10話 ペテン師見本市~別名『綺羅の琥珀』候補者受付所
……酷い。酷すぎる。
『綺羅の琥珀』を募っているという話を最初に聞いた時、その人から『詐欺師の見本市』みたいな事を言われていたけど。あまりに酷い。
「ねえ、バジェぇ……」
「お前の言いたい事はわかる。俺も似たような事を言いたい。けど、耐えろ。そもそも言い出したのはエーラだろ」
「そうだけど……」
帰りたい。なんなら、受付すらすませたくない。
南の街の『綺羅の琥珀』候補者受付所――多分、平時なら街の集会所とかにされているだろう、砂嵐にもびくともしなさそうな三階建ての白くて高い建物。
そこに集まっているのが、『綺羅の琥珀』の候補者とその紹介者なんだろうけど――
すぐ横では、水晶玉を手に、空いた手をこねくり回すかのようにかざし続けているおばあさんがいるが、このあたりは可愛いものだった。
キエエエー!だかホワチャアア!だか、奇声を上げ続ける女性。『神の……神の啓示が下りてまいりました……』などと言って、何度も地面に倒れ伏す、白づくめの衣装の女性。
あっちが白かと思えばこっちは黒いドレスで、何やらぶつぶつ呟き続けている女性。
本人がそれならまだいいけど、何もよくわかっていない赤ちゃんを連れて、うちの子が!神の言葉を!なんて騒いでいるお母さんは、誰か何とかしてあげた方がいいと思う。
そうかと思えば、紹介人ではなく男性の候補者が出ているようだった。『今までがたまたま女だっただけで、次も女とは限らねえだろ!?』という言い分自体はまだわかる。前例は前例でしかないのだから。
それとは別の候補者は『心は女なので!』と、どうであってもリアクションの取りづらい主張を続けている。ただ、私の記憶違いでなければ、あの人は、昨日私達がこの南の街に来たところで、ちょうど女の人にしつこく言い寄りすぎて張り飛ばされていた人と同一人物なように思う。
受付に座っている国の役人さんは、もはや『いいからさっさと中に入れ』と、紹介文をはじめとする必要書類すら目にしたくないようだった。
気持ちはわかる。
黒々とした前髪をあげた、街の彫刻にでもなっていそうな体つきのがっしりしたハンサムだった。なんでこんな仕事をさせられているのかという不満が顔に出ている。
……気持ちはわかる。いやもう、痛いほど。
見渡す限り、あまりに酷すぎるのだ。しかも、募集期間中、この類の人間を毎日相手にしなければならないとしたら、もはや地獄だ。私達は今日一日で多分すむけど、まだ募集期間の半分ほどしかたっていない。ご愁傷様としか言えない。
……しかし、こんな人達と、私は同等の立場で挑まなくてはいけないのか。
『穢れの銀』が、『綺羅の琥珀』候補としてやってくるなんて、冷やかしと思われないかと心配していたけれど、まわりの人達の方がよほど冷やかしに思える。
いや、彼女達……一部彼らも含みそうだけれど、皆、必死なのだろう。なにせ、『綺羅の琥珀』に選ばれれば、三回生まれ変わっても遊んで暮らせるぐらいの金が手に入るらしいのだから。
バジェも生まれ変わる気満々でやってきたようだけど。ただ、受付手前の惨状に、流石のバジェも、すでに意気消沈していた。
「私も、なんか、奇声あげた方がいい……?」
「やめろ、エーラ。お前に芝居は無理だし、お前がそんな事をやり出したら、俺はお前をこの場において、逃げ帰る」
絶対嫌だから、バジェの服の端をキュッとつまんで大人しく順番を待ち続ける。
受付の男前な役人さんは、すでに職務をなかば放棄しているようで、流れ作業で受付を通している。そのせいで列の進みが早いのが救いだけれど、この列の進みで結構な時間を要しているという事は、建物の中の阿鼻叫喚ぷりって、どうなっているんだろう。
蠱毒でも作る気なんだろうか。国が欲しいのは、『綺羅の琥珀』なんだよね?
いや、バジェを百倍酷くしたみたいなペテン師達を打ち負かせていく事で、『綺羅の琥珀』になるのかもしれない。
「……ねえ、バジェ。私、別に、自分のタイミングで『見るべきものを視る』力なんて、使えないんだけど」
「国のお役人様がどういう調べ方をするかは知らねえけど、駄目なら駄目でいいじゃねえか。……むしろ、エーラ。俺は駄目な方がいい気さえしてきた」
「……駄目だったら、宿に帰ったら、何か美味しいもの、食べようね……」
「俺は、酒が飲みてえ……何なら、今飲みてえ……やってらんねえ……」
その気持ちは十分わかる。私も、飲んでみたい気持ちだ。
とうとう私達の番が来た。
流れ作業をしていた美丈夫を絵にかいたようなお役人さんは、私の顔を見て、顎でしゃくるように案内していたその動きを止めた。
こんな奇人変人の集まりでも、流石に『穢れの銀』は別扱いか。……それとも、あまりに普通過ぎる私達に、砂漠の中のオアシスでも見たのかもしれない。
「あれ……?」
この人、銀の瞳?
