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綺羅の琥珀  作者: 神空うたう
『綺羅の琥珀』本編

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24話 月の女神~銀の孤独



「よかったのう、バジェよ。間に合ったのう。お前は」


 私を強く抱きしめ、一緒に泣いてくれているバジェを空中から見下ろしていた『綺羅の琥珀』は、静かに口にした。言い方は少し芝居がかっていて、嘲るような声音だった。けれどそれが表面上のものなのは、明らかだった。

 長い髪を空に広げ、自身と髪を朧気に発光させている『綺羅の琥珀』は、空に浮かぶ月のように凛として美しく――孤独に見えた。


「何故お前は間に合った。妾を間に合わせてはくれなんだ。妾はついぞ、あの方に抱きしめられる事はなかったというに。……抱きしめる事は出来たのだ。冷たく硬くなっていた。――首がコロリと落ちたのだぞ」


 今より少しだけ若い『綺羅の琥珀』。

 バジェが以前語った話では、指一本触れる事のない、清いお付き合いを物語の勇者様のような『あの方』としていたという。その最初で最後の触れ合いが――


「――悪かった!」


 バジェが、私から『綺羅の琥珀』の方に向き直り、手をついていた。


「全部、俺がヘマしたせいだ!それにもっと……もっと上手いやり方があったはずで!俺が馬鹿だった!」

「左様。お前のせいである。お前が愚かで浅ましいが故である」


 『綺羅の琥珀』の言葉は、静かな断罪であった。

 私達の知らない事があまりに多い。三人はどう過ごして、何を思っていたのだろう。それでも――


「俺ぁ、お前らに幸せになってほしかったんだ……本当だ……!」


 先ほど、瓦礫の山でバジェが口にした事が繰り返された。

 そう、そこは、間違いないのだろう。


「……妾もそうよ。あの方と幸せになりたかった。あの方も、そう最期まで願い続けてくれていたと、信じておる」


 くっ、と『綺羅の琥珀』が下唇を噛んだ。

 銀の髪が、空でくゆる。銀の瞳が自身の光に煌めき――また、涙をたたえた。



「何故だ」



 その問いは、色々な事柄を含んでいたのだろう。


「悪かった!――何を言ってもいい訳になるし、俺の満足でしかないと思っていたし――自分のヘマを認めたくもなかった。けど、お前を探し出して、謝りゃよかった!俺が勝手に納得して――んで、お前にぶっ叩かれるなり、本を投げつけられるなり、すりゃあよかったんだ!」

「お前には触れとうない。もちろん、触れる事も許さぬ。……バジェよ。先ほど、言ったな?妾の好きにしてよいと」


 バジェの体が強張った。私が口を出せる事ではない。

 それでも、『綺羅の琥珀』を見た。


 やめて。


 目で訴えるが、『綺羅の琥珀』は、私には一切目をくれず、バジェの方だけを見ていた。



「あ……ありゃあ――う、嘘だ!」



 なんだと?『綺羅の琥珀』は目を大きく見開いていた。


「嘘っつーか……何の事だ?言ったか?言ってねえなあ、知らねえなあ!?……口約束も約束かもしれねえけど、言った言わねえになるから、契約書、っつーもんがあるんだよ。どこだ?俺の署名の入った契約書は?通称じゃねえぜ?俺のながーい本名で書かれた、正式な契約書はよう!?」


 屑だ。クズ。


 『綺羅の琥珀』は目尻にあったった涙を一滴分だけ零すと、わなわなと震えていた。

 神々しく身にまとっていた光が、不穏に明滅する。私を引き上げるのに全体力を使い切ってへたり込んでいたリステとヴィオすら、バジェの正気を疑う顔をしていた。


「……指はくれてやる。お前に触れた指だけじゃねえ。十本全部。――足の指もつけていい。俺ぁ商人だ。口さえあれば、商売なんて、何だってやってやる。口さえきけなくても商売はできるだろうが、俺は口ぐらいしか、たつものがねえからな!?」


