14話 『綺羅の琥珀』の真の能力~『菫の監視』の追跡
バジェは目をぱちくりさせていた。
私が来た事が嬉しすぎて、状況がつかめていないみたいだ。
「どこだよここ!?」
「どこって……バジェが捕まってたところだよ?」
「なんで眩しいんだよ!?」
「なんでって……お日様が昇りきって、そろそろ傾くから?」
バジェが『もういいから縄を解け!残すどころか俺の指からまず落ちる!』と騒ぎ始めてうるさい。
だから縄を解きながら説明する。……まあ、最終的には剣で縄を切った。
どんな縛り方をして、こうなったんだろう。
「あー……お前を一生可愛がってやれなくなるところだった」
何その恩着せがましい感じ。解放されたバジェなりの、喜びの軽口だと思うから見逃してあげるけど。
「お日様って、この部屋はそもそも窓なんて――」
そう言ってバジェが窓際を見て、ひゅっ、と息を凍らせ、二三歩下がった。
「どこだよここ!?」
「だから!バジェが捕まってたところだよ!三階あがってすぐの、右の部屋!」
「三階ぃ!?」
……うるさいなあ。バジェが喋ると身振り手振りがつくから、余計うるさく感じる。兵士さんは、ほどかなくてもすむぐらいのいい感じにバジェを縛っておけばよかったのに。
「んなわけあるかよ、気絶ってもな、俺ぁあのあと、引きずりおろされただけ――」
そこまで言いかけて、バジェは考えこむように黙った。緩ませて巻くターバンの端の房をくるくる回している。
「――そうか!エーラ、でかした!」
「え、なに?今さら感謝の言葉?遅くない?」
「捕まったのは、お前のせいでもあるだろうが。むしろ『私のせいでごめんネ、バジェ様ー』だろ」
そう言われて、体が強張る。そうだった。私が『綺羅の琥珀』になりたいなんて言わなければ……
「わ、私のせいで……ごめんなさい、バジェ」
「うえっ!?お……おいおいエーラ、どうした!?お前のせいではあるけど、らしくもねえ。んー?俺がいなくて、怖かったかー?さみしかったのかー。エーラちゃんは、泣き虫ちゃんだなー?」
そんなわけないでしょ!?とか。さっきのもあわせて私が反発してくる事を期待してバジェは言っているんだろうけど。そんなのわかっているけど。
「……怖かった。バジェと離れるの、もうヤだ……!」
「おい、お前――あー……うん。そ、そうか。怖かったか」
しがみつく私を、バジェは優しく抱きしめてくれた。
しばらくして――私が落ち着くより前に、バジェが耐えきれなくなったのか、体を離した。顔が赤い。
「で。えーとだな。『でかした』の件だけどな?」
仕切り直しみたいに話し出す。
「エーラ。お前は正しく『綺羅の琥珀』になったんだ」
「……どういう事?」
さっき、下で女役人に『出来損ない』みたいな事を言われてきたばかりなんだけど。
「あのな?『綺羅の琥珀』が使ってる『見るべきものを視る』力っつーのはな?未来視じゃねえんだよ。……まあ、結果的に同じにはなるんだけどな?」
……
「んー……ねえ、バジェ?私がわからないのは、私の頭が悪いからじゃなくて、バジェが説明できるほど頭が良くないからだと思う」
「うっせえ!順番だ、順番!」
「『綺羅の琥珀』は、『未来を視ている』んじゃねえ!『見たものが未来』になるんだよ!」
「……もう一回言って?」
「十回言えばわかるんなら、一回と言わず十回だって言ってやるけどよ。……エーラ、お前、百回言ってもわかりそうも無いんじゃねえか?」
痛いところをつく!
なんかぼんやりとはわかる気もするけど……何が違うの?別に違わなくない?
「あのな?俺はな、多分地下室にいた」
「地下室!?どうやってそこから、縛られてるのにここに来たの!?梯子は?」
「梯子?……まあともかく、暗くて窓なんて無い部屋だった。こことは絶対に違う。俺は一度も階段を登っちゃいない。引きずりおろされただけだ。あとはこの椅子に縛られて、あの『菫の監視』にいたぶられてた」
「『菫の監視』?」
「お前の下位互換だな。あの役人だよ。『菫の監視』なら男長と女長で一組だ。多分、受付にいた男がそれだ」
男女……という事は、いたぶっていたというのは捕まえろっていったあの女役人か。酷い人だ!絶対許さない!