……ああ違う。銀じゃない。すごく透き通った眼をしている。その澄んだ瞳に、赤や青が、針で引っ掻いたみたいに彩りを見せていた。
私が目を見ていた事に気づいたのか、役人さんが顔を顰めた。紹介人のバジェの方を見る。
「この娘、名は?」
そういうのが、今渡した紹介状とかに書いてあるのに。昨日、バジェが一生懸命書いていたのに。バジェに教えてもらった、私の――本当の『エーラ』が書いてあるのに!
私はむっとしていたけれど、バジェはまったく気にもせずへらへらと笑っている。
「こいつは、エーラって言うんです。いい子でしょー?お兄さんも、きっと気に入りますよ」
……どこの謳い文句だろう。なんか、ヤだ。
ともかく、受付で確認されたのはそれぐらいで、私達もすぐ受付所の中に通された。
「……あんの男!紹介状を見ろってんだよ!」
建物に入るなり、バジェが舌打ちをして、ぶつぶつ言っている。どうやら、バジェも私と同じ事を思っていたようで、なんだかおかしくなった。
和んだのは廊下を歩いていた間のほんの僅か。
おそらく建物一階の大部分を割り当てられていそうな大きな広間には、先ほど目にしていた『ペテン師を煮凝らせた何か』『ペテン師の蠱毒下ごしらえ中』が並んでいた。
座るように準備されている敷物ではあるけれど、しばらくすると誰かがキエエエ!だのなんだの言い出したり座ったまま倒れたりして、そうなるとまわりの人も負けていられるかとばかりアピールし始める。……地獄だ。やっぱり帰りたい。バジェの未来は大切だけど、帰りたい。
私達の前には、一段高く作られた場所があり、そこにはおそらく国の役人が座っていた。
多分女性。……すごく綺麗な人なんだけど、男の人が女装してもあんなふうになりそうな、すごく不思議な感じの顔立ちをしていた。でもここから見える体つきで、やっぱり女性だよねとは思う。
……何より、髪も瞳も、嘘みたいな紫色をしているから、そんな不思議な感覚になるのかもしれない。他の人が『穢れの銀』――特に私みたいにお手本みたいな銀髪銀眼を目にした時も、こんな違和感を覚えるんだろうか。
でも、あの人は『穢れの銀』ではない。
ああいう目立つ感じの特徴がある人は、きっとどこかの偉い人だ。魔術師とか、どこかの部族とか。そういえば、あの人は紫の長い帯を肩から掛けている。どこかの民族か部族の人かもしれない。村長さんとかが、祭りの時にああいう感じのをつけているのを、色んな村で見た事がある。……そういえば、受付の男の役人さんも同じようなのをしていたな。
……でも、村や町の役人さんぐらいなら何度か見た事があるけれど、国の役人となると、あまり目にする事もない。
二人とも紫で同じ感じだったし、もしかしたら役人は皆、ああいう飾り帯をつけているのかも……?
「ねえ、バジェはどう思う――」
これからどうなるかわからないけれど、すぐさま合否が出るものでもないだろう。私はそう思って隣のバジェを見たのだけれど――
「なるほどー?確かに、そう来るわなあ……」
何やらバジェは、眉をひそめている。『受付で気づいておくべきだった』、とか、ぶつぶつ言っている。
「ねえ、何がなるほどなの?教えてよ」
「……ああ?うるせえから、待てよ。俺は今、必死にこれで問題が無いかを考えてんだからよ」
「問題!?ちょっと待ってよ、何かあるなら、それこそ早めに説明してよ!?」
ゆさゆさとバジェを揺さぶる。そっちで勝手に納得してもらっても、困る。考え込まれる前に、こっちに注意を引き戻さないとならない。
たとえば、『見るべきものを視る』力で未来を視て、生き残れた人が『綺羅の琥珀』です。とか言われて『さあ殺し合いを』とか言われても困る。
帯刀について何も言われなかったのがその証拠かもしれない。
いや、絶対そうだ。きっとそういう事なんだ。
周りを見渡す限り、残り十人ぐらいには余裕で残れると思うけど、バジェを守りながらとなるとそれは難しい。しかも、上手くいったらいったで、最後はバジェと一騎打ちだ。バジェを殺したくない!
ゆっさゆっさ。より激しく揺らし始める私に業を煮やしたバジェが、大きく舌打ちをして、私を見た。
「あのな――ああ、どこから話しゃいいんだ?えーとな、エーラ。お前、『菫の監視』って言われて、わかるか?」
「何それ」
「――よし!話すだけ無駄だ!」
無駄じゃない無駄じゃない!話して話して!?何なの、『菫の監視』って!なんなの?監視されるの!?捕まるの!?