 正直、口だって怪しい。今がまさにそうだ。


「でもなあ、悪ぃ。首は――命はやっぱりくれてやれねえ。……エーラと、生きさせてくれ」


 あらためて、バジェが手をついた。


「お前を前に、こんな願いを口にするのは、一番残酷だとは思うが。お願いだ。エーラには、何もしないでやってくれ。俺を、エーラと一緒にさせてくれ……!」

「残酷と――それがわかって、よく言える……!」



 愛する者と、共に生きる。

 たったそれだけの事が叶わなかった、『綺羅の琥珀』。



 その原因でもあるバジェが、それを願う。……もっとも許しがたい事だろう。

 それでもバジェは、それだけは譲れないと、口にしてくれた。


「左様か。手の指に、足の指をつけるか。命を願うというなら、代わりにもっとお前から奪ってもよかろうよ、のう?どれもいらぬものばかりだ。取るだけ取って、捨てるだけのものでしかないがな?耳か?目玉か?指なんてまだるっこしい。腕をもいでやるのが手っ取り早いか」


 残虐な言葉が舞う。

 けれどそれらは、痛々しかった。……そんな事を願っていないのが、わかってしまうからだ。表情を見ればわかる。


「……妾は何でもできる。死んだものを、生き返らせる以外は」


 バジェのどこから何を奪うかの選別に、バジェ――と私のまわりの宙をくるくる舞っていた『綺羅の琥珀』が、するりとその動きをとめ、トーンを落として零した。


「『綺羅の琥珀』の『見るべきものを視る』力を使えば、それ以外は、きっと何でもできよう。起こした事に齟齬が生まれれば、それに合わせて過去も書き換わる。それを利用すれば、娘御を『綺羅の琥珀』に仕立てあげる事も容易だった」


 バジェやリステさん、ヴィオさんが私に視線を向けた。

 そうか、皆、聞いてなかったのか。


「……どうしてわざわざ娘御をそうと定めたのか、今となってはわからぬ。妾と同じ、今は亡き北の民族の、今となっては稀有なる銀髪銀眼であったからだろうか。バジェ。娘御は、お前を苦しめ、傷つけるためだけの道具であるはずだった」



 最も愛し、愛されたその時に、殺す。あるいは奪うための。



「妾は、物心ついた時には『砂の塔』にいた。ばあやと砂の塔だけが世界であった。別に出られなかったわけではない。出る必要など、感じ得なかったからである。『砂の塔』は、何不自由ない世界であった。王が妾の力をあてにしてくるのだけが煩わしかったが、ばあや達はよくしてくれたからな。……それに比べて、娘御のみじめな事」


 『綺羅の琥珀』は、バジェへの復讐のため、いずれ私がバジェに出会うよう、画策をした。

 その画策は辻褄を合わせるために過去にも影響した。


 そこで、『綺羅の琥珀』は私を見る事になったという。

 『愛する私のために死ぬ男』――最初に見た、私が今まで『綺羅の琥珀』が使う『見るべきものを視る』力での未来と思っていたものの他にも、幼い頃を含め、視て来た未来がある。今と比べれば、かなり感覚は広かったけど。


「妾よりも誇らしくも美しい銀髪銀眼は、『穢れの銀』などと言われ、蔑まれる対象であるという。信じられなかった。それだけではない。娘御は幼い時から孤独や差別、病、飢え、乾き――様々なものに苦しめられてきているではないか。バジェから聞かされてはいたが――あんなにも恐ろしく、苦しいものとは知らなかった」


