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綺羅の琥珀  作者: 神空うたう


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15話 呉越同舟~できるかな?



 バジェと一緒に逃げようと梯子を下りようとしたけれど、そこに梯子はなかった。

 というか、床がなかった。壁もなかった。天井も。

 ごっそり、建物の一部が、魔獣に削られている。……落ちたら死ぬ。


 開けてしまっている視界から周囲を見れば、街は無残な有様だった。魔獣が飛び交い風が舞う音、家にぶつかり家が瓦解する音、その瓦礫がさらに撒き散らされる音は、時折聞こえる。


 音は、聞こえる。けど……声が、しない。


 うるさいと思うほど、悲鳴が聞こえていたはずなのに。

 人間って、殺されてもあんまり血って出ないんだなという知見を得た。今日一日でどんどん賢くなっているようだけど、どれもこれも、私の望んでいる方向ではない。


「おいエーラ、お前どっち行ってんだよ。階段ならこっち――うわうわうわ!冗談じゃねえぞ、さっさとこっちに来い!」


 バジェに呼ばれて反対側に向かう。


「何これ!こんないい階段あったんだ?まああっちは非常用とは思ってたけど……あんなの、子どもやお年寄りは、絶対上り下りできないよ!?」

「ならエーラ。お前が王族に生まれ変わった時には、福祉に力入れてくれや……」


 階段を降りて――でも、どう逃げようと思っていたところで、思わぬ顔と出くわす。いや、もう、残っているとしたらこの人達ぐらいと思っていたけれど。

 リステさんと――ええっと、悪い女役人。


「どうしました、リステ」

「見てわからんのか、ヴィオ」


 そうそう、リステさんと、ヴィオ。


「おいおいー。こんな時に揉めてる場合じゃねえだろー!?」

「……バジェ。私もそう思う。だけど――」


 剣の柄に手を触れる。殺す気なんてない。まして、命が奪われ続けたこの街で。ちょっと脅してみせるだけ。なにせリステさんは屈強な体つきだ。バジェを庇いながら戦うなんて――


「――リステ」

「わかっている。黙っていろ、ヴィオ」


 どうしよう。勝てるだろうか。

 ふうっと大きく深呼吸。これが最後に吸う空気にならなければいい。いざ――


「何やら誤解があったようだ」


 リステさんが、大きく両手を広げ、敵意無しとポーズをとった。


「!?」


 思わずつんのめり、そのまま階段を転げ落ちそうになったところで、バジェがフードを掴んで止めてくれた。けど、息が苦しい。

 よくわからない。なんなら今だって、階段の段差があってもリステさんの方が目線は高いし、そのままわっと覆いかぶさられたら、私もバジェも、ぺちゃんこにされそうだけど……?


「我々は、語り合う必要がある――しかし、この状況ではその暇すらない」

「疲れています。さっさと終わらせましょう」

「ヴィオ!」

「おい、お二人さん。悪ぃけど、せめて方針は揃えておいてくれよ」


 ……バジェじゃなくても、私も似たような事を言っていたと思う。


「……すまない。この世間知らずは、口の利き方を知らないだけだ。心は同じ。オレの言葉を総意としてくれ」

「あのう……後ろの方、すごく眉間に皺寄せてますけど、本当に総意でいいんですか?」

「ヴィーオー!?」


 低い声がやたらと響く。魔獣に気づかれ、建物ごと追突されたくないから、やめてほしい。

 リステさんとヴィオの二人は、川で泳いできたのかと思うほどびっしょりだ。……汗?何にせよ疲れているのは本当みたいで、少し前ほどの敵意はない。……それほどは。


「……あ?……お前ら、この非常事態にのんきなもんだな?」

「どうしたの?バジェ」


 バジェがふざけんなよと悪態をついている。せっかく話し合いにできそうなのに、やめてほしい。バジェがリステさんと戦ってくれるんだろうか。それならいくらでも代わるよ?……バジェだと、リステさんどころか後ろのヴィオ相手にも負けそうだけど。


