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綺羅の琥珀  作者: 神空うたう


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4話 魔法と『見るべきものを視る』力~夢であれと願ってしまう



 眉間を揉み込む。こめかみを撫でてみる。深呼吸をする――

 これだけしても、何もない時は何も無い。


「エーラ。今日はまた、何やってんだ?お前」


 バジェの声に、意識を戻す。『視える』時は突然で唐突。こちらの都合なんて全く考慮されないし、その内容だって、てんでバラバラだ。

 そう。私は、未来が『視える』のだ。……多分。

 見たものすべてを覚えているわけではないし、未来すぎて検証できていない事もある。それでも、時折『視える』それらは、未来のはずだ。

 それが、自分の思うままに見られたなら、便利なんだけど。


 それこそ、『綺羅の琥珀』みたいに。


 けれどそれほど都合のいいものではない。

 以前もそうだ。『慌てて店じまいをするバジェ』『足を挫くバジェ』――それらは見えていた。


 かすかな街の店の並びから、それがあの街だと勘づいていて、私は『雨が急に降りだして、慌てて店じまいをしようとしてバジェが足を挫く』だと思った。だから先回りして、落ち着いて店じまいをさせれば足を挫いたりしないと思ってそう誘導した。けど、事実は雨ではなく、『許可証の抜き打ち検査』持っていなかったバジェは結局足を挫く羽目になった。


 そんな事は昔から何度かあった。

 最初は何故、また、何が『視えて』いるのかわからなくて。ある程度理屈がわかってきたら、『これはすごい事だ!』と思った。私に魔法は使えないけれど、それよりずっとすごい力がある。って。けれど結局思うように『視えた』ためしはないし、『視えた』ところで、それを上手く活用できなかった。




 ふう、とため息をつくと、剣の手入れを始める。コツコツと魔物退治で貯めて買った剣だ。大量生産品ではあるけれど、その分使い勝手はいい。手入れのし過ぎで剣の身幅が少し減っているかもしれない。……最終的には短刀になるかもしれない。いや、その頃にはとっくにお婆ちゃんか。


「エーラのおかげで、旅で魔物や賊の心配をしなくてすむのは、助かるな」


 珍しく、バジェからの素直な感謝の言葉だった。まあ、旅商人なんて、盗賊たちからすればいいカモだろう。ましてバジェみたいな一人旅の旅商人なんて。

 なんでも、今までに二度ほど賊に襲われて、荷や荷馬車を駄目にしたらしい。それでも他を犠牲にしても、愛馬である荷引き馬のポンすけだけは守ってきたらしい。バジェは頬擦りをしてくるポンすけの鼻先を優しく撫でて、優しい声をかけている。


「何があってもエーラが身代わりになってくれるから、お前は大丈夫だぞー、ポンすけー?」


 ……身代わりにはならない。まあ、ポンすけは守る。ポンすけは私の命の恩人だからだ。賢い賢いポンすけ。……絶対、『トランディオ』の方が、似合っている。いつかそう名乗らせるのだ。ともかく、私の命の恩人は、いつかトランディオの名を冠するポンすけである。バジェではない。


 バジェではないけれど――こうして一緒に旅をしてくれているのは、バジェだ。

 行き倒れていた私に、ご飯を分けてくれたのは。その後も私と、一緒に旅をしてくれるのは。……『穢れの銀』と旅をしてくれるのは。

 足首を捻るのもそうだけど、私の事にバジェを巻き込むつもりはなかった。

 今はもう顔の腫れも引いて、ボロボロになった服も繕って、元通りにはなっているけれど。……顔も服も、元が酷かったのが幸いしたと思っているのは黙っておこう。

 ともかく、そういったものも、前もって『視えて』いれば、あんな事にならなかったのに。……私の為に、喧嘩なんて。

 こんな事を考えて気を塞いでいても仕方ない。もしかしたら、私も『綺羅の琥珀』みたいに思うように未来が視えるようになる時が来るかもしれない。


 『見るべきものを視る』力。


 それが使えるようになれば。……もしかしたら、この力がそうかもしれない。なんて思う。『穢れの銀』にそんな力があるとは思えないけれど。でも、『穢れの銀』なのに、そんな力を欠片でも持てている方がすごくない?うん、すごい。……そう、自分を奮い立たせた。

