8話 ふさわしい服装~あら素敵!
いつも砂埃まみれで、全体の色味がワントーンもツートーンも薄いバジェ。砂嵐が来たら消えちゃうんじゃないかといつも思っていた。でも、今日はなんだか色の境界がはっきりしていた。
……というか、何もかもが違っていた。何これ!?
「どうしたの、その服!」
宿屋で私は声を張り上げた。いつぞやの宿屋と違っていくらかマシな宿屋だから、この程度で左右から怒鳴り声は飛んでこない。いや、そんな事よりも。
着たきり雀で、袖口はボロボロ、肘も膝も擦り切れて肌が透けて見えそうだった服が、新調されている!髪は整髪料だか何だか知らないけれど黒々しているし、いつもちょろちょろ剃り残されていた髭がまったくない!なに!?なんなの!?
「どうだ?バジェ様の男ぶりが、いつにもまして、上がっただろ?」
「そこ以外が、全部上がってる!」
「おい待て」
「だって、バジェはバジェだもん……」
いい服を着ていても、ガリガリの体は変わらない。手も足もひょろっひょろ。痩せているものだから頬骨は目立つし、目もギョロついて見える。鼻は高いけど、魔女みたいな鼻だからいいとも悪いとも。結局半端な髪の長さ。何よりいかにも嘘くさくてだらしのない笑顔。
「もし中身まで上がっていたら、それはもうバジェじゃないよ……むしろ、他が良すぎて、相対的にバジェの男ぶりは下がって見える……」
「駄目じゃねえかよ!?」
それはいいけど、どうしたのだろう。
夜の街に繰り出す時でも、バジェはいつものあのみすぼらしいまま。ささやかな日々の儲けがなくなり次第、店から叩き出されて帰ってきて悪態をつくぐらいなのに。
お姫様に求婚でも行くつもりなんだろうか。だとしたら、どうやったって勝つ目が無いのは明らかだから、早めに目を覚まさせてあげたい。
「エーラ、お前は『綺羅の琥珀』になりに行くんだろう?なら、『紹介人』として、それにふさわしい格好を、だな?」
ああ、その話、進めるつもりなんだ。それはありがたい。……けど。まだその街に到着してすらいない。こんな途中の街でそんなキメッキメにしてどうするつもりなのだろう。少なくとも、髭は生えるだろうに。
「あ!でも、それなら私の服は?」
バジェの手元を見るが、何もない。ぐるうりと周りを回ってみるけど、背後に隠しているような事もない。
「そっか!トランディオの荷馬車だ!」
宿のそばの馬小屋でいい子で待っているポンすけ(私の中で)真の名をトランディオ――とその馬車。そこに隠してあるんだ!ルンルンと宿の部屋を出ようとする。
「だからお前、俺のポンすけに変な名前を上書きしようとするな!つくづく抜け目のない奴だな!?それに、服だあ?ポンすけの元に行こうがどこに行こうが、お前が買ってねえなら、んなもんねえだろ」
「え……ええええ!?ないの!?私の服!」
自分の服は買っておいて!?
品のない話をするなら、私は旅の道中で魔物を細かく狩って、爪や毛皮や魔石なんかを換金して、それをバジェに預けている。一緒に旅をしているのだ。ただ毎日毎日荷馬車に揺られてにこにこ笑っているのが私のお仕事ではない。
町に着いても、私でも出来そうなちょっとした力仕事とか近場の魔物退治に参加して、そこでもお金を稼いでいる。バジェの実質的な稼ぎは魔法の小麦、それもかなりたたき売りの値段で売られた儲けぐらいのものがほとんど。おそらくこの旅の旅費の、半分どころかほとんどは私がバジェに預けたお金から出ているはず。
なのに!
自分の服だけ買ってきた!?
「私も買ってくる!預けたお金を出して!」
「……エーラ。エーラエーラエーラ―?」
ちちちちち。ではない。この様子。かなり使い込んできたと見える。冗談じゃない!
ああ、そうでしょうね、そうだよね!?この服、生地からすごくいいもんね!?流石に今日着いた町でオーダーメイドは無理だろうけど、その分張り込んだんだろうね!?
「いいかエーラ。これは作戦だ。勝負は初手で決まるといっていい。紹介人。ここの信用が大事なんだよ。ここが駄目ならすべて駄目。な?」
……言いくるめようとしている!
「だから俺がバシッ!と決めて信用力があるところを見せりゃあ、あとはもうこっちのもんよ!むしろ『綺羅の琥珀』なんてわけのわかんねえ奴なんて、見すぼら……変ちくり……おかし……特徴……そう、『特徴的な格好』をしている方が、それらしいんだって!お前のそのだっせえ、いかにも『生きるのに精一杯です』みたいな、見すぼらしい冒険者姿が一番引き立つんだよ!」
「言い直して結局戻って来てるんだけど!?」
バジェったら、失礼極まりない。
「見すぼらしいとか言わないでよ!剣だってこの皮の胸当てだって、こまめに討伐してきたお金を貯めて、何もかも少しずつ買いそろえて来たんだからね!?このサークレットだって――」
「はいはいわかったすげーすげー」
「ちょっと、それ絶対流しちゃいけないところだから!この格好はね、私が心血注いで、やっと今の形に整えてきた、大切なものなんだからね!?」
「ほうほう。そりゃあ知らなかった。そんなにお前の大切なものだったか」
「そうだよ!」
バジェはこの苦労を全然わかっていないんだ。たとえばこのポーチ。可愛いだけでなく、丈夫で、取り出したい時にさっと蓋のボタンが外れるけれど、そうでない時はハイイロハネネズミを夜じゅう追い掛け回しても、中のものは何一つ零れ落ちず――
「だったらなおさら、その誇り高い格好で見てもらおうじゃねえか。な?」
「え……?あ……!?」
「いやあ……流石だな。普段のお前が一番『エーラ』の良さを引き出している。っかー。痺れるねえ……!」
「ちが……やだ……私も、可愛い格好を……ひらひらドレス……」
ドレスでなくても、せめて中に着ているシャツは新しいのにさせてほしい……
「あー、あー。聞こえねえなー。今日は俺、休業日だからなー?」
やられた!もう本当に悔しい!なんなの!?自分ばっかり!私の事なんて二の次どころか、計算にも入れてないとか!何より、何より――!
「どうしてバジェは、その口先三寸が、普段の商売で発揮できないの!?」
「なっ……!?」
……ちょっと仕返しはできたみたいだった。
いつもの軽い感じのやり取りです。こんな感じはお好みでしょうか?
※ 完結まで執筆済! エタりよう無し!あなたを一人、孤独にはしません!
毎日一話ずつ更新中。
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