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曖昧な記憶

作者: 52
掲載日:2026/01/11

もう、生き残っているのは自分だけだった。

自軍も、敵軍も含めて、ただ一人。


「……帰りたい」


思わず、口からこぼれた。


祖国インダルデンテは、どうなっているのだろう。

だが、もうそんなことはどうでもいい。

帰りたい。

それだけだ。

マーガレッタに会いたい。

ガリウスに会いたい。

一目でいい。ただ、それだけ。

誰もいない戦場に、もう用はなかった。


ダリオは歩き出した。


半日ほど、トボトボと歩き続けると、

広い平原の戦場は終わり、森へと入った。


剣が右手から滑り落ち、

左手の握力が抜け、盾が地に落ちる。

生い茂る草に足を取られ、

倒れては少し眠り、

また起きて進む。


それでも歩いた。

妻と子に会いたい、その一心で。


森を抜けると、次は砂漠だった。


それでも、ダリオは歩き続けた。

故郷の街、モートルデンテへ。

照りつける灼熱の太陽が、

鎧を、兜を脱がせていく。


ふと考えた。


なぜ、自分だけが生き残ったのか。


もともと農民だ。

強くもなければ、屈強でもない。

敵が弱かったわけでもない。

隠れていたわけでも、逃げ回っていたわけでもない。


なのに、なぜ。


答えの出ない問いが、頭の中を巡り続ける。


砂漠が終わり、

町の城壁が見え始めたころ――

ダリオは、門の前で倒れた。


目を覚ますと、

門番の詰め所らしき場所に寝かされていた。


「起きたか」


若い門番が、こちらを覗き込んでいる。


「あぁ……こっ、こっ……」


長く喋っていなかったせいか、

声がうまく出ない。


「なんだって? まあいい。

腹が減ってるなら、そこにある果物を食え」


「あっ……ありが……」


たしかに腹が減っていた。

森では落ちていた木の実を拾って食べた。

砂漠では……。


――砂漠では、何を食べていた?


「落ち着いたら、話を聞かせてくれ」


その言葉を聞いたところで、

ダリオは、また眠りに落ちた。


どれほど眠ったのか。

目を覚ますと、外は夜だった。


「気分はどうだ。喋れるか?

オレはガリウスっていう」


さきほどの青年が、そばに座っていた。


声を出してみる。


「奇遇だな……

オレの息子も、ガリウスという。

ここは、どこだ」


ちゃんと、声が出た。


「ここはモートルだ。

あんた、どこから来た」


「バグリア平原の戦場からだ」


「バグリア平原?

あんな遠くから、何しに……戦場?」


「妻と子に会うため、

モートルデンテに戻る途中だ」


青年は、怪訝そうな顔をした。


「あんた、何を言ってる。

モートルデンテなんて、もうない。

正確に言えば……ここがそうだ。

それに、ここ五年、戦争なんて起きてない」


意味がわからなかった。


「嘘だ。

森を歩き、砂漠を歩き……

戦場へ向かうときに、砂漠なんて……」


「バグリア平原と、ここまでの間に、砂漠なんてない」


「……そんな。ここは、なんて国だ」


「クリシラ王国だ」

自分が戦っていた国の名だった。


「大丈夫か。落ち着け。これでも食え」

差し出されたのは、オムレツサンドだった。


「うちの母さんが作った」


「あぁ……何が何だか、わからないが……ありがたく頂く」

ダリオは、一口かじった。


この、味……。


「なあ、ガリウス。

あんたの母親の名は、なんていう」


青年は、一瞬、間を置いて答えた。


「……マーガレッタだが」

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