 もしこの力が本当に『綺羅の琥珀』の力と同じなら。本当に未来が『視えて』いるのなら。


 あの未来は。

 子どもの時から見ているあの光景は。『あの人』は。


「……」


 ごくりと唾を飲む。

 幼い頃の夢のままならよかった。『そうなんだ。私の事を好きになってくれる人が、いつかできるのかー』……最近までも、のんきにそう思っていた。けれど。なんだか、その浮ついた気持ちがどんどんしぼんでいく。その理由や意味を、考えるのが怖くなる――




「明日の昼には次の町に着くな。……念のために、出しとくか」


 バジェが渋々ながら、麻の大袋を出してきた。

 気の晴れるものを見たくて、私はそばに駆け寄る。


「見ててもいい?」

「……なんも面白くねえぞ?」


 何がいいんだかとバジェは言う。当人にとってはそんなものかもしれないが、私にとっては十分面白い。『魔法』が使える人は、まれだからだ。

 麻袋の前にバジェが座ると手を合わせて組んだ。目を閉じ、何やらぶつぶつと唱え始める。すると、ちょうどバジェの目線の位置にぽわぽわと光が集まりだした。しばらくするとその光が集まりきり、ひときわ輝き始める。

 すると――



 ぽろっ。と小麦が一粒。


 そしてもう一粒、二粒。



 麻袋に落ちる粒を数えようとしたところで、ざらざらざらっ!と、目の前で指先三つ分ほどの幅の、小さな小麦の滝が生まれた。それはそのまま真下の麻袋に落ちていく。

 このままだと溢れてしまいそうだ。

 私は零れないように麻袋の端を広げて持ち、それを受け止める。音の変化で量がわかるのか、バジェが呟きを止めて手を解くと、小麦の滝の原泉は無くなり、溢れ出してきた分だけが麻袋に落ちて、終わった。

 それが、二回繰り返された。ちょっとした子供ぐらいの大きさの、麻袋三つ分の小麦。殻付きで製粉はされていないから、実際食べられる量になるとかなり減るけれど。


「いつ見ても、すごいねえ!?」

「……コレっきゃできねえんだぞ」

「ちょっとそよ風を出せたり、一瞬光るだけとかより、ずっとすごいよ!」


 町にも時折『魔法』が使える人は現れて、小遣い稼ぎに見せてくれる事はあるけれど、正直どれもこれもしょっぱいのだ。

 本来魔法は魔術師の家系で代々刻まれて行くものらしく、そういう『本当の』魔法はそれこそ人より大きな火球を生み出したり、街を洪水に沈めたりできるらしい。

 ただ、魔術師の家系以外に、バジェみたいに魔法が使える人が時折現れるのだ。そういう人は、ちょっと風を起こすのを見せて、銅貨を求めたりする。でも、『それが何か?』みたいな魔法ばかりで、バジェみたいにはっきり『実益』が見込める魔法を使える人は、そういない。

 何より、小麦を生み出せる、なんてすごい!食べるに困らない。

 ……まあ、バジェの小麦は製粉されていないので、どこかの街なり村で、製粉してもらわなければいけないわけだけれど。そのお金はかかるけど。けど、農家なら育てるところからの手間がかかるし、町で小麦の粉をそのまま買うよりは、原価がかからない分、粉挽き代だけですむし!すごい事だと思う!

