17話 昔語り~『綺羅の琥珀』と勇者様と商人
「俺は昔っから、今と同じようにどうしようもなくって、欲深い商人だった。それだけだ。まともな人間なら、腹も立てるだろう?」
まあそう。
それはまったくバジェの言うとおり。
きっとそうだったんだろうなという印象しかない。けどなんだろう。今までのバジェに比べて、あまりに歯切れが悪い。
「……なんか、狡い気がする。口が重い。バジェらしくない」
「魔獣がうようよしている真っただ中で、身の上話してる場合かよ。四人まとめて、建物ごとパクっと喰われっちまうぜ?」
「魔獣は人を割いて殺すのが好みのようで、食料にしている様子はありませんが?」
「……すまん。ヴィオは黙らせておく」
リステさんの大きな手で口を塞がれ、ヴィオさんがもごもご言っている。シチュエーション的には、恋人同士のじゃれ合いにも見えるはずなのになあ……ともかく、ぜひ、そうしておいてほしい。
ただ、ヴィオさんがここで口を挟んでくるのは意外だった。
『最短距離しか歩かない』みたいなヴィオさんなら、話を切り上げさせたくて、バジェの方に加勢すると思っていた。……まあ、私側につきかけたのも『人の愚かな思考を理解するためです』とか言いそうだ。
……あ、言いそーう。っていうか、多分言うー。
「……俺のヘマが大元で、街ひとつ潰したんだぞ?これでペラペラ喋れるものかよ」
結構喋っていた気がする。きっとバジェは、喋っていないと駄目な方だ。内省なんて性格じゃないくせに。――と口にすると、小突かれた。
「俺を何だと思ってんだ。色々考えてんだぞ。……まあ、全部、身から出た錆だけどよ」
拗ねたような口ぶりはいつもどおりっぽかったけど、表情は、少し違った。
「昔っからそうだ。小麦の魔法なんて、今さら使えたってどうにもならねえ。一番腹ぁ減ってる時に使えてりゃあな!兄貴と慕っていた奴に、パンくずひとつで顔の骨が砕けるぐらい殴られる事も無けりゃあ、弟分のパンを盗んで食って、次の日その弟分が冷たくなっている事もなかった。俺はいっつも欲に眩んで人を殺して、その欲に苦しめられんだよ!」
……苦しめられる?小麦の魔法がそうだというなら――『綺羅の琥珀』では、なに?町が一つ滅んだ事?それとも――もっと直接的に、端的に?
「……『綺羅の琥珀』が、バジェを苦しめてるの……?それって……『私』……?」
バジェの濁ったような瞳が揺れたのが、答えだったとわかる。バジェは少し目をそらして――『昔々あるところに――』そんな風に茶化しながら、自白、あるいは白状を始めた。
――腹いっぱいになりたくて、俺は商人になった。そんな、今以上に浅はかで若かった、バジェ少年の話です。
単純だよな。あれは売りもんであって食いもんじゃねえのに。その売りもんだって、ただで手に入るわけでもない。それでも働く限りは、腹いっぱいにはならずともどうにか食えたし、いつかは腹いっぱいになるって信じていた。いやあ、可愛く健気な子どもだったなあ、バジェ少年は。
その頃は、大店の丁稚みたいな感じでな。
まあ、裕福なご家庭の御用聞きとか購入してもらった荷物運びみたいな仕事しかできねえ。奴隷と変わんねえよ。そこでいくつか俺に任された屋敷の一つに、俺とそう変わらねえ年のガキがいた。
そいつの名は――そうだな、『勇者様』でいいか。ふざけてる?……でもまあ、そういう感じの奴だったんだよ。
ある日。御用聞きで聞いていた分の荷物を運んだ俺は、腹を鳴らした。そうしたらその勇者様は『ちょっと待ってて』と言ってって白くてフワフワのパンを差し出してきたんだ。俺が今運んだばかりの荷物から。『アラまあ素敵、なんと慈悲深い。勇者様素敵ーお嫁さんにしてー』……エーラあたりなら、そうなんじゃねえか?それは大袈裟?まあでも『ありがとう』そう来るよな。
はいダメ―。俺ぁしませんでした。勇者様を力いっぱい拳骨。
そういう苦労知らずの豊かな奴らからの『施し』は、俺はもう、腹が立ってな?
