13話 追い求める者~響き渡る声
魔獣が人を襲いだした。明確な意思を持ってではない。『結果的にそうなる』のだ。
すさまじい勢いで街中を飛び交うと、その風圧で人が舞いあげられ、あるいは体が避ける。建物は倒壊し、中の人が空に打ち上げられる。街のそこここで悲鳴が上がる。
飛び出していった兵士達が持つのは自衛用の剣や槍だけだった。魔術師など常駐しているわけもない。たとえいたところであの大群――その中の一匹であっても、魔術師の魔法では戦いにもならないだろう。西の大国が実用段階まで推し進めようとしている魔導砲でどうにか――それでもおそらく一匹、せいぜい二匹。そのような、明らかな戦力差があった。
――そっそそそ、そして私達は、建物の壁にへばりついているわけではあるんだけども!
もう外を見る勇気はない。リステさんに至ってはさっきから吐いてばかりだ。やっぱり国の役人になると、いいものを食べられるんだなあという、得たくもない情報が更新された。
リステさんなんて、いの一番に丸太でも何でも振り回して戦いに赴きそうなのに、何なの!?と最初は言いたくもあったけど、あれはマズい。相手にできるもんじゃない。むしろ、それでも外に出ていった兵士さんはすごいと思う。そして、建物の片隅で、私と同じように震えている兵士さんだって、責めきれない。けれど――外から、女の人や子ども、老人――別にそれに限ったわけでもない。若くて元気な男の人でも何でも、誰でも同じだ。悲鳴が聞こえるたびに、誰か何とかしてくれないのかと思う。
「リステ!リステ!――……!?何事ですか、これは!?」
どこかの扉を開けて出てきたのは、バジェを捕まえろと言った女の人だった。えっと、名前は……頭が働かない。
「うぷ……オレにもわからん!」
どうにか吐き気を抑えたらしいリステさんが、立ち上がる。
「こんなの、ありえない。何がどうなって……『綺羅の琥珀』よ、この先どうなるのですか!?」
「えっ、何!?私の事!?」
「何が『視え』ますか!?あれは何ですか!?どうすれば助かるのですか!?」
矢継ぎ早に言われても困る。そもそも私は『綺羅の琥珀』になりに来たんだし。そんな好き勝手に『視え』ないし!
「わかんないよ!むしろ教えてよ!どうしたら『綺羅の琥珀』になれるの!?……もう、綺羅の琥珀になれなくてもいい!『見るべきものを視る』力って、どうやったら使えるの!?どうしたら――自分が好きな時に、視たい未来を視れるの!?」
私の言葉に、女の人はふらついた。リステさんが支える。……支えるというか、壁際で逃れようがなかっただけのような気もする。
「なんという……こんな使い物にならない、出来損ないの『綺羅の琥珀』とは……!リステ、こんなもの、『綺羅の琥珀』でも何でもありません!『綺羅の琥珀』は、まだ目覚めてなどいないのです!」
「何の事だ!?説明しろ、ヴィオ。この娘は――違うのか!?」
「それならば――せめて――」
「どこへ行くんだ。……ええい!これだから!」
女の人は、また元来た扉に戻っていった。リステさんも追っていく。何が何やらだ。とんでもない人違いまでされてしまった。
……でも、あの女の人を見て、思い出した。バジェを助けなきゃ!
バジェを助けるために『綺羅の琥珀』になろうとしただけなのに。
どうしてこんな事になっちゃったんだろう。『綺羅の琥珀』になろうとしなければ、南の街に来ようなんて思わなかった。この町に来なければ、バジェは捕まらなかった。それに、あんな変な――魔獣に襲われずにすんだ!逃げ出したって、あの魔獣に襲われたらおしまいだ。
小さい頃から夢かどうかもわからず『視て』いたもの。他に同じ感じで見たものが未来に関わるものだったから、私はその夢も含めて、未来なんだと思った。『見るべきものを視る』力。『綺羅の琥珀』と同じ力なんだと。
違っていてほしい。せめてバジェに関する事だけは。
――建物を走り抜ける。梯子を見つけた。この細さは、普段使うようなものではなさそうだけど。もう何でもいい。私はその梯子を駆け上がる。
「バジェ!」
目につく扉を開けていく。声を一杯に張り上げて。
「バジェ!どこ!?」
聞こえていたら『ここだボケ!』って声が返ってくるかもしれない。けど、声はない。外の悲鳴がうるさい。バジェの声が聞こえないじゃない!