 バジェはガラクタとか変な物しか仕入れてこないけれど、最終手段としてこの小麦を売る事で、どうにか旅を続けられているんだし!……むしろこちらが収入のメイン。


「……言うなよ?」


 ――まあ、たしかに、魔法で出したにしてもじゃあ『元』は何なの?という問題はある。でも、今まで何回も食べて来たけれど、お腹を壊した事はない。水とか、ちょっとヤバ気な匂いを出し始めた肉とかの方が、よほど大問題だった。


「『恥知らず』の魔法なんて――まして、それで出した食い物なんて、売れる湧きゃねえからな?」

「……そこは気にする事でもないと思うけど?」


 魔法は、『血』を継ぐ魔術師のもの。

 だから、本来の血筋以外で魔法が扱える者や、魔術師の血筋に生まれながら魔法を使えない者は『恥知らず』なんて言われて、後ろ指をさされる――

 『穢れの銀』に比べればたいしたものでもないけれど、そういうならいがある。けど、魔術師の家系で魔法が使えないのは、立つ瀬がないかもしれないけれど、逆ならそれはお得だと思う。魔術師でもないのに魔法が使えちゃうんだから。それも、町でよく見るしょぼい魔術ではない。なんなら、火球の魔法より、バジェの小麦の魔法はよほどありがたい。


「気にしとけよ。……まあ、おかげで文句も言わず食ってくれるから俺は助かるけどな。行き倒れておきながら俺の小麦が食えないとかぬかしやがったら、本当に見捨ててやるつもりだったからな!?」

「そんな事、言わないってば。……行き倒れとか、やめてよ。過去の事だから」

「なーにが『過去の事』、だ!そもそもあんなぷくぷくした顔しておいて、餓死も何もあるかよ!ふざけんな、って話だ!」

「ほんとにあの時は死ぬって思ったんだもん!」


 実際、何日も食べていなくって、川の水で過ごしていたのだ。……それがとどめを刺したんだと、今となってはわかるけれど、ともかくあの時はお腹がすいてすいて、何でもいいからお腹を膨らましたかったのだ。

 ただ、あの時の私よりよっぽど餓死に近そうな顔立ち、体つきをしているバジェにそういわれると、本当に言い訳のしようがない。

 ……そう考えると、元気だな。バジェって。

 死にそうで死なない。


 これなら、本当に死なないのかもしれない。


 あれは『綺羅の琥珀』みたいな未来視ではないかもしれない。あれは、そう。ただの夢なんだ。幼い頃の私が、さみしすぎて見ただけの、夢。


「……なんだよ、急に黙り込んで」

「べ、別に?明日町に着くなら、今日はもう残りの食料奮発してもいい?」

「あ?んー……そうだな。たまにゃあ、エーラに飯を作らせるのもいいか。あ、でも、イモとネギは保存食料だから普段どおりだからな!?葉物!葉物なら使い切っていい!あと干し肉!干からび過ぎて、市場に出せねえ奴は全部食いきっちまおう!」

「それならほとんどそうだけど?」

「はああ!?うっそだろ、ちゃんと俺は綺麗に並べて干して……」


 バジェは箱を覗き込んでため息をついている。


「干し肉づくりなら、私の方が上手だよ?」

「ほんとかよ……」


 なら、次の時頼むわとバジェは少し肩を落として、気分を切り替えるためにかポンすけのブラッシングに行ってしまった。

 久々に腕の見せどころねとテンションが上がる。

 バジェのご飯は美味しいんだけど、こう……遊びがないというか、見た目が良くないんだよね。彩りのいい野菜を最後に散らしたりするだけで違うと思うんだよ。味付けも、香りのいいものを最後に使うだけで違う。そのあたりが惜しいんだよね。

 そんな事を思いながら、準備を始める。また、バジェが喜んでくれるといいな。そう思いながら。

 ――しかし、その途中に、不思議な感覚に襲われる。

 今、来るんだ?そう思って、私は料理用ナイフを落とさないようまな板の上に置いた。




『視える』。


 音が、匂いが、感触が。味さえも『視え』てくる。

 ざざっと、黒炭で走り描いたような、荒い絵。多少の色がそれに染まる。そこに色々なものが一度にぶちまけられる。バケツで顔に水を叩きつけられるように。騒がしい音。そよぐ風。舌に広がる甘い香り。



『七つの色―― 遠き童の歌声―― 甘くておいしい、マナナホ印のはちみつパン――!』



 ……荘厳な男とも女ともわからない声が響いたけれど、最後で台無しだった。


 マナナホ印のはちみつパン。

 知ってる。最近流行りのパンだ。明日辿り着く町が確か発祥の地だとか。……バジェに買ってもらえるのかな?

