5話 それはそれ~これはこれかもしれないけれど
「お目が高い!」
――ッ、パアン!と両手を合わせる音が、高らかに響いた。
「これについては、道行く奥様が皆!皆さんっ、お尋ねになるんですよ。……ですから、この通りを折り返して来た時にはなくなってると思うんですよねー。いや!それどころか、全部売れて、この店が次の町に開いているかもしれませんぜ?」
バジェが粘っている。
なお、道行く奥様方が皆たずねるのは事実だけれど、『これって何?』と聞くだけで、聞いた結果、その謎の『何かの草を干したもの』をお買い上げになるかは別の話だ。
一応、売れてはいる。子どものおこづかいぐらいのお値段で。
まあ、旅の道すがらつんで干したものだから、原価はかかっていない。儲けにはなっているかもしれない。……なお、それにかかった手間は金銭換算しないものとする、であればだけど。
「けどねえ……このぐらいなら、その辺にでも生えてるでしょう?」
「でも、これを今すぐ使えるようにってなると、干す手間と時間がかかるでしょう?その奥様方の手間を!このバジェ商会が、商会員総出で、手間いらずに!」
物は言いようだ。『バジェ商会』なんて名乗っているけれど、バジェ一人で切り盛りしている。総出には変わりない。まさか私まで数に入っているのだろうか。
「うえけけ?」
考えている事がわかっているみたいに、荷引き馬のポンすけが私に鳴いてくる。……私はともかく、ポンすけはバジェ商会員扱いになっているかもしれない。やったねポンすけ、役員待遇かもよ。ますますポンすけなんて名前より、トランディオってかっこいい名前が似合いそうだと思わない?『ソウソウー!エーラ、ワカッテルー!』……一人遊びをしている場合じゃなかった。さてさて、バジェの商談は?
「買ってもいいけど、銅貨三枚でこれ一束はないわねえ。銅貨一枚で十分でしょう?三枚出すなら、店に出ている残り全部だね」
「なっ……!?ぐっ……」
買ってくれそうな人は皆、そう言っている。それが適正価格なんだろう。
「あら。それより小麦出してるじゃない。……何。粉になってないの?……まあいいわ。五枚じゃなく一袋銅貨四枚なら買うけど?」
「んっ……んんん……よんっ………?」
ずいぶん逡巡している。まあ、ここしばらくろくな稼ぎが無いものね。
「……二袋で銅貨九枚。ただし、この草を一束オマケ」
「あーもう!それでいいや!はいはい、お買い上げ―!」
……あれ?大損なのでは?まあ、バジェがいいと言っているなら、わかって決めたんだろう。……夕食の頃に気づいて金切り声をあげなきゃいいけど。
奥さんの後ろで静かに事を見守っていた奥さんの旦那に、バジェが小麦の袋二袋とその上に『何かの草を干したもの』を乗っけた。
「アンタ見ない顔だから、旅商人さんなんだろ。どこから来たんだい?」
旦那に問われてバジェが西の川向こうからと答える。少し立ち話をしている。最近情勢がますます思わしくないので、どこも周辺情報が気になるようだ。今までバジェが声をからして客引きしていた時より、傾聴する耳が明らかに増えている。
「……西の方は、まだ安全かい?」
「どうだろうな。あちこち回っているけど、どこも似たようなもんだ。どこもほどよく平和で、それなりに不穏。……じわじわ悪くなっていってるのは確かだな」
「言ったでしょ?やっぱり、『綺羅の琥珀』の、アレからよ。ああ、いやだいやだ」
「ああ。『綺羅の琥珀』がいなくなってからだね」
旦那の言葉に、『いなくなって?』とバジェが軽く笑った。しかし、その様子に夫婦は気づかない。
「『綺羅の琥珀』の件以来、新しい王は無理な戦を仕掛けられなくなったのはいいけど、それまでに恨みを買い過ぎたんだよ。お前さんを兵士になんて、取られたくないよ」
「どうせ戦がまた始まるなら、次の『綺羅の琥珀』に立ってもらわないと……」
夫婦と一緒に話を聞いていた皆が頷いていた。……そんな中、バジェだけが、面白くなさそうな顔をしている。