まあ、俺が立ち寄れる屋敷だから、豊かっていっても、たかが知れてるぜ?親は苦労してたかもな。でも、子どもにその苦労をわからせないですむぐらいは豊かで、どいつもこいつも愛されてる。そんな奴らからの施しなんざ、受けてなるものか!
……若い。若いなあ、バジェ少年はよぉ。食っときゃいいだろ。ましてうちの大店が仕入れている白パンは、美味かったんだし。もちろんそんな事をすりゃあ、すぐに大店の旦那から鞭打ちよ。そういうのは今までも何度かほかの屋敷でやらかしてたからな。まあ、他の屋敷だと、腐ったものを床にポイ、とかだったけど。旦那はどうあろうと、客前での失態の理由なんか聞きゃしねえ。
それで俺も反省しねえんだからすごいよな。
反省しないと言えば勇者様。
拳骨で殴られたというのに泣きません。
まあひょろっひょろのガキじゃあ、全力のパンチでも対して痛くはなかったのかもな。涙目にはなっていたはずだ。多分。
そこで勇者様は言いました。『僕は何か悪い事をしただろうか。指摘してくれてありがとう。殴るのはどうかと思うけど。慈悲深い君よ、僕と友達になってはくれないか』
おお、素晴らしき友情!……にはなりません。
俺はもう、滾々と説教したね。
お前の態度がどれほど無礼であったのか、俺を舐め腐っていたか。その後、時間に間に合わせるため、血を吐く勢いで他の屋敷に荷物を運んだんだから、かなり長話をしたはずだ。それで俺はその屋敷に行く事はもうないと思っていた。
……勇者様は、親に告げ口をしませんでした。
よって俺は、御用聞きや荷物運びで勇者様のお屋敷に毎回窺わなくてはなりませんし、勇者様のオチも何もねえ、どーっでもいい話を荷物を運んでいる間中、聞かなくてはなりません。しかも勇者様は毎回『前回は悪かった。反省した。友達になってはくれまいか』と言ってくるではありませんか。
……なんっも反省してねえじゃねえか!しかし、俺は働いている分、子どもですが、大人でした。その勇者様を分析しました。
ああそうか。勇者様は『いい奴』なんだな、と。いい奴はろくなもんじゃねえなと。そして、いい奴はロクな死に方をしないだろうなと。
……なら、勇者様が、どんなロクでもない死に方をするか見てやろう。
バジェ少年は思いました。『親友』などと言ってくるのは勇者様の方だけです。俺は全然です。ぜーんっぜん!
時は流れ、バジェ少年はふてぶてしくなっていました。
勇者様が差し出してくるパンは、当然のようにいただきつつ、大店の旦那と大喧嘩をして店を飛び出し、勝手に一人で商人を名乗っていました。
まあ、それは今でも言ったもん勝ちだしな。
対して勇者様はいかにも勇者様らしく、清く正しく美しく、女にゃモテるし、その上強い若騎士の一人になっていました。
正直、一緒にいたくないです。もう俺ぁ御用聞きでも何でもねえし。
住む世界が違います。
しかし勇者様は反省しないし、空気の読めない奴だったので、まったくもって遠慮なしに、親友とするバジェ少年に、にこにこ笑顔で絡んできます。もうなんか、鞭打ちよりつらいです。
とはいえ、若く才気に溢れていたバジェ少年は、とんでもない取引先に巡り合います。
相手は何と、国です。
独り立ちして間もないバジェ少年に白羽の矢を立てるとは、国の未来は明るいですねえ。
……まあ実際は、使い潰せて、殺したところで誰も悲しむわけもないガキの商人が欲しかっただけみたいなんだけどな?ただ、その頃のバジェ少年には、知る由もない事です。国がバジェ少年に任せた大切なお仕事は、特別なところにお荷物を運ぶお仕事です。がっぽがっぽ――とはいきませんが、十分暮らしていけるだけのお金が手に入りました。
その特別なところというのは――『砂の塔』でした。
砂の塔には何人かのばばあが住んでいて、バジェ少年が荷物を渡すのはそのばばあ達にでした。
しかしある時、そのばばあのうち一人がぎっくり腰を起こします。
さあ!ここで優しいバジェ少年は、『こんなに重たい荷物、腰を痛めたおばあさんが運ぶなんてかわいそう!』と、率先して荷物を運ぶ事にしてあげました。いえいえおばあさん、遠慮はいりません。ちゃんと砂の塔の上まで運んで差し上げます。なにせ私は良き若者ですので。
――もちろんバジェ少年は、砂の塔に誰が住んでいるのかを知っていました。ばばあ達は『お姫様』なんて呼んでいましたが。……御存知ですね?
