第3話:ホムンクルス計画
「これは冗談ではありません」
主任科学者ネイサンは、きっぱりと言い切った。
「私たちは遺伝子工学によって人間を創り出す技術を開発しました。まだ仮説の実証段階ではありますが、成功率はおよそ80%と見積もられています。ご主人は、従来とは異なる受胎方法を模索する中で、私たちのもとへ辿り着かれました。既存のあらゆる方法が失敗に終わった今、これこそが解決策だと私たちは考えています。お二人が同意し、必要な守秘義務および免責契約に署名していただければ、世界がかつて見たことのない子どもを授けましょう」
「なぜ成功率が77%で、100%ではないの?」
私は懐疑を隠さずに問いかけた。
「それは、人間を創造する試みが今回が初めてだからです。結果として“人間”が生まれること自体は確信していますが、その成長過程が一般的な人間と同じになるかどうかは、完全には保証できません」
「“普通の人間のように成長しない”とは、どういう意味?」
私は身を乗り出した。
「感情を持たなかったり、感情の反応が極端に弱かったりする可能性があります。また、人格特性が非常に極端になることも考えられます」
「それだけ?」
「はい。そのような極端な性格特性が現れる確率は、約33%にすぎません」
「たった33%……」
私は鼻で笑いながらも、頭の中では思考が激しく渦巻いていた。
「少し時間を取って、よく考えられたほうがいいでしょう」とネイサンは提案した。
「そのほうがいいな」と夫も同意した。
私は、どうしても考えを口にせずにはいられなかった。
「ホムンクルスは、かつては錬金術の産物だと信じられていました。でも科学が発展するにつれ、それは神話の領域へと追いやられた。なのに今、私たちは研究所でホムンクルスを創る話をしているのね」
「2010年までに人類がこの技術を手にしているとは、誰も予想していませんでした」
ネイサンは静かに答えた。
「世界は、まだこの進歩を受け入れる準備ができていません。だからこそ、私たちは密室の中で進めなければならないのです」
私の頭には次々と疑問が浮かんだ。
「創られた存在には、意識や自我があるの? もしあるなら、道徳的権利や保護は与えられるの? そもそも、それらは何によって定義されるの?」
「ホムンクルスは意識と自我を持ちます。そして人間のDNAから創られる以上、人間と同等の権利を有します」とネイサンは説明した。
「でも、それって“神の真似事”じゃない? 生命の根源を操作することで、予測不能な結果が生じるかもしれない。生態系への影響や、想定外の被害だって考えられる。本当に、私たちはその責任を負えるの?」
私は食い下がった。
「スマートフォンも、自然界の資源を使って作られています。同じように、ホムンクルスもDNAという、神が与えた素材を用いて生み出される。ですから私たちは、自分たちの行為を本質的に異なるものだとは考えていません」
「生きている存在の創造を、スマートフォン製造と同列に語るなんて、私には受け入れがたいわ」
私は鋭く言い返した。
「私たちは人類の利益のためにやっているのです」
ネイサンは真剣な表情で答えた。
「ホムンクルスは、人間と同じ権利と自由を持てるの? それとも所有物? 研究対象? それとも独立した存在? 誰がその運命と未来を決めるの?」
不安は増す一方だった。
「多くの点で、人間と同じ権利と自由を持ちます」
「“すべて”ではないのは、なぜ?」
「彼らは研究対象でもあるからです。彼らの子や孫も含めて、私たちはホムンクルスが人類と世界に与える影響を研究する必要があります。結果が肯定的であれば、さらに多くを創り、その存在を公にするでしょう。しかし、否定的であれば……対処法はあります」
「……殺すの?」
私の声は、かすかな囁きに変わっていた。
「はい。そして、社会に正の影響を与えると確信できるまで、創造は中止します」
ネイサンは冷ややかに答えた。
「それは不公平よ!」
私は叫んだ。
「人間だって社会に害を及ぼす存在はいる。犯罪者だってそう。それでも私たちは、全員を処刑したりしない。悪しきホムンクルスも、悪しき人間と同じように裁かれるべきよ」
「もっともですね」
彼は譲歩した。
「社会はホムンクルスの存在をどう受け止めるの? 分断、差別、恐怖を生まないと言い切れる? 平等な扱いや共生は保証できるの?」
重圧が胸にのしかかった。
「分断や差別、恐怖は確実に生じるでしょう。完全な平等を保証することは不可能です。しかし、それに対処するための戦略は考えています」
「どんな方法?」
私は即座に尋ねた。
「この技術を、不妊に悩む夫婦や、配偶者を持たずに子を望む人々、あるいは伴侶や家族としてホムンクルスを求める人々にも提供するのです。人間とホムンクルスの間に血縁や絆を築くことで、差別の芽を摘むことができます」
「誰がその技術へのアクセスを決めるの? 一部の人間が独占して、不平等を助長することにならない?」
私は追及した。
「この研究所が管理し、不妊と孤独の解消にのみ使用します」
「軍事目的には使わない、と約束できる?」
私は疑いの目を向けた。
「現時点ではありません。ただし、将来の人口動態次第では、ホムンクルス兵士が必要になる可能性も否定できません。現実的に考える必要があります」
「ホムンクルス創造の真の目的は何? 人類に仕えるため? 意識の探究? それとも個人的野心?」
私はさらに踏み込んだ。
「労働力、娯楽、軍事目的に搾取される可能性は?」
「彼らは僕たちの僕ではなく、対等なパートナーです」
ネイサンは答えた。
「とはいえ、人間と同じく、搾取の可能性がゼロではありません。その意味では、何も違いはないのです」
「ホムンクルスの創造は、生命や死、存在の意味についての私たちの理解をどう変えるの? 人間とは何か、この宇宙における立ち位置を問い直すことにならない?」
私は静かに問うた。
「それこそが、これから私たちが知ることになる答えです」
彼は思索的に言った。
夫は私を見つめていた。そこには、私の問いに対する感嘆と興味が入り混じっていた。
私は彼のほうを向き、皆を驚かせる言葉を口にした。
「やりましょう」
胸の奥から、歓喜の波が押し寄せてきた。
「ついに、王位を継がせる“私自身の子ども”を持てるのね。神に感謝するわ」
その決断の現実が、私の心を陶酔で満たしていった。