「まったく。『綺羅の琥珀』も、馬鹿な事をしたもんだ。『砂の塔』が崩れるなんて、縁起でもない」
人々の中で誰かが口にした。まあ、誰しも気持ちは同じだ。私もそう思う。
けれどそんな中、やっぱりバジェだけが何か言おうと口を開きかけ――押し黙った。いつもとりあえず喋ってから考える。みたいなバジェにしては珍しい。
話はひと段落ついたようで、『さしあたって目立った情報は無し』という事で人々はまたそれぞれの買い物に戻っていった。
「まあ、何にせよ、今のうちにできる事はやっておかないとねえ。アンタも勘定ぐらいはまともにできるようにしときなよ?」
奥さんは、バジェの肩を軽く叩いてからからと笑っている。バジェはまだ気づいていないようだ。そして奥さんは、奥の私を見た。それぞれ青空市場に出している店の荷物や荷箱、荷馬車などに隠れていた私に。
「アンタだって、可愛い奥さんにいいもの食べさせてあげたいでしょう?」
奥さんのからかいに、バジェはぎょっとしている。『いや、あれは――』なんてちょっと慌てているのが、可愛い。
しかし、可愛い奥さん?……そんなに顔は見えていないはずだけど。……ま、まあ、昔から可愛いとは言われていた。自慢じゃないけど、美少女だと思う。ただ――
「……おい。あの子、『穢れの銀』だぞ」
旦那さんが奥さんに、そっと囁いた。フードで隠していても、よく見れば銀の髪に銀の瞳はわかってしまう。むしろ、フードで陰になる分、銀の輝きが目立つのかもしれない。
「ま、まあ……それでもいいじゃないの」
少し言葉に迷ったようだけど、奥さんは上手くとりなした。あまりいい顔はされないけれど、おおっぴらに差別するのも、『お行儀が悪い』とされるご時世だ。まあ、表立ってされない分、色々あるんだけれど。
この町は少し都会的な分、まわりの反応も眉をひそめてくれる程度ですんでいる。よかった――
「いやあ奥様。流石に『穢れの銀』と連れ合う気は、誰だってないでしょうよ」
その言葉に、私は耳を疑った。
いや、違う。耳を疑う必要なんてない。『穢れの銀』を夫や妻に持つなんて『恥ずかしい事』なのだ。王教会なんかだと、正式に夫婦の許しは出ない。王教会でなくとも、あとから配偶者が『穢れの銀』だとわかって追い出されたり、生まれた子どもを川に流したり、なんて話が昔はよくあったと話に聞くぐらいだ。
そんな世間の話はどうでもいい。
そんなのわかっている。ずっと幼い頃から。
ただそれが――その言葉が。バジェの口から出た事が、信じられなかった。
世間の風潮に合わせた?この間、私が『穢れの銀』と言われて、同業者と大喧嘩したバジェが?あんなにボロボロになって、へろへろパンチなんか一度もかすらなくても手を出し続けたバジェが?
……ああ、そうか。
それはそれとして。結婚とか、そういうのは別なんだ。我が身に関わる事だと。やっぱりそうなんだ。
「アレは、俺が命を助けてやってから懐いてましてね。そ……その、あれですよ。奴隷っていうか……ま、まあゆくゆくは、妾の一人に加えてやる予定で――」
何が入っている、何だったのか、よくわからない。もういい、どうせたいしたものではない。私は手近にあったかごを引っ掴むと、バジェに向かって、投げつけた。これも『どこかで積んで干した草』だったらしい。眩しいほどの緋色がバジェを中心に広がった。一瞬、血かと思うほど。
「テメエ……エーラ、何しやがる!」
バジェの声が響いた。けれど私は走り出していた。
その後ろで『今のはアンタが悪い』と、先ほどの奥さんや、話を聞きつけた奥さんたちに囲まれてつるし上げを食らっているのがわずかに聞こえた。庇ってもらえて少し気分がよかったけれど。そんなのは一瞬だった。立ち止まれるわけ、なかった。
再三にわたってバジェさんが色々駄目なところが出てきていますが、そういう人です。続きます。
※ 完結まで執筆済! エタりよう無し!あなたを一人、孤独にはしません!
毎日一話ずつ更新予定。
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