二十四、冷離宮と紅玉宮
「蘭玲様、こちらが冷離宮です」
門を開けた途端、そこには別世界が広がっていた。昼間なのに夜だと錯覚を起こすほど雰囲気は暗く、後宮の中で唯一草木が全く育たないところだった。
(同じ後宮内だとは思えない・・・)
案内してくれた宦官も中を案内することもなく、蘭玲に火折子だけ渡し、立ち去って行った。
入口の戸を開けると、暗闇で中の状況を確認することすらできなかった。
蘭玲は火折子だけは渡された理由に納得していた。
火折子に火をつけた途端、蘭玲は驚きのあまり悲鳴を上げて、その場で腰を抜かしてしまった。
目の前には人の頭蓋骨が転がっていた。
(私・・・ここに住むの・・・はははっ・・・予想以上にひどい環境ね)
蘭玲に仕える侍女もなく、一人で冷離宮の問題を解決する必要があった。
(冷離宮には窓がないわね。あぁ、なるほど・・・閉じ込めた時に出られなくするためか・・・)
蘭玲は呆れて笑うしかなかった。
蘭玲は一旦外に出て、これからどうするべきか考えていた。
(建明が来るまで待つか・・・)
蘭玲は入口の階段に座り、建明が来るのを待つことにした。
「皇太子殿下、私は・・・ここに住むのですか?」
「そうですよ。紅玉宮と名付けました」
「紅玉宮?」
「今の玲莉の瞳の色にちなんで私がつけたのですよ。気に入ってくれましたか?」
玲莉ははにかみながら、うれしそうに頷いた。
中に入ると春静を含め五人の侍女が並んでいた。春静以外は三十から四十歳くらいの侍女たちだった。
「この侍女たちは今日から玲莉に仕えます。身の回りの世話は全て彼女たちに任せてください。元々は私が幼い時に世話をしてもらっていた侍女たちです。私がこの後宮内で信頼のおける者たちです。安心して頼って大丈夫ですよ」
一番年上の侍女が自己紹介をはじめた。
「私は淑惠と申します。私の右にいる者から、木蓮、水連、花連です」
(えっ?もしかして三つ子?蘭玲姉上と逸翰兄上も似ていたけど、それ以上ね)
木蓮、水連、花連は見分けられないほど、同じ顔をしていた。
淑惠は玲莉を見ながら、涙を拭いているふりをしはじめた。
「玲莉お嬢様、いえ、皇太子妃、本当にありがとうございます」
「皇太子妃・・・?」
玲莉は戸惑いながら、淑惠になぜ泣いているのか尋ねた。
「私は皇太子殿下の乳母をしておりました。赤子の時から皇太子殿下をずっと見守ってきました。まさか、皇太子殿下が妃を連れてくる日が来るとは。何に関しても興味を示さない子で、特に女子には。ですのに、皇太子妃の前では見たことない笑顔を見せます。これで私はいつ死んでも構いません」
(皇太子殿下の乳母とは思えないほど、饒舌で感情が豊かな人だな)
淑惠は玲莉の両手を握り、感謝していた。玲莉は若干引き気味に笑っていた。
「淑惠、玲莉が困っています」
李義はいつも通りの冷たい言い方で、淑惠を制止していた。
「玲莉、二階が寝室になります」
広くて長い階段を前にして、本当にこんな豪華な豪邸に住むのかと半信半疑になりながら、二階に上がっていった。
(また・・・)
李義が用意した寝台は、深紅色で統一されており、落ち着いて寝れなさそうな、寝台だった。
(いかにも・・・あれのための寝台だな・・・)
「これは・・・皇太子殿下・・・早くないですか?」
寝台の近くには赤ちゃんを寝かせるベビーベッドみたいな寝台も用意されていた。
「そうですかね。三年後、いや、もう二年半ぐらいでしょうか。婚姻するのは先ですが、もしかしたら、子が先にできるかもしれませんし」
「侍女もいる時にそんなこと言わないでください」
李義は謝りながら、玲莉を抱き寄せた。
「私は今からでもいいのですよ」
玲莉は顔を真っ赤にし、李義を引き離した。
「春静、一階をまだ見ていないから、行くよ」
春静は照れている玲莉を見てにやにや笑いながら、李義に頭を下げて、玲莉についていった。
「皇太子殿下、本当にうれしいです。可愛くて純粋なお嬢様ですね。きっと大事に育てられたのでしょう。皇太子殿下は素晴らしいお嬢様を見つけられましたね。一層の事、本当に婚姻より先に子を作ってはどうですか?」
「・・・そうですね」
李義は頬を緩めて、淑恵に頷き、玲莉の後を追いかけて行った。
淑恵は初めて自分に笑いかけた李義の姿を見て、今度は本物の涙を流していた。




