2話 ぽっけぽっけと荷馬車旅~バジェ特製・野菜粥つき
今日も荷馬車は道を行く。
次の町まではかなり距離があるらしく、数日はこの行程が続く。賢い荷引き馬のトランディオは――本当の名前は『ポンすけ』らしいけど、私は諦めない。その、いつかトランディオと名乗るはずのポンすけは、小さな体の割に、ぽっけぽっけと歩みはしっかりしている。
「うひひ……もっとこっちに……」
そのポンすけの主人である旅商人のバジェがはこのとおり。変わり映えのない風景に飽きてこっくりこっくり舟をこぎ始めても、ポンすけは変わりなく街道をしっかり歩いている。……バジェよりよほど賢いと思う。
向かいから反対方向に向かう荷馬車がやって来ても、ポンすけの裁量でわずかに道の端に寄り、すれ違ってみせる。
バジェなんて、いらないんじゃないだろうか。バランス取り程度にしか機能していないと思う。
すれ違う馬車の御者――多分あの人もバジェと同じような旅商人か何かだと思うけど、口を開けて寝始めている御者のバジェを見て、ぎょっとしていた。まあそうだろう。そして、興味本位に荷馬車の方にも目を向けて――
私を見ると、先ほどよりも目を見開いていた。『嫌なものを見た』そんな様子を隠しもしない。ああそうだ。別に人前に出るわけでもないからと、上着のフードをかぶっていなかったんだったと、私は気づいた。まあ、すれ違うだけだし、いいか。こっちだって気分は悪いけど、向こうほどではないはずだ。もしかしたら向こうは、すれ違った後で、厄払いのおまじないを唱えているかもしれない。
……くだらない。
とは思うけれど、生まれた時からの事だ。今さら気にはしない。それに、今はこうして眉間に皺を寄せられたり、買い物をしたりする時に、わざと腐ったものを袋に詰められるぐらいですんでいるけれど、昔はもっとあからさまだったという。人通りのある道を歩くだけで石を投げられたり殴られたりする。そして役人に訴えても、『お前が悪い』ですまされていたと聞く。
それを思うと、きっと多分、生きやすい世の中なのだと思う。……最近はそんな感じもなくなったけれど。
『綺羅の琥珀』が『穢れて』しまってから、この国の雲行きは怪しくなってきた。
別に思い入れのある土地ではない。女剣士として、生計をどうにか立ててきたけれど、この国でなければできない仕事ではない。むしろ、どこでもできるだろうと考えて、我が身を守るためにも女剣士としての道を歩んだだけだ。ここで生まれたからこの国にいるだけで――私のような人間なら、他の国の方が住みやすいらしいとは聞いている。
……バジェと一緒に、このままずっと旅を続けてもいい。
どこか、違うところに連れ出してくれそうな気がする。
「ふがっ!?」
御者台のバジェを見つめていると、馬車が小石に乗り上げたのか大きく揺れたせいでバジェが目を覚ましたようだった。ポンすけは『ぶひん……』と、申し訳なさげに鳴いたが、バジェに気を遣う必要なんて、まったくないと思う。
「おお?どうした、ポンすけ。大丈夫だぞー?俺ぁしっかり手綱を持ってるからな。転げ落ちたりなんかしねえよ」
トランディオ――正式名称『ポンすけ』は、バジェの言葉を聞いて納得したのか自信をもって蹄を前に前に出している。確かに顔だけなら『ポンすけ』って感じで、『バジェの馬』らしいなんとも愛嬌のある顔をしている。けれど、中身はとても賢い。……バジェは見た目どおりだ。なんら期待を裏切らない。
「あー……しかし、疲れたな」
口を開けて寝ていただけで、何が疲れるのだろうか。まあ、そろそろ食事にはいい時間かもしれない。程よい木陰と、ポンすけが好きそうな柔らかい草原をわずかに道の端から外れたところに見つけた事で、私達は早めの夕食を取る事にした。
バジェは毛布だなんだをクッション代わりにうずたかく積んでいる御者台からひょいと降りると、何はさておきポンすけの世話をしている。とてもいい事だと思うけど、こちらにも何かあっていいんじゃないだろうか。
「エーラ、枝木を拾ってこい」
そうじゃない。
「……あのさあ」
「飯、いらねえのか?」
「……わかったよ、もう!」
こんなひらけたところでろくな枝木なんてないと思うけれど、枯草などをそのかわりにする。別にこれは今日使うものではない。しばらく馬車の中で吊り下げて干して、もう少し乾燥させる。代わりに、先に干して乾燥させていた枝木や町で買った薪を焚き付けに使うのだ。
こういう事ができるので、馬車のある旅っていいなあと実感する。
雨が降ってきても、幌があるから野宿でもそれほど負担にはならないし。何より荷物がたくさん詰める。……この馬車の半分ぐらいは、バジェの『冴え渡る目利き』で買い付けたというガラクタばかりだけれど。
火を熾していると、バジェがやってきた。見れば、少し離れたところで、ポンすけが私達に先んじて草を食んで夕食に興じている。バジェが丁寧にブラッシングしてくれたようで、長めの毛足がつやつやとしていて、ここからでも輝いて見えた。
「よっ……と」
バジェは荷馬車から出してきた野菜を、傷みの早そうな順からトントンと細かく切ってへしゃげた鍋に放り込んでいく。しっかり火を通せば問題ないだろうと。そこについては私もまったく異論はない。
「ねえバジェ、手伝おうか?」
「……エーラ、お前は自分の腹に合わせて料理を作るからなあ……」
