九、覚醒
玲莉を捕らえている者は、勇毅が刺されたところを見て、動揺していた。
玲莉は玲莉を捕らえている者の手に噛みつき、怯んだ隙に、勇毅に駆け寄った。
「兄上!勇毅兄上!」
勇毅は玲莉の呼びかけに一切答えることはなかった。
玲莉は勇毅を抱きしめながら泣き叫んでいた。
「よくも勇毅兄上を」
一瞬にしてその場にいた皆は、凍り付くほどの寒さを感じた。玲莉を見て、皆驚愕していた。
玲莉の髪はみるみる雪のように白くなっていった。
玲莉が顔を上げて、勇毅を刺した者を睨みつけると、その男は恐れのあまり腰を抜かして、後ずさりしていた。
玲莉の瞳は血のように赤く染まり、流している涙は血の涙だった。
李義は刺客が玲莉を見て、動揺している隙に、倒していった。
(どういうことだ?玲莉、君は一体何者なのだ?)
「皇太子殿下、怪我はありませんか」
建明と黒風も合流し、李義に加勢していた。
建明は玲莉の姿を見て、手が止まってしまった。
「玲莉なのか?その姿はどうした・・・」
玲莉は勇毅の斬られたところに手をかざして、目を閉じた。
すると、玲莉の手が淡い光に包まれ、勇毅の傷は癒えていった。
勇毅が咳払いをしはじめ、息を吹き返したことがわかった。
李義は戦いながらも玲莉から目が離せなかった。
(勇毅が生き返っただと?まさか、そんなことが・・・。しかし、現実に起きている。このことが漏れてはならない)
李義は玲莉の姿を見た者をひとり残らず始末していった。噂通り、人を斬っても顔色一つ変わらず、何の感情もない様子だった。
(ここは協力するしかないか)
建明も李義の意図をくみ取り、協力した。
刺客も片付け、玲莉を見ると勇毅の胸の上で眠っているかのように意識を失っていた。
李義が駆け寄ると、玲莉はいつもの姿に戻っていた。
先程の玲莉の姿はやはり幻だったのかと考えていたが、顔には血の涙の痕が残っていた。
李義はすぐさま玲莉を抱きかかえ、玲莉の部屋まで運んでいった。
李義に役割を取られてしまし、建明は不満に感じながらも、勇毅を黒風と共に運んでいった。
白庭と護衛の者たちは刺客の遺体から誰が首謀者であるか探ろうと、身体を調べていた。しかし、手掛かりになるようなものは見当たらなかった。
玲莉の部屋には泣きながらうずくまっている春静の姿があった。
春静は李義が玲莉を抱きかかえて連れてきたのを見て、慌てて駆け寄った。
「皇太子殿下、玲莉お嬢様はご無事ですか!」
「あぁ、大丈夫ですよ。気を失っているだけです。春静、着替えを持ってきてください。私は少し出ていますから、衣をかえてください」
春静は走って、玲莉の衣を取りに行った。
李義は玲莉の頬に触れ、愛おしそうに見つめていた。
(玲莉、君は何者なのだ。どんな秘密があるのだ。おそらく、玲莉自身も知らないのだろう。玲莉、安心しろ。玲莉のことは私が必ず守るから。誰にも渡さない)
建明と黒風は勇毅を寝台に寝かせた。
勇毅の刺された左わき腹を見たが、何もなかったかのように綺麗な肌だった。
(どういうことだ?玲莉はなぜ傷を癒すことができたのだろう。あの真っ赤な瞳と雪のように白い髪・・・。あれ、昔に同じようなことがあったような・・・。私と玲莉がまだ幼い頃、私が怪我をして、玲莉が傷口に触ったんだ。怪我が治るおまじないと言って。本当に次の日治っていたんだよな。そういえば、その時に玲莉の瞳は赤くなっていた。なぜ、私は忘れていたんだ。しかし、このことは公にしてはならないな。玲莉の身が危険にさらされる)
「黒風、今日見たことは父上にも母上にも兄上にも言ってはならないぞ」
「御意」
王浩は馬から飛び降り、家へ駆けこんだ。
そこには刺客の遺体を片付けている護衛たちの姿があった。
「妻や子供たちはどうした?無事なのか?」
王浩に声をかけられた護衛は、胸ぐらをつかまれ揺さぶられながらも必死に答えた。
「奥様も若旦那様もお嬢様たちもご無事です。しかし、若旦那様と玲莉お嬢様は意識を失っておられます。今、建明殿下が若旦那様を、皇太子殿下が玲莉お嬢様に付き添っておられます」
王浩は家族の者が無事だとわかって胸をなでおろした。護衛の者も解放されて、呼吸を整えていた。
「あと、旦那様、皇太子殿下と建明殿下が玲莉お嬢様についてお聞きしたいことがあると。詳しくはお二人から伺ってください」
「わかった。まずは二人の様子を見に行こう」
王浩は先に勇毅の部屋へ向かった。