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風のワルツ ー義経伝ー  作者: 双鶴


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第1話 静御前との出会い

京の都は、春の匂いをまとっていた。

白梅が風に揺れ、町家の軒先には朝の光が差し込む。

五条大橋での奇妙な出会いから数日、義経と弁慶は京の町を歩いていた。


弁慶は、義経の後ろを黙々とついていく。

その背中には、九百九十九本の太刀を奪い取った重みがある。

だが義経は、そんな弁慶の存在をまるで気にしていないように、

軽い足取りで町を眺めていた。


「殿、どちらへ向かわれる」

弁慶が問う。


義経は振り返りもせず、

「んー、別に。なんとなく」

と答えた。


弁慶は眉をひそめる。

「なんとなくで歩くには、京は広すぎます」

「じゃあ、狭くすれば?」

「……意味がわかりません」


義経は笑った。

「わかんなくていいよ。俺もわかってないし」


弁慶は深くため息をついた。

この主君は、どうにも掴みどころがない。

だが、橋での勝負に負けた以上、仕えるのが筋。

弁慶はその筋を通すだけだ。


そのときだった。


遠くから、鼓の音が聞こえてきた。

軽やかで、澄んだ音色。

町のざわめきが、その音に吸い寄せられるように静まっていく。


義経が足を止めた。

「……なんだろ、これ」


音のする方へ歩いていくと、

小さな広場に人だかりができていた。

その中心で、ひとりの白拍子が舞っていた。


白い衣が風に揺れ、袖が光を掬う。

舞うたびに、空気が変わる。

その場にいた誰もが、息を呑んだ。


静御前。


義経は、ただ立ち尽くした。

弁慶が横目で義経を見る。

「殿、どうされました」


義経は小さく呟いた。

「……あの人、風が味方してる」


弁慶は舞台を見て、腕を組んだ。

「確かに見事な舞ですが、風は誰の味方でもありません」

「いや、違う。あの人の周りだけ、空気が揺れてる」


弁慶には理解できなかった。

だが義経には、静の“気配”がはっきりと見えていた。

怒りの気配、殺気の気配、そして――

人の心が揺れる気配。


静の舞が終わると、観客から拍手が起こった。

静は軽く頭を下げ、舞台を降りようとする。


その瞬間、義経が動いた。


「ちょ、殿!?」

弁慶が慌てて追う。


義経は静の前に立ち、少しだけ息を整えた。

「……あのさ」


静は驚いたように義経を見る。

その瞳は澄んでいて、どこか寂しさを含んでいた。


義経は、いつもの軽さで言った。

「すごかったよ。舞もだけど……空気が」


静は一瞬だけ目を見開き、ふっと微笑んだ。

「空気、ですか」

「うん。なんか……風が、あなたの味方してた」


静は笑った。

「そんなことを言う方、初めてです」


弁慶が後ろから割って入る。

「殿、軽々しく声をかけるものではありません」

「え、なんで」

「なんで、ではありません!」


静は弁慶を見て、また微笑んだ。

「あなたが噂の武蔵坊弁慶殿ですね」

「……ご存じで?」

「京で知らぬ者はいません」


弁慶は少しだけ照れたように咳払いした。


義経は静に向き直る。

「ねえ、名前は?」

「静と申します」

「静か……いい名前だね」


静は義経をじっと見つめた。

その視線は、義経の“虚像”ではなく、

“素の義経”を見抜くような深さがあった。


「あなた、変わった方ですね」

「よく言われる」

「褒めてはいませんよ」

「知ってる」


静は小さく笑った。

その笑顔に、義経の胸が少しだけ熱くなる。


弁慶はその様子を見て、深いため息をついた。

「殿……戦では凡庸なのに、恋だけは本気なのですね」

「え、恋じゃないよ。まだ」

「まだ、とは」


義経は静に向かって言った。

「また会える?」

静は少し考え、静かに頷いた。

「ええ。風が許せば」


義経は嬉しそうに笑った。

だがその笑顔の奥に、静は一瞬だけ影を見た。

“この人は、誰にも本当の自分を見せていない”――

そんな孤独の匂い。


弁慶は頭を抱えた。

「殿……本当に、面倒な方だ」


静はその言葉に微笑んだ。

「面倒な方ほど、風はよく吹くものですよ」


義経は意味がわからず首をかしげた。

だが静の言葉は、春の風のように心に残った。


こうして――

義経の“唯一、空気を読む相手”との出会いが始まった。


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