25話 『綺羅の琥珀』~銀の流星
銀のまばゆい光を纏って落ちる涙。
月か星屑の欠片のようだった。
そしてその『月』は――『綺羅の琥珀』は、あまりに孤独だった。『可哀想』だった。
同情するなんて、何となく上から目線というか、偉そうな感じがした。それでも、この様子を見て可哀想と思わないわけがなかった。
「き……『綺羅の琥珀』――さん」
そうとしか呼べないので、あらためて、そう話しかける。空に一人浮かんでいる『綺羅の琥珀』……さんは、私を見た。銀の瞳が、宝石のように澄んでいる。涙で揺れている。
私は立ち上がると、『綺羅の琥珀』さんの方に向けて、二歩、三歩と歩き出す。
そして私は、空に浮かぶ『綺羅の琥珀』さんに向けて、両手を広げた。
『綺羅の琥珀』さんはゆらゆらと降りてきた。地に触れる事はないが、目線が合う。
「触れても……いいですか」
両手を広げたままの私の言葉に、『綺羅の琥珀』さんは目を見開き、驚いていた。
それに合わせて涙も零れる。
触れる事――特に触れられる事によほど忌避感があるのだろう。私を屋上から突き落とす時も、その行為の内容自体に関してだけでなく、ずいぶんためらいがあるようだったし。――そしてそれを悪化させたのは、バジェだったのだろう。
『綺羅の琥珀』さんは自覚があるのか、バジェの方にきつい目線を向けている。私の方からはバジェの様子はわからない。
「……娘御。お前は特別に……許す」
ちょっと緊張しながら背伸びをして、『綺羅の琥珀』さんに手のひらで触れる。引き寄せるように両手を少しすぼめると、ふわふわふわと抵抗なく腕の中に収まった。紙風船みたいな感じだった。
「ひ……一人で泣くのは、つらいですから」
そう言って、『綺羅の琥珀』さんの背を撫でる。
「そうであったの。……娘御、お前も、そうだった。妾は、した事はなかったが、一人丸まって涙をこらえているお前を、他の者がするように『抱きしめて慰める』というのをしてやりたかった……する側ではなく。される側か。はは……ははは――」
そこまで言って、『綺羅の琥珀』さんは、大きく泣き始めた。
ふわふわ浮いていた爪先が、屋上に降りた。現実感のなかった体に、重みを感じる。それでも細くて軽くて、折れそうな感じがした。
髪も屋上に広がり、落ちる。こんな綺麗な髪が、雨ざらしの屋上に触れるのが悪い気がした。髪は『綺羅の琥珀』の身長の倍ほどもありそうだ。なのに毛先の方までつやつやとして見えた。
その髪や体を覆っていた光も、今はない。
ただ、月夜の光に照らされて、銀の光を返していた。
「あああ……あああああ!」
『綺羅の琥珀』は、子どものように泣いていた。一人でも、こうして泣いていたのだろうか。
「……リステ」
「ああ。見えている、ヴィオ。いや、見えていない、か」
数を減らしつつも暗闇にまぎれ町や周囲の林に佇んでいた魔獣の、銀の瞳が見当たらない。眠りに入ったのではなく、消え去ってしまったのだろう。もう必要のないものだから。
町が暗闇に支配されているのかといえば、そうではないようだった。月と星の光。それだけではなく――
街の人のほとんどが魔獣に殺された。それでも瓦礫の陰などに身を潜め、生きながらえていた人達がいたようだった。
崩された家々の残骸を使って火を熾し、単純に生存を知らせたり、あるいは炊き出しを始めている火の光が見えた。
リステさんとヴィオさんは、日没を迎え襲撃は無しと判断し、食料の調達に出ていてそれをすでに知っていたようだった。
何をのんきなとも思ったしバジェは『お前らが早くエーラを助けてくれていれば』と文句を零している。まあ、助かったしいいじゃないのと、私はそのやり取りを背に聞きながら、思った。
街の規模を考えれば、生き残った人達は、残酷なほど少ない。それでも生きてくれている。よかったと思う。
ひととおり泣き終えた『綺羅の琥珀』は、また私の胸元から、空に舞い上がった。
髪や身にまとっていた光が再び戻っているが、その光量はずっと淡い。弱った、というより、優しさがあった。