そう、『綺羅の琥珀』です!
バジェ少年は、『綺羅の琥珀』がどんな女か、砂の塔の仕事を受けてから、ずっと楽しみにしていました。美人なら言う事ないし、そうでないなら、笑い話にしてやろう。そう思って砂の塔の最上階に、荷物を運びました。……運んだ荷物は何だったかな。本とか――まあくだんねえもんだったよ。塔住まいじゃあ、何ができるってもんでもねえだろうしな。
砂の塔の最上階にいた『綺羅の琥珀』は……『綺羅の琥珀』は――
――そこでバジェが、言葉に淀んだ。
今まで、堰を切ったみたいになめらかに私達に向けて喋っていたのに。
「……どんな人だったの?」
私は、尋ねてみた。
「……綺麗だったよ。『綺羅の琥珀』は。あんなに高い塔だったから、『月の女神』がうっかり降りてきて住み着いているのかと思った。『美人の比喩』とかじゃ無くてな」
と、ここでバジェはヴィオさんと私を見た。
「そっちのアンタは当然、『月の女神』なんて言われ慣れているだろうし、エーラも……まあまだ若いから『月の女神』ってよりは『月の精』ってとこだけど、そういうレベルじゃなくてよ」
『美人』の代名詞である『月の女神』はともかく、『月の精』は『美少女』とかよりも『いたずらっ子なおチビさん』とか、からかいの意味が強いからちょっと微妙だ。まあ、黙っておく。この流れでは、かなりの高評価のはずだ。
「本当に。最上階の入り口から見ても、部屋の奥にいる『綺羅の琥珀』は、肌が透けるように白くて――ああ、舞台役者みてえにキザな文句が出てこねえな。ともかく綺麗だった。お姫様なんて見たこたあいまだかつてねえけど、きっと世界中どのお姫様より綺麗だと。……まあ、輝いてた」
バジェが、夢心地のように語る。私に語り聞かせているようだけど私には話していないようで……なんだかつらい。
リステさんやヴィオさんは昔話自体にはそれほど興味は無いようだった。ただバジェが、己の失態をどのように語るのか、この先どう語るのか。そちらに興味があるようだった。
「輝くほど綺麗だった。『綺羅の琥珀』は。……部屋中に広がるほど長い銀の髪に、銀の瞳――」
……え?
「――そうだ。『綺羅の琥珀』は俺達が『穢れの銀』と呼ぶような女だった」
――はてさて。
バジェ少年は、危うくその美しさに目を灼くところでした。が、それより先に『綺羅の琥珀』がけたたましい叫び声をあげ、部屋中の本を投げつけてきました。驚いたからとはいえ、とんでもねえ女です。ただそのおかげで、バジェ少年は月の精の囁きを受ける前に、塔から逃げ帰ること相叶いました。
そして――どうしてそんな事してしまったのでしょう。黙っておけばよかったのに。きっと悲劇はここからです。
俺は、『勇者様』に『綺羅の琥珀』についての自慢話をしてしまいました。
何故勇者様に話してしまったのでしょう。他の人には言わなかったのに。
そして、どうしてあんなに街中の女からモテモテでも、にこやかに笑顔を返すだけだった勇者様が、殊更に『綺羅の琥珀』に興味を持ち――『逢ってみたい』なんて言ったのでしょう。
どうして俺は、あの二人を逢わせてしまったのでしょう。
ここで誤解をしてほしくないのは、俺は別に、『綺羅の琥珀』に恋していたわけではありません。
あの女は、勇者様の前ではお姫様のようにしていたのに、俺の前では我儘放題で、命令までしくさる女でした。
もちろん俺ぁ勇者様に言ったぜ?とんでもねえ猫かぶりだってな?
