっかり温かくしてウォッカを控え三日休めば治ると言って帰したら───ガソリンをやめたのが悪かったのか───今度はまた別の箇所の不調でここに戻ってきた。セルゲイはここの村の人間ではなかったから───まさかカピタルの誰かが───私に監視をつけたのですね───と───質問すると───そんなところさ───と───返された。さすがにドクトルともなると目のつく身分といった所となっており───これは予期していたことだし───そもそもこの国ではありふれた力のはたらきであることはすでに理解している。筆を置きます。

 

 最近は診療所を開ける日が珍しく専ら別の仕事に専念していた。そんな時は長く続いた。その間毎日夢を見た。あの悪夢だった。私が助けられなかった───私がカピタルにいたら助かった分の命まで───みなが私に問いかけてくる───あなたの人生は一体如何なるものなのか───半端に責任から逃げてまで半端な自由を手に入れようとした───それは意味があったのか───今、突然聞かれたとしても答えることは出来ないだろう───私は彼女ではない───私もまた不自由な暮らしに縛られた無気力な人間であり───暮らしに妥協しつつも文句はたれ───結局自分に甘んじる。さて、私は正しい道を歩んでいるのか。それを問いかけるのは頭の中の目の前の男───セルゲイ───どうしたものか───と───彼が不思議がって訊いたのを───私は───黙れ───そうしか返せなかった───彼が問いかけたことがまさに私の罪だったからである。

 そんなころ母は眠ったまま亡くなった。安らかな顔であり───埋めるときも───埋めてからも───悲しくはなかった。私の心は称賛であった───享年66───こんな年までよく生きながらえたものだ。だから私は孤独になる。私は心の病から卒倒することが多くなった。酒飲みのセルゲイは対して私より健康であった───私の家に住み着いて私の食事を作ってくれる召使のようなものだった(国家保安部が解体されたことで、元職を失い、カピタルから逃れたらしいが)───私が倒れるたびに、私を看病する。私は失神する瞬間そのたびに()()()としたいい気分に襲われる───それ───それがたまらなかったが───本当に恐ろしかった───いつしか悪魔の囁きに陥ってしまうのだろう───と。話を聞くたびに恐ろしくなる。夜の間になんだか急に外に出たくなってドアを開けばそこは吹雪地獄であり───私は何かに腕を引かれるように林の奥に行きたくなった───寒さのあまりに正気に戻り───すっかり上着を脱いだ状態で───身体がすっかり凍ったように動けないことだけが分かった。故郷に帰ってからはましだった精神が、一転して更に酷くなった。もはや私の心が持たず───セルゲイにも迷惑をかけたくは決してなかった───だから一思いに熊にでも切り裂かれて死んでしまえば良いのだろうか───水に沈んで───呼吸を止めるのがいくら楽か───そんなところまで追い詰められていたとき───私は2回目の酒を飲んだ。溺れるように飲んで泥酔して───崩れるようによく眠った───いい眠りだった。声も何も聞こえないただ楽な睡眠───これ以来酔わずして眠ることはできなくなった───セルゲイはこれを見て、セベルノーシチからもっと酒を買ってきた───酒を切らしたら私は怒鳴って彼を踏んづけ、殴りつけた。日中日夜酒を飲んでいると現実が夢のように楽しくなってくる───狂うより酔っている方がよほど楽だった為───人と楽しく会話ができること───何をしても楽しく───楽しいこと───食事や何かしら───根源的なものには特段の快楽があった。酔いながら読む本は字がゆがんでえらく滑稽で面白く───とにかく大笑いした───これを記録するだけの理性も残っていたが───それに付随するのはいつも頭痛である。思い返すと実は私はひどく酒を嫌っていたが───味───あとは匂い───それに目を瞑れば悪くないものだった───むしろそのひどい味が癖になって飲んでいるうちに───舌や鼻が馬鹿になり───木の幹を食ってもパンを噛んでも同じ味がした。

 毎度のことだが町の監査のために、なんちゃらかんちゃらが村にやってきて───これはこれは───博士ではありませんか───言われて初めて現実に引き戻される。半年間の甘い夢が終わってしまった───その場で彼に泣きついた───彼は私のかつての大学の後輩であった。あゝ、どうして、どうして私もあなたも、そんなひどい現状なのだ───私らは医学を志していたというのに───私は酒に溺れ───あなたは首輪をはめられ操られてしまったのだ───とか─とか─そう問いかけたら───どうしてこんなことになるまであなたは背負ったのですか───違う───私は背負ってなんかいなかったし間違いなく私は荷物を投げ捨てた身分だったのだ───私はそれが情けなくて自分に怒っているのだ───私は叫んだ───私は何もできなかった───私は出来損ないだ───3.0秒後に私の顔に拳が飛んできた。彼は叫ぶ───あなたがもし出来損ないであるなら私は一体なんなのだ───続けて───あなたが大志を背負って東方に向かったと聞き応援していたと言うのに───その没落を見て呆れてしまった───と───私もあなたも、等しく、進歩すらしなかった愚か者だ───それを言ったら彼は口をつぐみ───申し訳ございませんでした───言い残し───大きな音と軋んだ音を伴ってドアを閉めた。私はすぐさま反駁したかった───私は運が良かっただけなのだ───はっとしたまま何もできずにただ呆然としてそこに立ち尽くし血の気を失う感覚がして直立できなくなった。そうだ。私も彼も、この国でさえ、誰もかも、前に進むことはできなかった。筆を置きます。


 戦争が始まって終わりセルゲイは無事に帰ってきてそうしてきては彼と結婚したがあくまで形だけであり、彼が家事をほとんどやるのは変わらなかった。私はやはり彼に怒鳴り───ときに彼に甘える───自分から見た自分はあまりにひどいものだったか───ただぞんざいな扱いをしても彼は全く怒らずに───むしろ消沈した私を奮い立たせようと───ちょけたまねをしたり積極的に話しかけてくる───帰ってくる笑いや言葉はないのに愚かであり───私は問うた───自責かは知らぬが───私を殺したくなったことはないのか───ニェット───それだけだった。

 確かに五年後だったか───セベルノーシチではさらなる再開発が始まってそこから───街がさらに成長するにつれ───シエロフスカヤの住民はさらに街に流れ込み───この小さな町にもまた───5階立てではないが───集合住宅が建てられるらしく───つまりいつの日か想像し───つまり嫌悪した風景が───目の前にあった。心を失った町が人をのみ込んで人はさらに社会に従属───カピタルには大きな塔が立っている───普段は読まない新聞で目にし───大学もより大きくなったらしい───カピタルで一番の大学───たくさんの学部がある───医学───さらには空を超えるための───途方もない学問───もはや私はついていけない。私はあの時代にとどまった。考えるのをやめた。ふとあの言葉をのみ込めた───私はもう偉業を成しきったのだが───過去のことだが───何故だろうか突然だった───雲が晴れるように───きっと()()が良かったから。

 さて私がこれまで書いてきたように、私の人生の大半は虚無に満ちていた。私は古都行きのエレクトリーチカに大体二日と半分───無賃で乗り継ぎながら───セルゲイは村に残ってしまったから───たった一人でこの本に記しているところだ。


 これを以って、私の自伝とします。見つけた人は、これを焼いて───私の思念まで、葬ってくれると幸いです。筆を置きます。

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