「……妾は、去る」
その言葉に、四人それぞれ反応を示す。
……リステさんも含めたこの顔ぶれであっても、あんなに細くてか弱そうな『綺羅の琥珀』さんに勝てない事はわかっていた。直接対決においては、私をつき落とそうとしたぐらいで、実際の体力はさほどでもないのだろうけれど、魔獣を呼ぶとか、その気になれば『綺羅の琥珀』の『見るべきものを視る』力で如何様にもできる。
下手に対抗して、今さら命を無駄に落とすわけにはいかなかった。
……家族や仲間を奪われた街の人達にとって私達の行動は、裏切りにも等しい行為だと思う。
「勝手なものですね。南の国で囚われていたぐらいなのです。一連の責を負って、罪を裁かれなさい」
……ヴィオさんが口を開いた。
「――そうすれば、恋人の元にも、早く辿りつけましょう」
その言葉に、『綺羅の琥珀』は揺らいだようだった。裁かれ、処刑されれば、死んだ『勇者様』の元に逝ける。
「……あの方は、裁かれたが、それは貶められての事。妾の犯した罪が正しく裁かれとて、あの方と同じところには逝けぬ。何より――王が裁かせる事を、許すまい」
この国は、代々『綺羅の琥珀』が『見るべきものを視る』力で視た未来視――実際は違うのだけど、ともかくそれで栄えてきた。
その『綺羅の琥珀』が手元に戻って、囚人として扱うわけもない。
別に『綺羅の琥珀』は逃げようと思えばいつ、どこにでも逃げられる。それなら、今、ここからいなくなるのも同じ――なのかもしれない。
「あの、『綺羅の琥珀』さん」
「なんだ、娘御」
「私……貴女にも、幸せになってほしい」
私の言葉に、『綺羅の琥珀』さんは、さみしく笑った。
「甘いのう……しかし、娘御はそういう娘なのだな。気持ちは受け取るが、妾の幸せは、あの方のそばにあってこそだった」
「だったら――」
ああ、その『勇者様』が、『綺羅の琥珀』のそばにいてあげてくれたら。
泣く『綺羅の琥珀』を抱き止めて慰めてあげるのは、私ではなく、その人なのに。ああ、でも、その人が生きてそばにいたら、こんな事にはならなかったのか。……私がバジェと出会う事も?
色んな積み重ねや掛け違いが、次の積み重ねや掛け違いになっていくのだろう。
「……バジェよ」
「なんだよ」
「妾が得るはずだった分の幸せを、お前と娘御に譲る。……幸せになる事を、許す」
「あいっかわらず偉そうだな……」
バジェが緩みきったターバンの端をつまんで怒りを抑えようとしている。
「――でもまあ、ありがとうよ!許しなんざなくても、幸せになるけどな!十分幸せだしな!……え、エーラがいるからよぅ!」
「バジェ……!」
「フン。見せつけてくれるとは。お前はつくづく腹立たしい。……指十本は保留にしてやろう。娘御を――『エーラ』を、傷つければ、即座に受け取りに行く。その指十本が、お前の言った『契約書』代わりよ。お前と共にある限りな」
「どうぞどうぞ」
バジェは余裕で答えた。
「『履行されるわきゃねえ』んだから、怖くもねえや。傷つけない、泣かせない。だから指十本は、死ぬまで俺のモン。俺の丸儲けだ!……元気でな」
「もう会わぬ。お前の醜い顔は、一生分見た。胸やけがするわ」
そう言うと、すうっと『綺羅の琥珀』が高く夜空に昇った。
街の人の中には、『綺羅の琥珀』に気づいた人が、いるかもしれない。ただ、リステさんとヴィオが『倒壊の危険があり、調査中』などとして、人払いをしてくれていたそうで、これらの真実はわからないだろう。
「『菫の監視』、後は頼む。……バジェ、エーラ――幸せにな」
高く高く昇っていく『綺羅の琥珀』。淡い光は、月と双子に見えるくらい小さくなって――すっと、北に向かって、流れていった。
これで区切りとなり、次回はエピローグその1になります。
※ 完結まで執筆済! エタりよう無し!あなたを一人、孤独にはしません!
毎日一話ずつ更新中。
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