けど勇者様は俺の言葉を信じてるのかどうなのか。『いいなあ。バジェしか知らない顔があるんだね』とかぬかしやがります。もう馬鹿です。
しかも、ばばあどもときたら、俺にはなしの礫だったのに、勇者様が塔を上がるのにはどうぞどうぞときた。舐めてやがる。
しかもここで始末に負えないのが、勇者様はまさしく勇者様、紳士だという事です。
『女性と二人きりになるのは問題があると思うから』と、俺まで連れて上がります。ばばあでいいだろ。ばばあでよ。
俺は、勇者様と『綺羅の琥珀』がちゅっちゅちゅっちゅやっている横で、『綺羅の琥珀』が持っている古臭い本を読んでながーい時間を潰すしかありません。おそらく貴重な本ばかりだったはずですが、あの女は塔にしかいないので、その希少性を理解していませんでした。そもそも読んですらいなかったのでしょう。
……なお、あの二人はちゅっちゅちゅっちゅはしていますが、エーラが考えているようなそれではありません。
『昨日訓練の帰りに路傍を歩いていたら、白い花弁の、たおやかな花を見かけました。貴方を思い出しました。あはは』ときて『いやですわ、勇者様ったら。うふふ』です。
もうそんなのを延々やってます。俺が死にそうでした。
……あ?『私もそういうのを想像していたから!』?……はいはい、ならそんでいいよ。ともかく、『三人でタノシイ事しようぜー!?』なんて雰囲気ではありません。俺は無駄に国の歴史に詳しくなりました。
あいつら、どっかおかしいんじゃねえか?――俺が二人の先行きを心配していた頃です。
とうとう勇者様が男の欲を出してきました。そう来なくっちゃな!と、俺はまあどんなすげえ事をしたのかをものすごく期待していました。
そこで聞かされた話は以下のとおりです。
次の天覧試合だったか何だったか――ともかく勇者様は勇者様で、若いのに滅茶苦茶強くて、騎士団でもかなりの位置にすでにいました。そこで良い成績を出して、王様に『綺羅の琥珀』との結婚を許してもらおうと考えている、だそうですよ。そんな事をぬかしました。
『馬鹿じゃねえの。無理に決まってんだろ』ええそうです。俺でなくとも思ったでしょう。
だよな?目をそらした奴。……リステだけかよ。……エーラ。お前は俺の目じゃなく現実を見ろ。瞳をキラキラさせんな。勇者様みたいになんぞ。
ともかく、勇者様は根回しも何もしてねえ上にそんな事を言っていたのです。
俺は頭が痛くなりました。
根回ししていても無理でしょう。だってこの国は『綺羅の琥珀』におんぶにだっこ。『綺羅の琥珀』を手放すわけがありません。軍の指揮ひとつとっても、将軍ではなく『綺羅の琥珀』が執っているのですから。
……婿養子?
言いたい事はわかります。別に勇者様はそれならそれで気にしなかったでしょう。勇者様には、凡庸ではありますがお兄様がいらっしゃいましたし。一生塔住まいで、勇者様の逞しく鍛えた体が、たとえ俺より生っちろくなっても、勇者様と『綺羅の琥珀』、二人の愛は永遠だと思います。
しかし、国がそれを許すはずがないでしょう。
愛する人ができ、子ができたなら。『綺羅の琥珀』が望む未来は、国――まあわかりやすく言うなら、『王様のための未来』とはならないでしょう。『綺羅の琥珀』が何と言ったとしてもです。
王様達はどうしようもなく汚らしい人間味に溢れ――そして、そう考えるという事は、意外なほどに、愛の盲目さを信じているようなのです。
さて。前置きが長くなりました。
どうあれ二人は結ばれるわけがない。
俺がもの知らずな二人に説明をすると、あら可哀想。二人はしくしく泣き始めたではありませんか!
……バジェ少年は、残念な事に、まだバジェ青年と名乗るほど、精神的には大人ではありませんでした。世間の荒波に揉まれ、その頃はいっぱしのオトナ気取りでしたが。実際のところはピュアな心を残した少年でした。……愚かだったのです。
悲しむ二人を見て『駆け落ちすればいい』――俺はマジで、完全に親切心で、しかも成功すると思って、二人に提案をしてしまいました。
バジェ少年は、ただの駆け出し商人だったのに。商売すらままならないくせに、恋のキューピッドになろうとしていたのです。
……そうです。語るまでもありません。駆け落ちこそ、成功するわけがありません。
ただまあ。普通の男女ならば、それならそれで、三人とも若かったね。そういう時もあったよね。そんな苦い思い出として――今はまだ無理でも、二、三十年先なら、笑って話せたかもしれません。
さらには、それら二人の事情とは別のやらかしがありました。
バジェ少年はいかんせん若かったのです。勇者様みたいに『綺羅の琥珀』に惚れていたわけではありませんが。『綺羅の琥珀』を綺麗だとは、最初の時からずうっと思っていました。まして、駆け落ちが成功すると思っているので、そうなると二人とは、もう一生会えないかもしれないと思っていました。
なので俺は――まあその?……最後に一回?思い出的な感じで?
