七、入れ替わった赤子
二十年前のある日、若㬢が少し目を離した隙に、景天が消える事件が起きた。
皆で捜しまわっていたが、気づけば何事もなかったかのように景天は若㬢の寝台ですやすや眠っていた。
若㬢も我が子が無事見つかり、安堵していた。しかし、我が子を抱きかかえた時に妙な違和感を感じた。
(景天はこんなに軽かったかしら。それに・・・)
若㬢は景天の背中にあるはずの鳥の羽ばたく姿に似た青あざを確認した。
若㬢は景天の背中を確認して、衝撃を受けた。
(青あざがない・・・。一体この子は誰?)
思敏が心配して若㬢に声をかけていたが、思敏には心配かけたくないと思い、抱いている赤子が自分の子ではないことを言い出すことができなかった。
「聞いたか?第二皇子の李叡と王妃の間に男児が生まれそうだ。これで、後宮もなんとか持ちこたえそうだな」
「李・・・叡・・・」
若㬢は李叡の名を聞くと妙な胸騒ぎがした。
(何だろう・・・胸がざわざわする。たしか、皇帝が主催した宴で一度会ったはずよね)
若㬢は李叡のことを必死に思い出していた。
李叡の顔と声を思い出した瞬間、ある人物と重なった。
若㬢は震えが止まらなかった。
(あの時、私を襲った男と同じ声だわ)
それに気づいた時、若㬢は全てを悟った。
(この子は・・・王妃の子ね)
若㬢はある決心をし、王家の皆が寝静まった後、荷物をまとめ、赤子を連れて、王家を出て行った。
(思敏、黙って出て行ってごめんね。でも、王家の皆に迷惑かけるわけにはいかないの)
若㬢はある場所に、馬車で向かっていった。
「誰?」
李叡の正妃姚薇美は物音に気づき、目を覚ました。
「あなたは・・・」
姚薇美は小刀で脅され、声を出すことができなかった。
「大声出したら首を斬るわよ。あなたの子を見せて」
姚薇美は言われるがまま、静かに眠っている赤子を女に渡した。
女は赤子を起こさないよう慎重に背中を確認していた。
(やはり・・・この子が景天だわ)
女の鋭い目つきに、すぐにでも殺されるのではないかと姚薇美は尋常ではないほど震えていた。
「私の名は劉若㬢。王妃は気づかれていないのですか?この子はあなたの子ではありませんよ。この子があなたの子ですよ」
「そんなはずわ・・・」
姚薇美は劉若㬢に渡された赤子を抱いて、はじめて我が子がすり替わっていることに気づいた。
「たしかにこの子が義だわ。どういうこと?なぜ、あなたの子と入れ替わっているの?」
「王妃、失礼を承知で聞きますが・・・」
劉若㬢はある程度、魏の後継ぎ事情を知っていたため、ある可能性を考えていた。
「もしかして、その子は李叡殿下との子ではないのではありませんか?」
「なっ・・・」
劉若㬢の考えが当たっていたのか、急に落ち着きがなくなり、本性が表れていた。
「そんなわけないでしょう。人質で魏に嫁いだ身分で。私に何を言うの。あなたが嫌がらせで入れ替えたのね」
感情を露わにしている姚薇美とは違い、劉若㬢は冷静だった。
「王妃、おそらく・・・李叡殿下の仕業だと思います」
姚薇美は劉若㬢をあざ笑っていた。
「なぜ叡がそんなことする必要があるの?あなたの子と私の子、何の関係があるの?」
劉若㬢は思い出したくもない出来事だったが、姚薇美を納得させるのはあの悪夢の出来事を言わざる得なかった。
劉若㬢から李叡と関係を持った事実を聞いた時、なぜか劉若㬢に怒りをぶつけることなく、何かを悟られないようにしていた。
「やはり・・・王妃、この子は李叡殿下との子ではないのですね?」
「何を言って・・・」
姚薇美は隠しきれないほど慌てふためいていた。
劉若㬢はもう一度小刀を首元にかざし、脅した。
「王妃、赤子を入れ替えたのは李叡殿下だと思います。ということは・・・この子があなたとの子ではないことを知っているのではないでしょうか?実はいうとこの子は私と孟子謙との子です。しかし、李叡殿下はあなたとの子を自分の子ではないと知り、そして、この子こそ自分との唯一血のつながった子だと考えたのだと思います。それで、この子たちを入れ替えたのではないでしょうか?」
「まさか・・・そんな・・・何で・・・」
姚薇美の態度から劉若㬢が抱いてきた赤子は李叡との子ではないことを確信した。
「この子の父親は誰ですか?」
姚薇美は隠すことを諦めたのか、素直に告白した。
「この子は皇太子殿下李泰との子よ」
「皇太子殿下!?」
予想外の人物に劉若㬢は驚きを隠せなかった。
「・・・叡は子を成せない身体なのよ。私がそれを知ったのは婚姻した後よ。何のため王妃になったと思っているの。私は子を産んで、将来その子を皇帝にするはずだったのよ。なのにあの男は・・・皇太子殿下をそそのかすことなんて簡単だったわ。あなたに感謝しなきゃね。知らずに他人の子を育てるところだったわ」
姚薇美は自分の子を抱き上げて、先程とは打って変わって、母親らしい優しい声であやしていた。
劉若㬢は呆れながら、小刀を捨て、我が子を抱きかかえ、立ち去ろうとしていた。
「待ちなさい」
劉若㬢が振り向くと、姚薇美が勝ち誇ったかのような笑みを浮かべ、小刀を劉若㬢に向けていた。
「何をする気?」
「私の秘密を知ってここから帰すと思っているの?申し訳ないけど、死んでもらうわ」
劉若㬢は咄嗟に我が子を近くの台に置き、姚薇美の両手を押さえ、抵抗していた。
両者一歩も譲らない中、姚薇美は足を滑らせ、後ろに倒れてしまった。劉若㬢のそれにつられて、姚薇美の上に重なるように倒れた。
劉若㬢がゆっくり目を開けると、劉若㬢の手には小刀が握られており、姚薇美の心臓を一突きしていた。
姚薇美が目覚めることはなかった。