ああ。あんな夢を、『見るべきものを視る』力で見た未来と勘違いするんじゃなかった。
あれは小さい頃の、さみしかった私が見た悪夢か何かだったんだ。
一人ぼっちの私を好きだって言ってくれる人が、世界に一人でもいてくれたらって。好きで好きで大好きで。――私のためなら『死んでもいい』って言ってくれる人が。そんな人いるわけがないって心でどこか諦めていて。だからそのせいで王子様なんかじゃなく、中途半端なオジサンが夢に出て、それが本当に死んじゃうって悪夢になっていただけなんだ。……それが何でバジェだったのかは謎だけど。
……ううん、違う。きっと、行き倒れていたところを助けてくれたバジェを、私はあの時夢に見た『私の事が好き過ぎて、死んでくれちゃうぐらい優しい人』だといいなって思っただけなんだ!
だからバジェを巻き込んだ。
こんなところに、バジェは来なくてよかったのに!
白くて眩しい世界。緩んだターバン。私に笑いかけ、そして落ちていく男の人。
『猛る魔獣―― 裂ける人々―― 見よ、お前を愛する男の死を。この男は、お前の為に死ぬのだ――!』
何度も見た『夢』が、視える。うるさい。頭が痛い。次のドアを開ける。さらに次のドア。バジェ。バジェ、どこ?
『お前のために死ぬのだ』『お前のために死ぬのだ』『お前のために――』
嘘つき、嘘つき!
全然そんなのじゃない!バジェは捕まって、指を取られて。魔獣に襲われて、逃げられなくて!夢で惑わさないで!バジェは高いところから落とされる事すらない!このままでは、私の知らないところで、死んでしまう。『私のために』ではなく、『私のせいで』どちらにしろ、私が原因だ。
いない。
どこにもいない。
いないよ、どうして!?バジェ、バジェ!
梯子だ。この建物は高い。もう一階分ある。その階にバジェはいる。梯子は上にしか伸びていなかった。だからバジェは絶対に、この上にいるんだ!
梯子に手をかけた時、くらっと目眩がした。頭も痛む。
こんな時に――それとも、昔見た惑わす夢?高いところから落ちるバジェ?やめて、今はそんな事をしている時間じゃない!
『――そうか。ならば』
「……え?」
ざざざと、目の前に白いキャンバス。荒い素描。
『白い部屋―― 縛られた男―― 落ちる指、それとも命が先か?さあ、さあ!男は死ぬ!お前を愛する男が死ぬぞ!お前のために死ぬ!お前のせいで死ぬ!』
荒く描かれていても、あのやせっぽちな体と、変に格好をつけて崩して巻いているターバンは見間違えない。だって今日、見たんだもの!ちょっと前まで、隣にいたんだから!
指も命も、落とさせない!
バジェから何も、奪わせない!
「バジェ!」
三階に――上がってすぐ。右の扉。まずはそこを開ける。
日が差し込んで、真っ白な部屋。そこにバジェが――
「バジェ!」
もう、瞬間的に飛びついていた。
ついさっき見た通り。椅子に縛られたバジェだ。勢いがつきすぎて、椅子ごとバジェと一緒にひっくり返る。
「エーラ!?……いやそれより――どういう事だ!?」
あったかい。
生きてる!
ちゃんと生きているバジェだ!
とりあえず合流です。
※ 完結まで執筆済! エタりよう無し!あなたを一人、孤独にはしません!
毎日一話ずつ更新中。
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