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綺羅の琥珀  作者: 神空うたう


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11話 捕縛命令~さらなる困難

 ――え?

 この人、今、いったい何を言ったの?

 『捕らえなさい』?


 ……まあ、そこは残念ながら、『バジェにならありうるかも』みたいな感じはある。

 『販売許可証』だったか何かのお金を払わず、勝手に市場で店を出しているのは少なくとも一回――確認するのが怖かったけど、多分他にも何回かやっていそうだし。

 そういう『しなくてもよかったでしょう?』みたいな余罪は多そうだ。

 けど、こんな場でそれを指摘されるとは思わなかった。


 何より『指は残すように』?その奇怪な具体性が、余計に怖かった。


 ――そんな事を考えている場合ではない。

 そう気づくのに、数瞬かかった。

 バジェが私の手を引くために力を込めた事で、現実に引き戻された。そして、一刻も早く行動を起こさなければならない事に。


 しかし、困惑したのは私だけではないようだった。

 兵士達は互いに顔を見合わせている。どうも熟練兵ではないようだった。兵士とはいっても、お飾り程度。護衛手当がつくなんてラッキー。きっとその程度の気持ちでこの場にいただけなんだろう。命令の意味も、何故ここでそんな命令が出るのかもわかっていないようだった。

 それはそうだ。『綺羅の琥珀』候補ならともかく、その紹介人を捕らえろなんて。

 バジェはただの貧乏商人――今日は身なりもしっかりしているから、並の商人にしか見えない。ペテン師の巣窟で、一番まともそうに見える人間だもの。……私もまともなんだけど、商人と冒険者という社会的信用のみを加味した場合、だ。




「逃げるぞ、エーラ!」


 バジェが走り出す。私も壇上から飛び降りる。そうだ。バジェを奪われるわけにはいかない。指以外がどうなるのかなんて、考えたくもない。けど――


「バジェ!逃げるってどこからどうやって!?」


 バジェより私の方が、足が速いのだ。バジェにもたつかれると、どうにもならない。バジェは頑張って走っているのかもしれないけど、私は足踏みで待たねばならない。


「えーと、右!いや、奥の扉か!?……右!右だ!」

「わかった、右ね!?」


 必要となればいつでも剣を抜けるように注意しながら、部屋を大きく駆け抜ける。

 部屋の中央、まだ判定待ちをしているペテン師達は急な状況に――もしかしたら自分達も捕まるのではないかと脛に傷だらけの人も多そうで、騒ぎ始めている。ペテン師達が勝手に街の兵士の邪魔をしてくれる。ちょうどよかった。……もっと人が残っている段階なら、なおよかったけど。うんざりして受付の列に並ぶのが遅れたのだから、仕方ない。

 私は右の扉を開けて――


「うっそ!?」

「うがああ!?」


 扉を開けた先は、物置だった。

 普段、街の祭りで使っているだろう謎の置物や飾りが溢れていた。つまりは行き止まりという事だ。

 おしまいだ。




 ――頭が痛む。

 殴られたわけではない。でも、頭が痛い。嫌な感じがする。ぱちぱちと、傷みを誤魔化すように瞬きをした。


 ――私はあの大広間に一人だった。ペテン師達はもういない。


 あれ……?あれ?どうしたんだっけ。私、なんでここにいるんだっけ。

 ぺたりと座り込んだ床に敷かれた、長い敷布が、心地よかった。


「お嬢さん、アンタどうせ駄目だったんだろ。早くお帰んな」


 掃き掃除を始めている老婆に声をかけられた。


「なんなら明日もまた来なよ。どうせお役人達はなーんにも見ちゃいない。アンタが明日も明後日も来たところで、気づきもしないよ」


 ひっひっひ。老婆は笑っていた。

 明日も明後日も?駄目だったって、何が――



「そうだ、バジェ!」



 バジェはどうなったの!?おばあさんに聞いても要領を得ない。どうやらこの建物の掃除を任されているだけのおばあさんのようだった。

 それでも、国の役人や街の兵士が上の階にいる事は教えてくれた。


 明日や明後日出直すなんて、そんな悠長な事、していられない。

 指がどうこう言っていた。嫌だよ、バジェの指とだけ対面なんて。


 バジェと会いたい。あの薄っぺらい笑顔で、笑いかけてほしい。一緒に器いっぱいの野菜粥を、同じだけ盛って、同じように食べたい。

 でもどうしよう。ここにいるのは街の兵士で――別に、他国と戦うための国の兵士ではない。自衛のためにいるだけみたいだ。対多数とかでなければ、私でも勝てそう。でも、国の役人が命じて捕らえた――犯罪者?を助け出そうとしたら、それはもう大罪だ。手が震えてくる。脱走幇助?何にしたってバジェ、何したのよ!?なんでこんな事になってるの!?