――いえいえまさか!『綺羅の琥珀』の純潔を奪おうとは思いません。『綺羅の琥珀』は勇者様のお嫁さんになる人なのですから。
……まあ?
もし向こうがいいって言うなら?
どうせ駆け落ちしたら引くほどヤるんだろうし?だったら別になあ?一回ぐらいは――?
――ええそうです。言うだけは言いました。
『砂の塔』で、一番でかい本の角を食らいました。
背幅の方が長い本なんて、そうそうお目にかかれませんし、皮装丁とか完全殺しに来ています。
まあ、流石にそれは駄目だとわかっています。
――でもほら、ベロチュウならば。
冗談冗談、キスだけキスだけ。
やだなあキスってほっぺだって。
あれ額?
手の甲手の甲!
もうこの際、爪先でもいい!
……あまりに必死で無様ですが、若さとはそういうものです。
しかし、『砂の塔』中の本を浴びせ、『綺羅の琥珀』は髪先ひとつたりとて触れる事を許さないというその言葉を守り抜きました。
流石です。
――そう。俺は『綺羅の琥珀』の勇者様への愛を試しただけです。
勇者様へ捧げるべき純潔を、愛を、それらすべてを過たぬかどうかを、厳しい目で見定めたのです。まさかそんな。ホンキでヤろうとか、考えるはずありません。誤解をしないでください失敬な。
ただまあ?俺もあまりに腹が立っていたので、ちょっとこう――『綺羅の琥珀』の手を取りました。そこは白状します。指先には触れました。
けどそれだけです。調子に乗って、手の甲に騎士ぶってキスなんてしていません。ほんの一瞬、触れたか触れないかだけでした。
そこは本当です。フリではありません。マジです。
――なのにアイツ、泣きやがんの!
手ぇ持っただけだぞ、手!
話聞いたら、あんっの馬鹿――違った勇者様――ああもう、どうでもいい!あの馬鹿。あんなに足しげく通っておきながら、手すら触れた事ないってどういう事だよ!キスすら危うそうだとは思っていたけど、ベッドに二人並んで腰かけて。陽が沈みかけるまで二人でぺっちゃくちゃぺっちゃくちゃ喋っておきながら、手も握ってないって!ばっかじゃねえの!?それで『結婚の許しを』とか、どういう神経視点だよ!?
……まあともかく。俺は『触っただけで赤ちゃんはできません』という事を、『砂の塔』にある医学の本を開きながら、大きな声で説明しました。……何故かというと、これ以上近寄るなと言われた線から、足の皮一枚動かす事を許されなかったからですがー。
まあともかく、あまりに馬鹿馬鹿しすぎたので、『そんな事なら、駆け落ちできなくさせるぞ!』とか、最低の捨て台詞を言い捨てました。
まあ、内容はともかく、口喧嘩自体はいつもの事でしたので?俺はちゃーんと『綺羅の琥珀』と勇者様の駆け落ちのための準備を、色々してましたよ。俺はやると言ったらやる男なので。今から考えりゃあ穴だらけの作戦だけど、真剣に段取りをつけていました。
けれどある日です。何故か、予定より早く王様の前で武術の試合があり――どういうわけか、実戦用の武器が使用されたとの事でした。
ただまあ、勇者様は強かったので、何がしかの陰謀があったとて、右に左にバッタバッタやったようです。
ただその中で――騎士団のお偉方に怪我をさせてしまいました。その方は、軍の指揮を執らねばならない将軍だったので大変です。……軍の指揮は、『綺羅の琥珀』が執っているそうですけどね。さらに言えば、軍を編成した時、一番活躍しているのは勇者様だったのに。勇者様だけが悪いという事になりました。理不尽です。だとしても、『コラっ!』ですめばよかったのですが。
まあともかく、勇者様は処罰として命をもって償う事になりました。首チョンパです。即時でした。なんて準備が良いのでしょうか。びっくりですね。
さて困った。どうしてこんな事になった。
駆け落ちの話がバレていた。