ゆっさあゆっさあと大きく揺さぶるが、もうバジェは無視を決め込んでいる。なお、これだけ派手な事をしていても、まわりがそれ以上に珍奇な行動を起こしているので、まったく目立たない。むしろ、今までに加え、これから後に来る人達も含めても唯一まともそうだった私達がこうなってしまったので、この会場はまさしく地獄と化している。
「……リステは!受付で何をしているのですか!」
比較的前の方に座っていたため、壇上の美人の声が聞こえてしまった。どうやら、受付のイケメンはリステさんというらしく、この女性はリステさん以上にこの状況に辟易して、限界も間近な様子らしい。
それでも順番に呼んで、推薦状を開いて確認するだけ、きちんとお仕事をしているようだった。
――皆もバジェが書いていたのと似た感じの、長々とした紹介文を書いてきたようだ。様式は指定されていないのか、巻物、紙束、本のように綴じられたものが、呼ばれて壇上に向かうにあたって、恭しく差し出されていく。しかし、女性は力作、怪作であろうそれらをすべてすっ飛ばし、文書末の名前を確認してとりあえず体面を取り繕っているだけのようだった。
オオゾラマアオハネドリの羽が地面に落ちるまでの時間ぐらいでそれらをこなし、『ありがとうございました、お帰り下さい。今すぐに』という定型文を告げる操り人形と化している。魔法で動いていると言われても、信じてしまいそうだ。
ちなみに、紹介文は名前だけ確認して、机わきの箱に叩きこんでいる。怒りを体現しているように、紙が立てそうにない音がカコーン、カコーン!とリズムよく会場に響く。
……バジェの紹介文もああなるのかなあ。嫌だなあ。
「次の方」
もはや苛立ちを隠そうともしない、とげとげしさのある声が響いた。私達の番だ。
考え込んでいたバジェに、何かいい案でもあるのだろうか。
……無いな。
この顔はなかったな。
へりくだってこの場を乗り切ろうという魂胆が見え見えだった。受付で見せていたへらへらとした締まりのない笑顔を見せ、背を殊更に曲げ、手揉みまで始めながら『おら、さっさと行けよ』と私を先頭に、壇上に向かわせる。
目の前にやってきた私を目にしたところで、美人な役人さんの顔が歪んだ。やっぱり誰しも『穢れの銀』には、こうなるらしい。
そこに、バジェのこびへつらう気味の悪い愛想笑いが響いた。
「うへへ……この子、エーラって言うんですよ。可愛い子でしょ?悪い事は言いません。よーく見といてくださいって。決して損はさせませんよ。月の女神のような美しいお嬢さんにも、そりゃもう素敵な一夜をお約束します」
だからさ、それ、どこで覚えてきた文句なの。やめてよホント。
私は隣のバジェを呆れたように見る。どうせすぐに『ありがとうございました、お帰り下さい。今すぐに』で、『カコーン!』だ。わかっている。
この会場にやってきた他の人達で、これを言われなかった人はいない。国の役人さんだって、こんな事を言いたくてこの場を作ったわけではないはずだ。せめてもう少しましな人間が集まると思っていたのだろう。甘い。甘いよ……
そして私達も甘かったよ。まさか私達がマシな方――どころか、一番マシなんて思ってなかったよ……
ごめんね、お姉さん。私達がこの中で一番です。私達で駄目なら、今日はもう全部だめです。何ならこの期間中、全部だめだと思います。
私が役人さんに、同情すら感じていたところだが、いつまでも『カコーン!』どころか、『お帰り下さい』すらなかった。
「……紹介人。商人、だそうですね。こちらに記してある名前は、お前本人の名前で、間違いありませんね」
初めて、紋切りではない言葉が、役人さんの口から出た。
「え……ええ。お役人様。そのとおりで。あー……でも、どうだろうな?綴りを一つ二つ間違える事はあったかも……?」
そう言いながら、バジェが私の手を静かに取った。普段はかさついているバジェの手が、脂汗でじっとりだった。
「そうですか、そうですか……まったく、リステは何をしているのやら」
最後にそれだけ零すと、役人さんは、静かに立ち上がった。
音も無く。
なのに、リン……リン……と、鈴の音がどこかで響くような、不思議な感覚。
そして、遠くを見渡す。目の動きでわかる。部屋の四方に配置されている兵士達を見ている。
そして、バジェを見た。
私ではない。バジェを、だ。
紫の瞳。ただその瞳は最初に視た時よりも深く深く――闇夜のように深く沈んでいた。そして響く、声。
「――この者を、捕えなさい。……指は、残すように」
とんでもないところにやってきた二人。ここからどんどん話が進みます。
※ 完結まで執筆済! エタりよう無し!あなたを一人、孤独にはしません!
毎日一話ずつ更新中。
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