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風のワルツ ー義経伝ー  作者: 双鶴


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第4話 壇ノ浦 英雄の影

春の海は、どこか寂しげだった。

壇ノ浦の潮流は複雑に渦を巻き、波が白く砕けては消えていく。

その海の上に、平家の船団がびっしりと並んでいた。


義経は、海岸の高台からその光景を見下ろしていた。

風が強い。潮の匂いが濃い。

そして――胸の奥に、静の気配がかすかに残っていた。


弁慶が近づく。

「殿。いよいよでございます」


義経は海を見つめたまま言った。

「……静、どうしてるかな」


弁慶は眉をひそめる。

「殿。今は――」

「わかってるよ。でも……なんか、胸がざわざわするんだ」


弁慶は言葉を飲み込んだ。

(殿の“影”が、また顔を出しておられる……)


そのとき、海上で平家の船が動き始めた。

赤い旗が風に翻り、太鼓の音が響く。


源氏の兵たちがざわめいた。

「来るぞ……!」

「潮が変わった……!」


義経は馬にまたがり、海岸線を駆け下りた。

弁慶が叫ぶ。

「殿! 海戦は不利でございます!」


義経は振り返らずに言った。

「……風が味方してる。今日は」


その声は軽い。

だが、その軽さの奥に、妙な確信があった。


海岸に到達すると、義経は叫んだ。

「船を奪うよ! 乗り移る!」


兵たちは凍りついた。

「の、乗り移る!?」

「殿、正気か……!?」

「海は平家の庭だぞ……!」


弁慶が前に出る。

「殿の御心のままに!

 皆、殿に続けーーーッ!!」


その声に押され、兵たちは次々と海へ飛び込んだ。


義経は馬を降り、波を蹴って進む。

平家の船から矢が降り注ぐ。


だが――

義経はすべてを“気配”で避けた。


殺気の方向、風の流れ、海の揺れ。

義経は天才ではない。

ただ、“死にたくない”という本能が異様に鋭いだけ。


弁慶はその背中を見て、胸が熱くなった。

(殿……その軽さが、なぜこれほど強いのか……)


義経は船べりに手をかけ、一気に乗り移った。

平家の兵たちが叫ぶ。

「な、なんだあの動きは……!」

「化け物か……!?」

「いや、あれは……天が遣わした武者だ!」


誤解は、もはや止まらなかった。


義経は船上で息を整え、ぽつりと言った。

「……静が見てたら、ちょっとは褒めてくれるかな」


その一言に、弁慶は胸が締めつけられた。

(殿……戦の最中に、なぜそこまで……)


戦況は一気に源氏側へ傾いた。

潮が変わり、平家の船は流され、次々と沈んでいく。


やがて――

平家の船団は壊滅した。


海には、赤い旗と、沈みゆく船と、

そして歴史の終わりが漂っていた。


義経は海を見つめ、静かに言った。

「……終わったんだね」


弁慶が近づく。

「殿のご采配、見事でございました」


義経は首を振った。

「俺、ただ……前に進んだだけだよ」


弁慶はその言葉に、深く頭を下げた。

「殿。

 前に進むということは、誰にでもできることではございません。

 殿は……“進むべき時”を、風で感じておられる」


義経は少しだけ笑った。

「風が教えてくれるんだよ。

 ……俺が、どこに行けばいいか」


弁慶はその笑顔の奥に、深い影を見た。

(殿……その風は、いつか殿をどこへ連れて行くのか)


義経は海を見つめたまま、ぽつりと言った。

「……静に会いたいな」


弁慶は目を閉じた。

「殿。必ず、お会いできます」


義経は小さく頷いた。


こうして――

壇ノ浦は終わった。

英雄は生まれた。

だが同時に、

**英雄の影もまた、静かに深まり始めていた。**


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