八、本当の名
(なんてことに・・・)
劉若㬢が姚薇美に何度呼びかけても答えることはなかった。
劉若㬢は冷静にどうすべきか対策を考えていた。
(このまま姚薇美が見つかると・・・まずいわね)
「青雲!」
どこからともなく現れたのは、劉若㬢が楚の公主だった時代、護衛をしていた青雲だった。
青雲は背が高く、端正な顔立ちであるため、目立ちそうな護衛だったが、自在に気配を消すことができ、なぜか誰も青雲の存在を認識することができなかった。
楚の当時皇太子だった劉正、つまり劉若㬢の兄が、劉若㬢が魏に嫁いでからも定期的に様子を見て、問題がないかどうか報告させるため青雲を密かに魏に遣わしていた。
劉若㬢が身ごもったと知ってからは、周囲からは気づかれないように、劉若㬢を見守っていた。
劉正は劉若㬢に青雲の存在を明かしてはなかったが、青雲とは幼い頃からの長い付き合いだったため、劉若㬢だけは気配を察知できていた。
青雲も劉若㬢に存在が知られていることを悟っていた。
「公主、どうされましたか」
劉若㬢は目の前で死んでいる姚薇美をどうすべきか、青雲に相談した。
頭の切れる青雲はものの数秒で打開策を思いついた。
「公主、私にいい考えがあります。魏の後宮内を調査したのですが、冷離宮というもう何十年も使われていない宮があります。そこなら、姚薇美の遺体を隠しても見つかることはないでしょう」
「青雲、それはいい案だとは思うけど、姚薇美が急に消えたら、後宮中を捜しまわるでしょう?その冷離宮?に隠してもいずれ見つかってしまうのでないの?」
青雲は劉若㬢に顔を近づけて、悪い顔をしながら笑みをこぼした。
「公主、気づいておられなかったのですか?姚薇美と公主はよく似ているのですよ」
「えっ?そんなはずは・・・」
劉若㬢は死んでいる姚薇美の顔をまじまじと見ていた。
(そう言われれば似ている気がする・・・)
「違うところをあげるとしたら、姚薇美の目は少々つり上がっておりますが、公主は太陽のように明るく輝いた目をしております」
「ありがとう。で、どういうこと?」
青雲は話の意図を理解してない劉若㬢が可笑しくて、声を殺して笑いながら、劉若㬢にある作戦を告げた。
「公主が姚薇美になれば良いのです」
まさかこの青雲の作戦が二十年もの間、誰にも気づかれないとは、想像もしていなかった。
青雲は姚薇美の子、つまり本物の李義をつれ、できるだけ後宮と関わらないような、村に行き、養母となれる人物を捜しまわった。
ある集落に着き、歩いていたところ、ある噂を耳にした。
「あそこに住んでいる唐環は旦那に乱暴され、逃げてきたそうよ。もう子供を産むことができないって。ひどい旦那ね」
(子が産めない・・・ならば、この子を育ててくれるかもしれないな)
「あの、すいません・・・」
青雲は噂話をしていた夫人に声をかけ、唐環の家を教えてもらった。
「怪しい者ではない。何も聞かずにこの赤子を育ててもらえないだろうか。名は景天という」
唐環は困惑していたが、青雲はこの機会を逃すまいと必死に頼み込んだ。
「その子を抱かせてください」
青雲は赤子を唐環にそっと渡した。
唐環はそのまま赤子をあやしながら家の中に入っていった。
(公主、言われた通り聖女伝も赤子に託しました。これであなたの憂いを少しでも取り除くことができたでしょうか)
青雲の劉若㬢への想いが何であったかは言うまでもない。
「馬鹿な・・・馬鹿な・・・」
皇帝は壊れたおもちゃのように何度も同じ言葉を繰り返していた。
「つまり、義の本当の名は孟景天で、景天さんが李義ってこと?」
「私の本当の名が孟景天?」
「俺が李義?」
李義と景天はお互いに驚いた表情で顔を見合わせていた。
「玲莉の言う通りです。陛下、これが真実です。それともう一つ。劉若㬢の夫、孟子謙を暗殺したのは・・・陛下ですね?」
皇帝の目は大きく見開き、唇は震えていた。