 ともかく、私が『視る』事の出来るものはこういうもので、たいして役に立たないものもあれば、どこかの国の王様が毒を盛られて死ぬところが『視え』たりする。内容の高低が激しすぎるのだ。

 まあ、はちみつパンね、はちみつパン。

 バジェにおねだりをすれば、割合あっけなく買ってもらえるかもしれない。いい情報だ。

 私は軽く息を吐くと、料理用ナイフを手に取ろうとした。しかし、また、先ほどの感覚が襲ってくる。

 わかった。はちみつパンの件はわかったから。誰に対してかわからないけれどそう言おうとしたところで、ぞくりと背筋に悪寒が走る。知っている。これは――



『猛る魔獣―― 裂ける人々―― 見よ、お前を愛する男の死を。この男は、お前のために死ぬのだ――!』



 白すぎて眩しい。目の前には男の人。緩んだターバンが、風をはらんで舞っている。黒炭で描かれたようなその素描。あまりに荒い。けれど、幼い頃から何度も見た光景は、回数を重ねるごとに、より鮮明になっていく。

 男の人が傾ぐ。後ろに倒れる。駄目だ、ここは高すぎる。

 けれど男の人は緩く笑っていた。心配はもういらないと。幼い頃の私は、その笑顔にほっとしたのだ。あわせて『視える』謎の声の意味など考えずに。

 やめて。手を伸ばし駆け寄ろうと思うが、『視えて』いるだけで、私には何もできない。男の人は笑って、ほんの数瞬のはずなのに、酷くゆっくりとその動きが見えた。


 『どうせなら、こんなおじちゃんじゃなくて、もっとカッコイイ人がいいのに』


 幼かった自分は無慈悲にもそんな感想を持っていた。どうせ愛してくれるというなら、王子様みたいな人がいい。まあ、それは仕方ない。でも違う。今はもう、そんなのどうでもいい。嫌だ。やめて。

 商人特有の、緩ませたターバン。やせ細ったガリガリの体。お世辞にも格好いいとは言えない、老けて見えるその顔。……その、顔!


「バジェ――!」

「ほいよ、どうした?」


 ひょろっとその顔が、重なった。

 『視えて』いたものは、霧散する。いや、消えて散るというより、バジェの顔に、固着したような気すらする。


「なんだよエーラ。お前、全然進んでねえじゃねえかよ」


 チッ、とバジェが舌打ちをして、まな板の上の料理用ナイフを取ると、イモの皮をさっさと剥き始めた。手早い。こちらはそれを眺めるだけだった。

 バジェが『やっぱ俺じゃないと』とかどうこう言っているけれど、それに言い返す元気もわかなかった。


 やっぱりそうだ。

 『視る』のは久々だったけれど。勘違いじゃなかった。『あの人』は、バジェだった。


 『私のために死ぬ』人は。

 遠い日の夢だった人は。

 いつか私のために死ぬんだ?なんて軽く考えていられない。バジェはどうしようもない人だけど。口ばっかりで、強くもなくて、商売なんてからっきしで。でも。


「よっし、でーきたっ!バジェ特製、野菜粥!いや、今日は干し肉をたっぷり煮込んだからな!こりゃもう肉粥だな、肉粥!――おい、エーラ。お前の分だ!」


 バジェと私、同じ分だけ、同じように器に食事を盛って。同じように一緒に食べてくれる人だと、知ってしまっている――



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