「わかんねえのかよ、エーラ。こいつらこんな時に二人で――」

「さて諸君!」

「わ、びっくりした」

「誤魔化すなよ、『最期だから』ってか?ずいぶんロマンチックに過ごせたようで!こっちゃあな、ふん縛られて死ぬとこだったんだぞ!そこを乗り切れても、指や諸々を落とすところでだな!?そこを何だ、お前ら顔がいいからって――」

「何々、どうしたの」


 捕まってたバジェが怒るのは、当然だろうけど、さっきバジェが自分で言ったとおり、今は緊急事態なんだってば。


「『儀式』!我々は『儀式』をしていた!……商人、お前ならばわかるのだろう!?」


 そう言われて、バジェが顎に手をやった。空いた方の手で、ずいぶん緩んだターバンの端をくるくる振って手遊びをしている。


「はー……『菫の監視』だから――って、同じ事じゃねえかよ!」

「違う!」


 だから、何で揉めてるの!?


「――我々は『菫の監視』一族です。私が女長、『ヴィオ』それが男長の『リステ』。派閥云々については、生き残る事ができれば、お話してもいいでしょう。我々は尊き血と力を受け継ぎし、最も優秀な末。下賤の者達は、それさえわきまえる事ができていれば、許しましょう」


 おおおおお?急に喋るな、この女の人。……まあ、話が進まないから助かる。バジェも黙ったし。

 ……なんか、ちょっと引っかかる事言われた気もする。


「こちらは『儀式』を行い、あの――魔獣、でいいでしょうね。魔獣の襲来の根源に辿りつきました。魔獣を寄越しているのは――」



『綺羅の琥珀』

『――』



 ヴィオの声と、バジェの声が重なった。

 けど、発された言葉は違った。バジェの方は、上手く聞き取れなかった。でも、人の名前だったはずだ。


「……ああ、そうだな。『綺羅の琥珀』だ」


 バジェはそう言って自嘲気味に笑っていた。ヴィオはわずかに目を瞠っていたようだった。瞬きが多くなる。


「そこまでわかっていて、何をしているのですか」

「俺に何ができるって?勇者様だってんならともかく、俺ぁ商人だぜ!?」

「であれば、商人の仕事だけしておけばよかったものを」


 その言葉に、バジェが舌打ちをした。


 ――けどごめん、補足説明が欲しい。

 いきなりとっ捕まえようとしたヴィオにバジェが怒るのはわかるけど、そもそもなんで捕まえようとしたのかとか、色々私の知らない事が、多すぎる。

 知らないからだ。

 知っていたら、多分今の会話でも、いい感じでバジェの加勢につけたはず。


 リステさんに視線を送るが、リステさんはリステさんで身を捻って背後のヴィオに『喋りすぎだ』あたりの文句の念を送るのに忙しいようだった。


「『綺羅の琥珀』は国境を越えて、南の国に『鎖で飼われて』いるようです」

「ヴィオ、そこまで話すのか!」


 とうとうリステさんが口を挟んできた。


「それについては、知ったところで双方今すぐどうにかできるものでもないでしょう。手札を意味ありげに見せつけ合っても仕方ありません。切るべき時にカードを切れず、抱え落ちても仕方ないでしょう」


 全オープン。人形みたいな顔なのに、ヴィオって人、博打うちみたいな事をする人だな。……無表情は、むしろ合っているのかもしれないけど。


「それで退路を断って、相手に切り札を打たれたられたらどうする」

「その時は――」


 ……


「その時は……少し待ってください。考えます」


 ……あー……このヴィオさんは、完全に博打うちのそれだった。バジェとは違う方向に、駄目な人かもしれない。この人を長にするのは、やめた方がいいのでは?

