26話 エピローグその1~『『菫の監視』達
「いくらこの地でも、朝晩は冷え込みます。生き残った者の暖を取るためにそれを出すようにと言っているのです」
ヴィオが老婆に話している。老婆は、半分ほど崩れた家の中で、少しへたったような白い布を抱えていた。広げれば暖を取るのに良さそうだし、裂いて使えば、生き残っていた怪我人の包帯などにも使えそうだった。
「で……ですがお役人様、こ、これは……息子のおくるみに使ったもので……」
「息子?貴方の息子ですか?いくつですか」
ヴィオの目の前にいるのは、老婆一人である。
「こ、今年で五十三に……本当なら、来月、私の夫の誕生祝に、遠方の孫や……曾孫も呼んでくれると……!」
ぼろぼろと、老婆の目から涙が零れ始めた。
「なおさら不要ではありませんか。さっさとその布を――」
「ヴィーオー!」
血相を変えて、リステが壁が崩れている表通り側から、家の中にやってきた。ぺいっとヴィオを引き剥がす。
「ご婦人。この建物も、いずれ崩れるかもしれません。……お一人なのですね?西の通り側は、比較的無事な建物が多く、街の皆さんもそちらに避難されています。ご近所の方も、いらっしゃるかもしれません」
「はあ……」
「炊き出しに、人の手が欲しいとも聞いています。ご助力いただければ、皆さんも喜ばれるでしょう」
「あの……で、では、これは……」
老婆はおどおどと白い布を見せつつリステの顔を見た。リステの後ろから首を伸ばしているヴィオが気になるようだった。
「ああ。とりあえずは、『そちらも含めて』『大事なもの』を持って、西の通りに向かってください。あとは、この街の役人が説明すると思いますので」
そう言われて、老婆は腕の中の白い布を、ぎゅっと強く抱きかかえ、布のカバンを持つと、リステに会釈しながら建物の外に出ていった。
「――ヴィオ!」
リステは完全に説教に入るつもりらしいが、ヴィオはまったく動じていない。
「怪我人が多いという話ではありませんか。清潔な白い布であるなら、多くの人を、救えます。息子さんも、浮かばれるでしょう」
「だとしても、優先順位というものが、ある!」
いくら何でも、泣く老婆から形見を取り上げなければならない段階には、まだない。
「手に持っていたのです。家探しに時間をかけずにすみます。すぐに持ち出し、利用できるというのに」
「本気でそれを――おい、ヴィオ。飾り帯はどうした」
『菫の監視』一族の長である事を示す、肩から掛ける紫の飾り帯だ。
特にヴィオの飾り帯は、派閥で代々引き継がれてきたものだ。『お父様から授かった、由緒と歴史あるものなのです』と、長同士の顔合わせの時に、歴史も何もないリステの血筋を嘲笑ったのだ。あの時の顔は、今でも思い出せる。似顔絵にしてやりたいぐらいの鼻持ちならない顔だった。
この一族は皆、判で押したような似通った顔をしている。ヴィオが描ければ、髭や皺を足すか髪型を変えるだけで十人分はどうにかできるだろう。
ともかく、飾り帯である。リステではあるまいに、寝ぼけてつけ忘れたなんて事はないと思うが。
「……あれは、布地が厚すぎて、包帯には使えないとの事でした。骨折の添え木の固定に使うのが、せいぜいです」
「――」
飾り帯を、そんな事に使ったのか?いや、そんな事でもないが。リステは、言葉を失った。
見れば、ヴィオの上着の裾が、いくらか寸足らずにもなっている。こちらは『薄くて白い布』だ。
「……ともかく、国と街で、役人の指示がばらけると面倒だ。一回顔を出せ。早馬も出ているから、昼頃には、王都から正式な応援も来る」
リステが肩から飾り帯を外しながらヴィオに声をかける。……なるほど。伸縮性がない代わりに、丈夫だ。長さもあるし、添え木の固定に使えそうだ。
「早く片付けて帰りましょう。そもそも、なぜ我々が『綺羅の琥珀』を探さねばならないのです。王の嫌がらせですか?今は我々にしか頼れないのが、まだわからないとは」
「まあ、そう言うな」
通りを歩き出したところで、声がかかった。
「おーい、そこのゴツイ兄さん!倒れた柱をあげるのを手伝ってくれ」
「お、オレか!?い、いや、オレは……」
いやあ、これは頼れる助っ人が来たぞと、男手達はわいわいと盛り上がっている。
「では、先に簡易集会所の方に向かいますね。頑張ってください、リステ。貴方の活躍が聞けることを楽しみにしています。……聞けるといいのですが」
似顔絵映えする鼻持ちならない笑顔を向け、ヴィオは通りの西に向かっていった。気のせいだろうか、スキップを刻んでいた気もする。
「……くそっ!」
「兄さーん!?」
「――くっ!ぜひとも任せていただこう!」
大歓声で迎えられたリステが『期待外れ』『でもまあ、必死さはこの中で一番』『大丈夫?生きてる?』と、苦笑されてしまうのは、この後すぐだった。
次回、エピローグその2で作品本編は完結です。
※ 完結まで執筆済! エタりよう無し!あなたを一人、孤独にはしません!
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