 『砂の塔』で『お姫様』のように大切に育てられてきた『綺羅の琥珀』には信じられない事のようだった。


「あ、でも、私は別に、そこまで可哀想な子でも……」


 もっと苦しい思いをしている人もいるし。死んじゃう人や、死んだほうがましな目に合ってる人だって。それを思えば、私は、自分で生きる道を選べた訳で。


「そうであるな。獣との戯れ。ささやかな食事。あたたかい寝床。ささやかとしか思えぬが、それが幸せという事であった。娘御よ、お前は実に慎ましやかな良い娘だ」


 ……褒めてもらっているんだろう。笑顔を向けてくれているし。


「だから――バジェに合わせぬ方が良いのではとも考えた。バジェはロクでもない男であるし。雑で醜く、屑で、愚図である」


 バジェが顔を引きつらせている。

 いつもならここで十倍ぐらい言い返していそうだが、ぐっと堪えている。正しいと思う。


「苦しいながらも耐えて来た良き娘御に、バジェを押しつけるのは妾としても胸が痛んだ。しかしの?妾が視た未来で、娘御は笑っておった。妾が手を加える前に。ああそうかと。ならばこのまま会わせてやるかと。バジェを苦しめるために」


 『綺羅の琥珀』は宙を蹴り、ついと高めの位置に取った。バジェと私を見下ろす。


「けれどの?娘御は良き娘であるが、妾はそれ以上に良い娘である。とうぜんであろ?あの方が愛して下さる娘だったのだ。……あれから少々捻くれはしたが、妾の根本は生まれた時から何も変わらぬ。良き娘なのである」


 真剣にそれが言えるなんてすごいなあと思った。人によっては何か口を挟みたそうだ。特にバジェは。口をもにもにさせていて、ズボンをぐっとつまんで我慢しているようだった。


「……だから、娘御には幸せになってほしいし――バジェにも幸せになってほしいと、思うておった」


「はああ!?どういう了見でそれを抜かしてんだ!?」


「バジェ!?」

「お前は憎い。殺してやりたい。死んでほしい。苦しんでほしい。泣け、喚け。その気持ちは今もある。勘違いをするな」

「勘違い!?何をだ!」

「それでも――それだけではない。妾は――妾は、あの方と出会わせてくれたお前に、感謝もしておる。あの方を喪って――今も苦しく、つらい。それでも、出逢わずにただ『砂の塔』で生きるだけが幸せだったとは言わぬ。そこは、『絶対に』と、確証を持って言える」

「……ああ、そうかい」

「お前と話すのも、悪くはなかった。あの方とのお話では知りえない、雑味があった」

「ざ……!」

 嫌味ではなく、懐かしき思い出として『綺羅の琥珀』が語っているので、バジェは必死で好意的に解釈しようと努力しているようだった。

 なるほど、若い時からこういう感じだったんだなと少し二人の事がわかった気がした。


「死んでほしいと思うておる。それでも、幸せになってほしいとも。妾が得られなかったものを、得てほしいと思う。……けれど、それを『視る』と、妾の心は落ち着かなくなるのよ。『何故?』……と、の?心に黒い炎が灯る。どうすればいいのかわからぬ。手は下すが、実際――妾はお前達をどうしたいのか、わからぬのだ」


 ……何もしないわけではないけれど、ここ一番で、最後の一押しはしてこなかった気もする。

 『綺羅の琥珀』の力では『勇者様』をはじめ、生き返らせる事だけはできなかったと言った。でもそれ以外――殺す事なんて余裕なのだろう。直接でも間接でも。この街を一晩かからず滅ぼしたように。いくらでも、どんな方法でも、私やバジェを殺す事はできたはずだ。今だって、本当は可能なのだろう。

 それでも、とどめを刺しきれなかった。だからと言って、助ける事もしなかった。……できなかったのだろう。


「だったらもう、放っておいてくれ。俺とエーラが出逢った事に、お前のお節介が関係しているっていうなら、俺もお前に感謝する。お前が、アイツを引き合わせた事に感謝してくれるのと同じように」

「そうか?それがいいのか?しかし……それではおさまらぬのだ。お前達はこれから二人で語り合い、笑い合うのだろう?ずっと、ずっと!けれど、妾は!妾には!」


 どうにもできない事だった。

 『綺羅の琥珀』は夜空に一人、孤独に泣いていた。



 次回で、大きな話の流れの区切りとなります。


※ 完結まで執筆済! エタりよう無し!あなたを一人、孤独にはしません!

  毎日一話ずつ更新中。


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