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風のワルツ ー義経伝ー  作者: 双鶴


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7/7

エピローグ 衣川 風の終わる場所

【エピローグ:衣川 ― 風の終わる場所】


夏の終わり、衣川の館には静かな風が吹いていた。

蝉の声が遠くで響き、空はどこまでも高かった。


義経は縁側に座り、ぼんやりと空を見上げていた。

その横顔には、かつての軽さと、そこに寄り添う深い影があった。


弁慶が静かに近づく。

「殿……お疲れでは」


義経は小さく笑った。

「疲れてるよ。

 でも……風が、まだ止まってないから」


弁慶は胸が締めつけられた。

(殿……その影を、どれほど抱えてこられたのか)


義経は空を見つめたまま言った。

「静、どうしてるかな」


弁慶は答えられなかった。

静御前が鎌倉でどんな扱いを受けているか――

殿に伝えることはできなかった。


義経は続けた。

「俺さ……ずっと思ってたんだ。

 英雄なんて、向いてないって」


弁慶は静かに言った。

「殿。

 英雄とは、殿が選んだ道ではございません。

 “世”が殿をそう呼んだだけにございます」


義経は苦笑した。

「世って、ほんとめんどくさいね」


弁慶も微笑んだ。

「ええ。

 ですが――殿には、私がついております」


その言葉は、五条大橋から続く二人の絆そのものだった。


――そのとき。


館の外から、兵の叫び声が響いた。


「敵襲ーーーッ!!

 鎌倉方の軍勢、迫る!!」


義経は立ち上がった。

「来たか……」


弁慶は槍を手に取り、義経の前に立つ。

「殿。

 ここは、我らが食い止めます」


義経は首を振った。

「弁慶。

 もう……俺だけ逃げるのは嫌だよ」


弁慶は振り返り、静かに言った。

「殿。

 逃げるのではございません。

 “生きる”のでございます」


義経は目を伏せた。

その影は、もはや隠しようがなかった。


弁慶は続けた。

「殿が生きてくだされば……

 静殿も、我らも、報われます」


義経は小さく息を吸った。

「……弁慶。

 俺、生きたいよ。

 静に……もう一度会いたい」


弁慶は深く頷いた。

「殿。そのお気持ち、必ず風が運びます」


外では、鎌倉方の軍勢が迫っていた。


弁慶は槍を構え、門の前に立った。

その背中は、五条大橋の夜と同じ――

いや、それ以上に大きく、重かった。


義経は弁慶の背中を見つめ、ぽつりと言った。

「……弁慶。

 ありがとう」


弁慶は振り返らずに答えた。

「殿。

 私は、殿の家臣でございます」


その声は、風に乗って義経の胸に届いた。


――そして。


弁慶は門の前で立ち続けた。

矢が降り注ぎ、槍が突き刺さり、血が流れても――

弁慶は倒れなかった。


“弁慶の立往生”。


それは、忠義の形であり、

殿を守るために生まれた奇跡だった。


義経は館の奥で、静かに目を閉じた。

風が吹いた。


弱く、細く、優しい風だった。


義経は空に向かって呟いた。

「……静。

 俺、行くよ。

 風の向こうで、また会おう」


その声は、風に乗ってどこまでも広がっていった。


こうして――

義経と弁慶の物語は終わった。


軽さと重さ。

奇跡と誤解。

英雄と影。

そして、風。


すべてが衣川でひとつになり、

静かに、永遠へと溶けていった。


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