「ともかく、俺がいたのは地下室って事にする」
「でも、それだとおかしい」
「おっとエーラ君、実に良い気づきだ」
何の小芝居だろうか。
「きっとお前は、『見るべきものを視る』力を使ったんじゃないか?それで視たのは、三階あがってすぐの……右?の部屋にいる俺。とかなんとか」
使ったんじゃなく、いつもどおりかってに『視えた』だけだし、場所もそんなにはっきりわからなったけど、まあだいたい合っているから、頷いておこう。うんうん。
「『見るべきものを視る』力がただの未来視であれば、未来が『三階にいる俺』なら、俺はそもそも三階にいなけりゃいけない。あるいは、俺は地下室にいたんだから、『地下室にいる俺』を視て、地下室へ助けに来なけりゃいけない。どっちにしろおかしい。そこはお前もわかってるんだよな?」
「うん、わかってる。おかしい」
余計な事を言うと、頭がこんがらがりそうだから、最低限の返答だけにしておこう。私は賢いから、わきまえているのだ。
「だから『見るべきものを視る』力が『未来視』ってのがおかしい」
「でもまって。私、未来を視て――」
「どうどう」
バジェが両手で待てとポーズをとる。
「――お前は見てないものがある。想定してないものがある。だからお前は『こうであればいい』と思った。まだ探していないところに俺がいるはずだ。あとはどこだ、三階だ。早く見つけたい。三階にあがって、最初の部屋に俺がいたら最高だ。――『だからそうなった』……未来を変えたんだ。未来が変わったから、それに辻褄を合わせなきゃいけない。『俺は三階にいるべき』なんだから、俺が地下室じゃなくて、三階にいないとおかしいよな、となる」
「んんん……でもそれだとおかしくない?それだと、私が思ったとおりになるでしょ?」
それだと、何でもありになる。
「おかしかねえって。その理解でいいんだよ。『綺羅の琥珀』の『見るべきものを視る』力、っつーのは、『自分が望むとおりの未来にする』力なんだから」
……そんなの、インチキでは?
「お前は他の場所を探してもいなかったから、『残っている場所に俺がいる』と思って、残る場所の一つである三階のこの部屋の俺を視たわけだ。お前がトイレとか玄関も探し漏れていて、『そこならいるかも』と、そこにいる俺を視ていたら感動の再会場所はトイレだったかもしれねえし――」
……インチキでは?
「極論、お前が視さえすれば、一度探したはずの場所に俺が何故か現れたり、探しもせずに『目の前で飯食ってる俺』を視たら、その場に、縛れてもいない、ご機嫌で飯食ってる俺と再会もできたわけだ」
「インチキ!私も食べたかった!」
「食ってねえっつの!」
鼻っ柱を叩かれた。バジェみたいにトンガリ鼻なら痛くないかもしれないけど、私のは形のいい可愛い鼻なんだから、やめてほしい。
「まあなんだ、辻褄合わせがどの程度効いているのか知らねえが、今のうちに帰ろうぜ。そもそも兵士はどうしたんだよ。お前、よく無事だったな?」
「え?いや、まあ私は無事だったけど――」
ちょうどそこでタイミングよく――でもないけれど、大きな影が窓際を舐めるように飛んで行った。
ごく近くを飛んだせいで、窓ガラスが割れる。ガガガガガ、と、建物が揺れた。建物にもぶつかっているようだ。魔獣の方は痛むそぶりも見せていない。レンガの破片がたくさん飛ぶのを目にした。建物の方が負けてしまったらしい。
「――おいおいおい!エーラ、今の何なんだよ!?」
「今さら!?」
ああそうか。バジェは地下室にいたらしいから、外の様子を知らないんだ。あの、女役人みたいに。
バジェ君。難しい話を今から始めるけど、わからなかったら百回であろうと説明するから、遠慮なく聞き返したまえ――そんな先生ゴッコをしてみたかったけど、そんな時間も余裕もないし、何より私は何も知らない。
「バジェ、逃げよう!」
「お前に言われなくても!」
「――どうしてですか!あの商人、どうやって逃げおおせたと……!」
ヴィオは、地下室の入り口でわなわなと震えていた。
