20話 月の女神~銀の微笑み
「――もう、今日は来ないのでは?」
ヴィオさんの言葉が真実になりそうだ。お日様が、ずいぶん傾いてきた。
「……なあ。エーラ。お前が見て来た、俺が死ぬ時の光景、もう一回話してくれねえか?――光景の話だけでいいからな?お告げの文言については、落ち着いてから、二人だけで話すぞ」
「う、うん」
眩しい背景。緩んだターバン。落ちるバジェ。
「……落ちて?落ちて俺はどうなった?」
「し……死んだ」
「どんなふうに?どこに?屋上からじゃなくても、ここから覗いてもだいたい外、わかんだろ?」
「し、知らないよ。バジェは――死ぬって」
バジェの死なんて、あまり考えたくない。
「……確認するけどよ。エーラ。お前が見てんの――落ちるとこまでか?『死ぬ』ってのは、そう言われてるだけ、でいいか?」
「でも――」
「ああ、いい、いい。それが変わるかどうかはわかんねえけど、具体的にならない方がいい。……エーラ。お前の望みかアイツの望みか知らねえけどな――」
バジェが、すうと息を吸った。
「……お望み通り、死んでやる」
「――!?」
「商人、ここまで来て何を!」
「そうですね。考えてみれば、貴方を守り切るというのが無駄な工程だと思っていました。自己犠牲。人の示す愛の形ですよね。知ってます」
「……ヴィオ。向こうに行こう。向こうに」
ごめんなさい、リステさん。そうしてください。ぜひとも。
「いいか?アイツが――『綺羅の琥珀』がその『未来』をここまで残してるって事は、その『未来』が、アイツにとっての『とっておき』なんだろうよ。絶対俺をこれで仕留めたいはずだ。だからそれに乗ってやる。俺は屋上から落ちる。――けど、お前がそれを、止めろ」
「どうやって!?」
「お前の『綺羅の琥珀』で――『見るべきものを視る』力で、その後を視ろ。何でもいい。無茶苦茶でもいいんだ。地面がゴムまりになるのでも、俺の背中から羽が生えてくるのでも」
「無理、そんな……自分のタイミングで使えないのに、そんな変わった事……!」
「できるって!お前、泣き言多い割に、肝座ってんだろ。なんだかんだで俺のピンチを救ってくれてる。ほら、あれだ。夜盗の時も」
「ああいうのならいくらでもできるけど、これは――」
「んな事言うなって。俺の見る目を疑うのか?この、いずれ大商人になるバジェ様の目利きを」
バジェが、私の両肩を掴んでいる。私を見つめるバジェの濁った瞳。……濁っているんじゃなくて、潤んでいるように見える。
「……お前のために死ぬ気はねえけど。それでも万が一、死ぬとしても、お前のためになるならそれでもいい。あの根性曲がりが、泣いて悲しみ続けるお前を見て楽しむつもりなら――お前は泣き続ける分だけ、アイツに生かされ続ける。……上手く嘘泣きを続けて、可愛いおばあちゃんになっちまえ」
「バジェ……!」
ヤだよ、嫌だよ。
一人で長く生きたって仕方ないよ。
バジェと一緒に、可愛くて元気なおじいちゃんとおばあちゃんになりたいよ。おばあちゃんになったら、もう『穢れの銀』の事なんて、気にしなくて良くなるよ。だって頭、真っ白だもん。一緒にいよう?いっぱい旅をしよう?だから、だから――
「――って俺がここまで格好つけた事言ってるんだから、それは逆に絶対殺すなよ、って事だからな?っつーか、何を言っても言わなくてもだ。わかってんな?エーラ!?」
「ばじぇえええ!?」
ああ、でも、何でもいいや。一生懸命やる、絶対やる。
――日が、どんどん傾く。空が赤くなる。明るくはあるけど……これを眩しいと言えるかな?
「……来ないね。……もしかしたら、南の国の牢屋は、魔法か何かの力があって、出る事ができないのかも」
「来るって。アイツは」
「――まるで、来てほしいみたい」
「そりゃあなあ。俺が原因なら、俺が始末つけてやるしかねえだろ。唯一止められるはずの奴は、死んでるんだし」
ああ。『勇者様』。『綺羅の琥珀』さんが、大好きで大好きで、たまらなかった人。私にとってのバジェのように。
……ごめんなさい。貴女を可哀想だとは思うけれど。貴女と同じには、なれない。
……日が、沈んだ。
山の端はわずかに残光を残すけれど。これは、もう……
「よ、よかったー!」
「なんだよ、拍子抜けだな……」
へなへなと、二人で抱き合って、座り込む。
「で、でも。代わりに明日があるんだよね!?けど、明日を乗り切れば、きっと……!」
「あいつ……少しは人間が丸くなったのかもな。昔は酷かったんだぜ?猫被って裏表が激しくて。俺の前では言いたい放題やりたい放題。絶対やってほしくない事をやって、言ってほしくない事を言って、もう最低最悪!」
「――後半については、そっくりそのまま、返してやりたいところよの?」
え、なに――
見上げた空に、人が浮いていた。
空を覆わんばかりに髪が広がっていた。
違う。魔法の光か何かわからないけれど、光だ。けれど髪も長い。もしかしたら、身長以上あるのかもしれない。……そんな事は些末過ぎた。
――美しすぎる。
銀の光を纏わせた、月の女神様だ。銀の髪に、銀の瞳。じゃあ、この人が――!?