 ヴィオさんが長考タイムに入ったけれど、リステさんはむしろ安心したようだった。

 バジェは向こうは確かに話し合いをする意思はあるのらしいと判断したようだ。


「……だったら、こっちもカードを全部出す。つっても、そっちは全部知っていて、こうなっちまってるわけだろ?」


 バジェが恨めし気に両の指を蠢かせる。


「つまり、こっちは出せるものは何にもねえって事のオープン――いや……」

「なんだ?お前も考えるのか?」


 リステさんは、どっちもこっちも勘弁してくれ、みたいな顔をしている。けれど、真の頭脳派同士の直接対決になるというのなら、私だって負けていられない。力では勝てなくても、賢さなら!


「違う違う。あるある。出せるもの。エーラだ」

「え、私!?」


 バジェは私に、にっと笑った。


「コイツ、ちゃんと『綺羅の琥珀』の力を使える」

「少し前に、この娘本人が、よりにもよってオレ達に使い方を聞いてきた覚えがあるが」

「何の話だ?……エーラ、お前なあ、細かく話をしてくれねえと――まあいい。自分の思い通りにゃ使えねえらしいが、それでも『綺羅の琥珀』の――『見るべきものを視る』力そのものは使える。それを上手く利用して――」

「だからそれが、今、何になるというのです。我々が、四人そろって明日の夕食を取っている未来でも見てくれたなら、いいでしょうけども」


 ヴィオさんが口を挟んできた。ただ、まだ長考タイム中らしい。眉間に皺を寄せたままだ。


「おっ、いいねえ。何食う?」

「冗談を言っている場合ではありません!どうやったら、そんな未来が来るというのですか。来ない未来を、視れるわけがありません!みんな魔獣に食べられておしまいです!ええ、そうです!」


 長考タイム終了。全滅。やっぱりそうだよね。それしかないよね。


「ん?おい待てご両人。お前ら、『綺羅の琥珀』を何だと思ってんだ?」

「我ら一族を貶める、唾棄すべき存在ですが?」

「んー、んんんー。ごめんな?今、そういうんじゃねえんだわ」


 バジェがリステさんの方を見る。リステさんは困惑している。


「『見るべきものを視る』力で、未来を視て、国に助言をもたらす存在……ではないのか……?」


 リステさんが話の流れ的にそれは誤答であろうと理解しているみたいだった。だが、それを信じきれない様子だ。


「っかー!?『菫の監視』は何を継いできたんだよ!?自分とこの事だけかよ!」


 バジェが大袈裟に嘆いてみせるのを、ヴィオさんがとんでもない目つきで睨んでいる。最終的に、こっちに飛び火してきそうだから、バジェはホントそういうのやめてほしい。


「では、『綺羅の琥珀』の『見るべきものを視る』力とは、何だというのだ……?」


 リステさんだけでなく、ヴィオさんも私を見てくる。でも、私も正直よくわからない


「えっと……未来を視るんじゃなくて、視たものが未来になる、らしいです……」


 これで、いいんだよねとバジェを見ると『よくできました。そのとおり』と軽く相槌を打たれた。

 リステさんとヴィオさんを見る。二人は一拍、二拍の間を置くと、紫の瞳と澄み切った瞳を大きく、くわっと見開いた。



「――そんな馬鹿な。何でもありではないか!」

「そんな出鱈目、あっていい訳がありません!」



「やだ、やめて!?そんなにすぐに理解しないで!?私だけ置いてきぼりなんだけど!?当事者なのに!」


 『貴女が自分で説明しておいて、どうして理解できていないのですか』――ヴィオさんの、ごもっともかもしれないけれどあまりに無慈悲な言葉は――私の心を、深く貫いたよ……





 大人だし、事態が事態なので手は組めるはず。この四人組、いかがでしょうか。


※ 完結まで執筆済! エタりよう無し!あなたを一人、孤独にはしません!

  毎日一話ずつ更新中。


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