それは誤解だ。その失敗は一回だけだ。馬車の旅なんて慣れていなかったから、残っていた食料を全部料理に使ってしまっただけだ。バジェだって美味しい美味しいって言ってくれたじゃない。……からっぽの野菜箱に気づくまでは。
ともかくしっかり野菜を煮て、そこに小麦の粉を振り入れ、さらにくつくつ煮ると、お野菜たっぷりの夕食の出来上がりだ。
バジェは自分の器にたっぷりと野菜粥を入れた。そして――
私の器にも、同じだけ、野菜粥をたっぷりと。
「ほれ、エーラ。……なんだよ」
食わねえのかと器をさらに突き出していた。『食べるってば』と、それを受け取る。しっかりと重みを感じた。
「……ありがとう、バジェ」
「おーおー。このバジェ様に感謝して食えよー!?」
器に一杯入った野菜粥。全部混ざっているから、何もかも一緒。私だけ腐った野菜とか、煮えていない野菜とかでもなく。お肉は入っていないけれど、それはバジェも一緒だった。
バジェは猫舌のようでやたらフーフー息を吹きかけて食べているのが少しみっともないけれど。
同じものを同じように食べてくれる人がいる事がすごく久しぶりで。ここしばらく、実はすごく嬉しい。……あと、小麦に限って言えば、何も心配しなくていいのも実はすごく助かる。栄養の偏りとかあるかもしれないけれど、食べ物の心配をしなくていいのは本当に。
早めの夕食だったし、急いだところで何があるわけでもないので、ゆっくりと食事をとる。あとは寝るだけだ。しかし……バジェがそわそわしている。『ほらなんだ、その』ってなんなの。
「わかるだろうが!」
わかっているけれど。……なんか、ヤだ。
「街でバジェ、ちゃんと綺麗に体洗った?なんか汗臭い」
「汗臭いって……そんなの最初だけだろ!?どうせなんもわからなく――」
バジェがああだこうだ言い募る。なんかその必死な感じが余計に嫌だ。挙げ句に『誰がお前の命を救ってやったと』なんて言い始められると。それはまったくもって事実だけど、ことあるごとにそれを持ち出されると、伝家の宝刀であっても錆も浮く。
「そういうの、ヤだ」
「にゃにおう!?」
……けど、バジェは不満気に地団太を踏んだだけで、それ以上は無理を言ってこなかった。かわりにもう聞いてられないぐらいの泣き言というか捨て台詞が飛んでくる。『あとからエーラの方がその気になっても、俺ぁもう知らねえからな!?』『抱いて、ご主人様!とか縋って来ても、遅いからな!?』あとなんか奇声。まあ、最終的にふて寝で終わったみたいだ。
馬車の荷物の隅に、貧相なボロの塊が増えている。バジェだ。その割に、恨みがましくこちらをちらちら盗み見ている様子がうかがえる。未練たらしい男だなあ。
……色々言う割には、何事も口だけなんだよね、バジェって。
まあ、その細腕では、『力に物を言わせて』なんて無理だとは思うけど。男と女とはいえ旅商人と女剣士では基礎的な力が違うし、こっちは力勝負で来られても、いなし方の一つや二つ、いくらでもある。なにせ私は、立ち上がったら私と同じくらいはあるツノオオカミだって、退治した事があるんだから。バジェなんて、こうである、こう!……想像のバジェが可哀想だから、パントマイムも軽めに終わらせておく。
バジェがふて寝したのもあるけれど、食事の支度もしてくれた事だしと、後の片づけをしておく。明日軽くご飯が食べられるぐらいには火を残しておけるように薪を置き、炎の魔石をそこにくべておく。これで、必要分だけ少しずつ薪が消費されていくはずだ。私の魔石はずいぶん前に砕けてしまって、それ以降ずっと薪の分だけしか夜を越せなかった。日中熱く、夜は寒いこの国の夜はたいへん堪えていた。そこについてはバジェ様々だ。……ただ、バジェの炎の魔石もおそらく中古の中古のものらしく、そう遠くないうちに、砕けて爆ぜそうな気もする。それが今夜でない事を願おう。
さて、私もバジェの隣で寝ようかな。
そう思って立ち上がったところで、立ち眩み――ではない。
「あ……来た」
音が『視える』。何かが描かれる。ささやきが、『視える』――
そう思ったのに、その予感は、通り過ぎてしまった。今回は『駄目』だった。
なかなか思うままにならないなあと思っていると、ふらつく体が支えられた。
「あ、ごめんね、トランディオ。助かる――」
そう言おうとしたが、この感触は馬の毛ではない。そもそもポンすけは視界の端で厚い睫毛を伏せて、こっくりこっくり早くも寝ている。
「……ポンすけに変なあだ名を付けるなって言っただろ」
バジェだった。
「食い過ぎて、眠気でも出たのかよ。ガキかよ」
馬車からそこそこの距離があったのに。私が倒れると思って駆けよって来てくれたの?
「調子が悪かったんならそう言えよ!だったら俺だってなあ……あー、もう!寝るぞ!」
私の腕を掴んで、バジェが寝床の荷馬車に連れていく。
クッション兼布団の毛布を御者台から一枚多めに出して、かぶせてくれた。それだけだ。『これ幸いに』なんて事はしてこなかった。バジェは小さな荷馬車の中で、背中を向けて寝ているだけだ。
……なんだか、手を伸ばしたくなっちゃうなあ。そう思いながら、私はバジェの背中を見つめる。そして、毛布のせいだけではないぬくもりを胸に感じながら、眠りに落ちた。
初回なので1・2話同時投稿。以降は毎日1話ずつ投稿予定。1話がまだの方は是非!お待ちしています!
※ 完結まで執筆済! エタりようがありません!あなたを一人、孤独にはしません!
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