王に話を流したのは、『お姫様』が不幸になってはならないと気を揉んだばばあの一人。けれどその情報は――さあ。ばばあはその後の悲劇でポックリ死んでしまったので、俺にはわかりませんが――俺の捨て台詞を塔の下で聞いたのかもしれませんし。楽しみに未来を語る勇者様と『綺羅の琥珀』の語らいを、茶を入れながら聞いたのかもしれません。
何にせよ、タイミングが悪すぎました。
あのタイミングであんな事が起こって。『駆け落ちできなくさせる』なんて言葉のとおりになってしまいました。あの女が悲嘆にくれるだけですむはずがありません。
『砂の塔』が崩れて、『綺羅の琥珀』が行方知れず?崩したのは誰でしょうか。王様は、勝手な事をした『綺羅の琥珀』を我が意に染まなくなった――他の者によって、あるいは『綺羅の琥珀』自身が意志を持った事によって『穢れた』などと、貶めました。
立て続けに色々あり――俺はしばらく身を隠しました。勇者様が死んだ事はショックだったし、馬鹿をやって、『綺羅の琥珀』と喧嘩別れになった事もショックでした。
――なにより、『綺羅の琥珀』自ら、絶対復讐に来ると思っていたので。勝手な話と言わないでください。その立場になれば、わかります。なんにせよ――
バジェ少年は、商人だけをやっておけばよかったのです。あれもこれもと欲をかいて。何もかも失ってしまいました。
「そしてそのうちに――『殺しに来ねえなあ』『許されたんじゃねえか?』なんてバジェ少年はお日様の元にひょっこり顔を出し始め――今度は商人として堅実に働こう。そう思い、頑張って働いているうちにバジェ青年へと成長しました。――やがて、愛馬ポンすけがうっかり見つけてしまった、銀の髪に銀の瞳を持つ少女と、何故か旅を始めます。しかし、何とその子がよりにもよって『綺羅の琥珀』になりたいなんて言い始めたから、さあ大変。……さらには、忘れた頃に悪鬼・『綺羅の琥珀』がバジェ青年を、街ごと喰らいにやってきたのです。因果応報、というやつなんでしょうね」
ちゃんちゃん。バジェが手を開いて、おしまいのポーズをとった。
「――ごめん、バジェ。バジェがクズだって再確認するだけの話だった」
「だから言ったろうがよ!」
だってさあ……ここまで思慮が浅いとは思わないじゃない。謙遜だと思うじゃない……
「人の愚かしさをこんなに次々と耳にできたのは爽快です!どうすれば、そんなにことごとく悪手を取れるのですか?」
「おいリステー!黙らせてくれるんじゃなかったのかー!?」
「その方が、一般的に世の為になるのではと、判断した」
……『綺羅の琥珀』さんが、バジェを恨むのも当然な気がしてきた。いや、でも、恨むのと殺すのは、まったく意味が違う。どうしよう、困った……
「気持ち的には、どっちの肩も持ちたい……」
「エーラ、お前正直な奴だな」
「何があってもバジェを守ってあげると言いたいけれど……でも……『綺羅の琥珀』の恨みの大元がそれなら、可哀想過ぎる……」
「わっかんねえだろ!塔に幽閉していた王とか!ああそうだ、そもそもアイツが処刑されたのは、王や将軍が原因だぞ?」
「王様の年齢は私、わかんなかったけどさ……その王様ってどの王様?」
……バジェが顔を背けた。……ああ、そうだよね。政変前の王様だよね。
将軍も、『綺羅の琥珀』を失ってから戦は負け続きで、将軍さえも半分ほど戦死しているとかどうとか。だから最近大きな戦はせず、この国は内に籠っているって話だ。
「直接的な行動の結果かは、判断つきかねますね。ぜひご本人にお伺いしたいところです」
ヴィオさんは、皮肉のつもりで言っているのかどうなのか。『綺羅の琥珀』さんが直接手を下したかどうかはともかく、多分、主だった復讐相手は残っていないんだ。
……バジェ以外には。
さて。バジェを見殺すのは無しにしても――どうしたもんかな。
かなり悪辣な事をしていますが、『触れたのは本当に指先だけ』です。が、フォローしきれません。
※ 完結まで執筆済! エタりよう無し!あなたを一人、孤独にはしません!
毎日一話ずつ更新中。
感想・評価・ブックマーク、あとなんかもう色々、お待ちしています!




