四、半分の血
「李晨明、そんな嘘を話しても意味ないですよ。諦めが悪いですね」
晨明の言葉を誰も信じていなかった。
「それはどうでしょ?」
晨明は皇帝がよそ見をしている隙に、剣をよけ、皇帝に斬りかかった。
しかし、皇帝は寸前のところでかわし、晨明の剣は皇帝の頬をかすり、晨明の首元に剣を向けていた。
「ど、どういうことだ・・・」
晨明の剣がかすり、血が出るはずの頬が傷ついているだけで、一滴も血が流れていなかった。
「父上、もういいですよ」
皇帝は右手で晨明に剣を向けたまま、左手で自分の頬をつかんだ。
「誰だ、お前は!」
皇帝の面の下からは若い男の顔が現れた。
「初めまして、皆様。私は羅洋と申します」
「羅・・・洋?」
李誠明も晨明も聞いたことのない名に首を傾げていた。
「皇帝の名のもとに命じる。お前たち、一人も取り逃がすな!」
羅洋の発した言葉と同時に、李誠明と晨明、および二人の配下の者たちは全員、無理やり跪かせられ、首元には少しでも動くと斬られそうな剣がちらついていた。
その中には景天もおり、顔をこわばらせながら震えていた。
「皇后様、お怪我はありませんか?」
皇后は羅洋の手を取りながら、顔をじっと見つめていた。
「あなたは・・・」
羅洋は皇后の前で跪き、自分の素性を明かした。
「私は皇帝直属暗密部隊隊長、羅洋と申します。お目にかかれて光栄です。皇后様」
「あなたが・・・」
「まさか・・・本当に存在したのか」
李誠明と晨明は共に噂では皇帝直属臣下がいることは知っていたが、本当に実在するとは思っていなかった。
「皇太子殿下が事前にお前たちの計画を知っていたので、陛下に危害を加えることも予想できた。だから、陛下を安全なところへ避難させることもできた。さて、もう終わりにしましょう。皇太子殿下、よろしいですか?」
「ちょっと待て!」
晨明が押さえつけられている中、必死にもがきながら、声を荒げた。
「どうせ近くで陛下は様子を見ているのでしょう。出てこないなら私が陛下の秘密を話しますよ。李義。お前の母親は皇后様ではない。お前の母親は楚の元公主劉若㬢だ!」
李義は蔑むような目で晨明を見ながら、鼻で笑っていた。
(どういうことだ?劉若㬢は俺の母親のはずだ)
景天だけは聞き覚えのある母親の名前に反応していた。
「悪あがきはやめましょう、晨明。誰があなたの話を信じますか?最期の言葉がそれでいいのですか?」
「李義。お前の血の半分は楚の国の血だ。そんなお前が魏の皇帝になれるものか!本当は玲莉とお前が・・・」
「殺せ!」
一斉に李誠明、晨明、配下の者たちの首が落とされていった。
景天は目をつむって固まっていたが、自分の身に何も起こっていないことに気づいた。
ふと見上げると、そこにいたのは暗密部隊に変装した黄飛だった。
「よかった・・・黄飛・・・」
「死んだふりをしてください」
景天は言われた通り、すぐさま死んだふりをした。
玲莉は目の前に広がる恐ろしい光景を目にすることができなかったため、ずっと李義の胸に顔をうずめていた。
「玲莉、怖い思いをさせて申し訳ないです。大丈夫です。私がそばにいますから」
玲莉は李義の声を聞くだけで安心することができた。
「それにしても晨明はなぜあんな嘘を最期に言ったのでしょう。母上、もう大丈夫ですよ」
李義が皇后を見ると、言葉では肯定をしながら、握りしめている両手は震えていた。
「どうしたのですか、母上?敵は殺したのですから、心配しなくても大丈夫ですよ」
そう声をかけたにも関わらず、相変わらず皇后の顔は引きつり、手は震えていた。
(母上はどうしたのでしょう・・・。まさか、そんなはずは・・・)
李義は皇后の動揺している様子に晨明の言葉は本当だったのかという考えがよぎった。
「皇太子殿下、あなたの中によぎった疑念は本当の事ですよ。私が全てを明らかにしてあげましょう」
堂々と現れたのは劉翔宇だった。
「それと黄飛。景天を起こして」
李義たちは暗密部隊に紛れ込んでいた黄飛に驚いていた。
「景天さん、もう芝居はいいですよ。起きてください」
景天は気絶するふりをしながら、そのままぐっすり眠っていた。
黄飛は起きない景天の背中を軽く蹴った。
「痛てっ!」
景天は蹴られた背中を抑えながら、目を覚ました。
「黄飛、もう少し優しく起こしてくれよ」
景天は文句を言いながら立ち上がり、黄飛と共に遺体をよけながら、劉翔宇のもとに歩いた。
「あと、陛下。どこか近くにおられるのでしょう。私が何をしに来たのかもうおわかりでしょう」
すると、急に壁が扉のように開き、そこから皇帝がゆっくりと姿を現した。
「そんなところに隠し扉があったのですか」
皇帝は劉翔宇の目の前に立った。
「翔宇殿下、何を話すおつもりですか?」
「陛下、もう隠すのはやめましょう。それに、あなたは本当の真実を知っていないのですよ」
「どういうことだ」
皇帝は瞬きが多くなり、明らかに動揺し、焦っていた。
「今から陛下も知らない真実を教えてさしあげましょう」
劉翔宇のこれから話す事柄が魏の存続をも脅かすことになるとは誰も想像していなかった。