 ともかくどこから危険になるのだろう。

 間取りもよくわからないのに。……とりあえず、右の扉は物置。そこはばっちり。……何なら物置兼、掃除道具入れ。今おばあさんが片付けて出て行った。

 背中の扉は入ってきた扉。では奥の扉?この建物って、どんな感じだったっけ。割に四角い感じだった気はするけど……




 そこで、後ろから人に追突された。


「まったく、ヴィオは何を考えているんだ。これだから里の中で祭り上げられて、物の道理を知らん女は――っ、邪魔だ!」


 追突する前に言って。あと、ヴィオさんって人の文句を、こっちに投げつけないでほしい。ともかく謝ってほしい。……いや、謝って、じゃない。今この建物にいる人は皆、敵みたいなものだ。どうする?気絶させる?そう思って振りかぶると――


「リステさん!?」


 受付にいた澄んだ瞳の人。紫の飾り帯を肩からかけて――バジェを捕まえるように言った女の人の、仲間!

「さ、さん――じゃない!リステ!」

「なんだ、娘!なぜオレの名前を――娘、『穢れの銀』の娘か。……エーラ。エーラだな!?」


 受付でバジェがぺらぺらと喋っていた内容を、覚えていたらしい。顔と名前を憶えられているようだ。つまり……

 え?殺すの!?

 これってもしかして、殺さなきゃ駄目なやつ!?

 今まで、自分の身の丈ぐらいある魔物を退治した事はあるけど――無いないナイ!人間はない!ましてこんないかつい大男!できない!無理に決まってる!


「娘、ちょうどいい。……どうせあの商人を助けるつもりなのだろう?それなら勝手にするがいい」

「え――」

「そのかわり――いいか?『ここでは何も起きていない』。貴様らの居所は、いずれ突き止める。貴様らをどうするか決まるまでは、自由に暮らすがいい」


 いい人かと思ったら、全然そうじゃなかった――!一瞬喜んだのに――!


 どうしよう。脅迫とかした方がいいんだろうか。見る限り向こうに武器はない。ああ、でもあの丸太みたいな腕で首でも絞められたら、こっちが一発で死ぬ。

 剣の柄に手をかけるべきか。交戦の意志ありなんて示したら、それこそおしまいではないだろうか。そう思っていたが、向こうは私が発している緊張感を感じ取ったようだった。


「……おい待て娘。貴様、おかしな事を考えてはいまいな?オレは『勝手にしろ』と言ってやったんだぞ?聞こえていなかったのか?」


 でもその後どうするの。居場所を突き止めるんでしょ?その後は!?


 駄目だ。どうしよう。殺すしかないの?したくない。頭が痛い。

 ガクガクと震えが起きる。それどころか、わんわんと音が響いて聞こえる。世界の感覚がおかしくなっている気がする。震えが全身どころか、地面にまで広がって――


「えっ、何!?本当に揺れてる!?」


 地面の神様が怒ったの!?ともかく体を低くするしかない。地面が揺れている――いや違う。何かの影響で、建物が揺れている?それにこの音。何だろう。すごく大きいものがすごい速さで動いている。そんな、気配がする。



 キシャアオオオン!



 気配どころじゃない、気配どころじゃない!なになになに、今度は何!?


 リステさんは這いつくばりながら廊下の方に向かっていく。窓の外を見て、愕然としていた。

 待って待って、置いてかないで。

 私も腰が抜けそうになるのを我慢しながら、リステさんの後に続いて――見なければよかったと思った。


 何あれ。


 もしかしてあれが話に聞くドラゴン?でも、この大陸にはいないはずだ。それにあのおぞましさ。形を持っているのかいないのかわからない、影か炎のように揺らめく体。ぎらつく瞳。あれは――


「魔獣……だと!?」

「ですよね、魔獣ですよね!?魔獣にしか見えませんよね!?」


 あれは魔獣だ。魔獣以外にありえない。

 私とリステさんが揃って腰を抜かせそうになるのは仕方のない事。魔物程度ならともかく――


 『魔獣』なんて!

 魔獣以外にあり得ないけど、魔獣なんてありえない!

 ――だって、子どもに読み聞かせるような読み物にしか今さら出てこない、神話の頃の生物なんだから!



 次回は、バジェ側の話になります。指以外はどうなっているのか!


※ 完結まで執筆済! エタりよう無し!あなたを一人、孤独にはしません!

  毎日一話ずつ更新中。


 感想・評価・ブックマーク、あとなんかもう色々、お待ちしています!


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