曖昧な記憶
もう、生き残っているのは自分だけだった。
自軍も、敵軍も含めて、ただ一人。
「……帰りたい」
思わず、口からこぼれた。
祖国インダルデンテは、どうなっているのだろう。
だが、もうそんなことはどうでもいい。
帰りたい。
それだけだ。
マーガレッタに会いたい。
ガリウスに会いたい。
一目でいい。ただ、それだけ。
誰もいない戦場に、もう用はなかった。
ダリオは歩き出した。
半日ほど、トボトボと歩き続けると、
広い平原の戦場は終わり、森へと入った。
剣が右手から滑り落ち、
左手の握力が抜け、盾が地に落ちる。
生い茂る草に足を取られ、
倒れては少し眠り、
また起きて進む。
それでも歩いた。
妻と子に会いたい、その一心で。
森を抜けると、次は砂漠だった。
それでも、ダリオは歩き続けた。
故郷の街、モートルデンテへ。
照りつける灼熱の太陽が、
鎧を、兜を脱がせていく。
ふと考えた。
なぜ、自分だけが生き残ったのか。
もともと農民だ。
強くもなければ、屈強でもない。
敵が弱かったわけでもない。
隠れていたわけでも、逃げ回っていたわけでもない。
なのに、なぜ。
答えの出ない問いが、頭の中を巡り続ける。
砂漠が終わり、
町の城壁が見え始めたころ――
ダリオは、門の前で倒れた。
目を覚ますと、
門番の詰め所らしき場所に寝かされていた。
「起きたか」
若い門番が、こちらを覗き込んでいる。
「あぁ……こっ、こっ……」
長く喋っていなかったせいか、
声がうまく出ない。
「なんだって? まあいい。
腹が減ってるなら、そこにある果物を食え」
「あっ……ありが……」
たしかに腹が減っていた。
森では落ちていた木の実を拾って食べた。
砂漠では……。
――砂漠では、何を食べていた?
「落ち着いたら、話を聞かせてくれ」
その言葉を聞いたところで、
ダリオは、また眠りに落ちた。
どれほど眠ったのか。
目を覚ますと、外は夜だった。
「気分はどうだ。喋れるか?
オレはガリウスっていう」
さきほどの青年が、そばに座っていた。
声を出してみる。
「奇遇だな……
オレの息子も、ガリウスという。
ここは、どこだ」
ちゃんと、声が出た。
「ここはモートルだ。
あんた、どこから来た」
「バグリア平原の戦場からだ」
「バグリア平原?
あんな遠くから、何しに……戦場?」
「妻と子に会うため、
モートルデンテに戻る途中だ」
青年は、怪訝そうな顔をした。
「あんた、何を言ってる。
モートルデンテなんて、もうない。
正確に言えば……ここがそうだ。
それに、ここ五年、戦争なんて起きてない」
意味がわからなかった。
「嘘だ。
森を歩き、砂漠を歩き……
戦場へ向かうときに、砂漠なんて……」
「バグリア平原と、ここまでの間に、砂漠なんてない」
「……そんな。ここは、なんて国だ」
「クリシラ王国だ」
自分が戦っていた国の名だった。
「大丈夫か。落ち着け。これでも食え」
差し出されたのは、オムレツサンドだった。
「うちの母さんが作った」
「あぁ……何が何だか、わからないが……ありがたく頂く」
ダリオは、一口かじった。
この、味……。
「なあ、ガリウス。
あんたの母親の名は、なんていう」
青年は、一瞬、間を置いて答えた。
「……マーガレッタだが」