「……久しぶりだなあ、『綺羅の琥珀』……先代様とでも言ってやった方がいいか?」
「まだ、当代は立っておらぬと噂に聞くが?」
『綺羅の琥珀』さんは、空に浮いたまま、猫か月のように身を丸めた。浮かぶ空から降る声は、よく響く。
髪はクモの巣のように四方に散らばっているが、幾房かが、波間に漂うように揺らめいている。
『綺羅の琥珀』さんが、私と目を合わせた。すると、泳ぐように足で空をほんの一掻きしただけで、すいいとバジェの腕の中にいる私の元まで降りてきた。私の、長めにたらした前髪を手に取った。
「おうおう……なんと麗しい銀の髪、銀の瞳よ。昨今ではとんと見かけぬのに。この見事さ、妾以上ではあるまいか?」
バジェが抱き寄せたので私の前髪は、はらはらとその手から落ちた。
よいよい。そう言って、ころころと笑う。なにもかもが優雅。
「しかしバジェよ。お前はかように儚げな、妾と祖を同じくする娘御に手をつけおったか。分別のない」
空を爪先で蹴ると、一気に空に舞い上がった。月のように輝いている。服は薄布一枚。もしかしたら、南の国の囚人服なのかもしれないけれど、銀の光に照らされて、ドレスのように見える。
「分別ついてたら、こんな事にゃあなってねえだろうが!」
……そのとおりだと思うけど、声を張って言う事ではないと思う。
「――至言である。バジェ。多少は利口になったようだな」
「うっせえよ。何様だ!?その『儚げな娘御』に、ずいぶん嫌がらせをしてくれたようじゃねえか!性格悪いのは元からだったけど、年のせいか!?」
「――娘御よ。バジェはうるさくてかなわん。元からであったが、年を重ねて耳が遠くなったようだ。娘御の声が聴きたい。身を固くするな。妾は祖を同じくする同胞である。話せ」
この人……この人――
「……あらあらうふふな月の女神プリンセスじゃない!」
お姫様系だけど、そっちじゃない方だ!
「だから言っただろ」
「ば……バジェ。バジェよ。娘御は何を言っておるのか。妾とんとわからぬ。お前は娘御に、何を吹き込んでおるか」
「うっせえよ。俺は手前がやった事をそのまま喋って聞かせただけだ……俺との話がもういいってんなら、俺ももう話す事はねえ。文句はいくらでもあるけどな」
信じてるぜ。バジェは耳元にそっと囁くと、私の元から離れた。
……そうか、眩しい光景。……日光じゃない。『綺羅の琥珀』の体から、髪から放たれる光!
闇夜とのコントラストのせいか、昼よりも明るく感じるほどだ。そして、バジェが屋上のへりに立つ。
「何を考えておる?……ああ、なるほどのう。考えよった。小癪な男よの」
『綺羅の琥珀』さんは、バジェから私に視線を移す。
「これ娘御。止めぬのか。この男、相当馬鹿だぞ」
「だ……大丈夫です!意地悪されても、私、助けますから!」
まだ、『綺羅の琥珀』の『見るべきものを視る』力は発動しない。前もってあの夢の先を見る事ができていれば、こんなハラハラしながら対峙しなくてもすんだのに。一発勝負になりそうだ。
「意地悪とは、酷いのう。妾は祖を共にする同胞が、下らぬ男に唆されぬようにと、老婆心ながら差し出ただけであるのに。……おおバジェ。いつまでそうしておる?足が震えておるなあ。妾がつい……と、押してやればよいのかの?」
「うっせえ!離れてろ!……大丈夫。大丈夫、大丈夫……」
「……千回ほど口にすれば、気がすむかえ?」
「うっせえ!――あ!」
大人しくしていた魔獣が何故か一匹、闇夜を飛び抜けた。
その風にあおられ、バジェが足を踏み外す。
バジェの顔が強張っていた。
駆け寄ろうと思ったけど、バジェの口が『大丈夫』と動いた気がした。じゃあ大丈夫!私はそう自分に言い聞かせた。けど、『綺羅の琥珀』の『見るべきものを視る』力なんて結局、どうやって使えば。
私は祈った。
神様に祈るみたいにして。
祈って、祈って、祈って――
お願い、『視え』て。
笑っているバジェを。鳥みたいに羽を生やしているとかでいい!もう何でもお任せするから――『視え』て、未来!
続きます。
※ 完結まで執筆済! エタりよう無し!あなたを一人、孤独にはしません!
毎日一話ずつ更新中。
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