「そもそも、本当に地下室に捕えていたのか?」
リステが疑わしい目を向けている。
「どういう意味ですか!」
「……『元来た階段を降りるだけなのに道に迷う人間の言葉を、信じられると思っているのか』、と言えばわかるか?」
「階段は、右にあるものなのです!」
……その説明が、理解できない。
しかし、そこについて問答を深める事は、まったく意味を生み出さない。生まれるのは混沌である。
リステはここしばらく、それを痛感している。無駄に混沌を生み出してきた。
ともかく、バジェ本人によるものであれ、エーラによるものであれ、あの二人は逃げおおせているだろう。バジェの言葉はヴィオを動揺させるのが主目的であったとはいえ、見解としてはリステとおおよそ一致する。
放っておけばよかったのだ。
……まあ、受付でリステが二人に気づいて、ヴィオに耳打ちの上、おかしな事をしないよう説明――説明では無理かもしれない。張り付いておけばよかったかとは思う。国はどう判断するか。何より『菫の監視』の里の長老達は。
――リステがヴィオの腕を掴み、床に引き倒す。
「……なんですか。気でも触れましたか」
「長老達は、街の焼き菓子などは喜ばんだろう。だが、ヘマをしておいて手土産一つ無しでは、オレ達の命でも差し出すしかなかろう?」
「それで?」
「魔獣なんて、正気の沙汰とは思えん。あの娘が『綺羅の琥珀』に目覚めていないというのなら。……こんな夢物語のような事、誰ができる?」
リステに問われたが、可能性は一つしかなかった。何故今さら。そう思うけれど。
「――生きていた?やはり……」
「魔獣は、南から飛んできている。当てもなく『観て』回るのは途方もない話だが――」
「そうですね。当てさえあれば、どうとでもなる。……わかりました。『観』ましょう」
国は、『代用品』『出来損ない』『期待外れ』と散々日陰者扱いしてきた『菫の監視』一族に対し、『綺羅の琥珀』を失ったとたんに猫なで声ですり寄り始めた。今や頼る先は『菫の監視』の『見ているものを観る』力しかないのに、変わらず見下しておきながら。
『綺羅の琥珀』に現れてもらっては困る。
エーラが『綺羅の琥珀』として目覚めていないのならばそれでいい。いずれ目覚めるならば厄介だが、とりあえず、喫緊の問題ではないはずだ。
だから手土産に――もう一つの『綺羅の琥珀』を。
『穢れ』たとして、失われたか打ち捨てられたか――ともかく、国が『今はもう無い』と思っている『綺羅の琥珀』を。あの女を。見つけるならば今しかない。
『綺羅の琥珀』のように未来は視えずとも――『菫の監視』は、今のすべてを支配する。
リステがヴィオに触れる。
ヴィオがすべての視界を取り込む『海』になる、そこに漕ぎ出す『舟』になる。リステは船とともに大海を征く『船頭』になる、ただ一つを指し示す、『灯台』となる。
まずは魔獣の視覚。視界の端には他の魔獣が見えるが、同方向――この、南の街を目指していては、元に辿れない。対抗して飛んでいる渡り鳥に――ああ、あれは駄目だ。潰された。ではお前だと別の渡り鳥の視界に向かい、舟を進める。
大海の雑多な視覚情報の中には、目を見開いている、痩せた男が映る視界があった。
そのそばには、泣き顔で笑う、銀の髪に銀の瞳の少女が映る視界。
やはり逃げおおせたか。忌々しい。
しかし、あれらは後だ。
鳥から鳥へ、あるいは地を走る獣へ。視覚はさらに南に。国境を超えるか。――これは骨が折れる。そう思いつつも、目的に確実に近づいていると、リステとヴィオは整った顔を、二人同時にほころばせた。不愉快な相手だが、やはりこの力を扱うには、目の前の相手と組む以外にない。
『菫の監視』が、『見ているものを観る』力を扱う『儀式』が、さらに深まりを見せる――
能力についての説明回ではありますが、雰囲気だけ掴んでおいてください。
※ 完結まで執筆済! エタりよう無し!あなたを一人、孤独にはしません!
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