八、王家襲撃
李義の突然の訪問に王家の侍女や従者たちは慌てふためていた。
思敏も急いで門まで駆けつけた。
「皇太子殿下、今日はどうされたのですか?夫から何も聞いていませんでしたので、皇太子殿下をお出迎えする用意は何もできていませんが・・・」
「王夫人、私が突然伺ったのです。気にしないでください。私は玲莉に会いに来ました。玲莉はいますか?」
思敏は夫の王浩から詳しい事情を聞いていないため、玲莉との婚姻が叶わなかった李義が、なぜ玲莉に会いに来たのかがわからなかった。思敏としては娘を問題に巻き込みたくなかったが、皇太子である手前、断るわけにもいかなかった。
思敏は李義を玲莉の部屋まで案内した。
思敏は顔には出さなかったが李義を警戒していた。玲莉との婚姻ができなかったから、既成事実でも作るのではないかと考えていた。
「王夫人、玲莉と二人で話しますので。戻られて結構です」
思敏は部屋の戸を開けた春静に目で合図をした。
春静は思敏の言わんとしていることを理解し、李義にはわからないように、頷いた。
(不安だわ。あの子に何もなければいいけど。今は春静に任せましょう。念のために・・・)
思敏は侍女に耳元でこそこそと話し、侍女は頷いて、走り出した。
茶を飲んでいた玲莉は李義の姿を見て、思わず茶を噴き出してしまった。
「皇太子殿下、なぜここに?」
「あなたに会いたかったからですよ」
李義は玲莉に近づくと、口の周りに飛び散っているお茶を手で拭った。
玲莉は後ずさりして、自分の衣で口を拭いてた。
「皇太子殿下、私は建明殿下の許嫁です。不用意に触らないでください。よくないと思います。姉上にも悪いですし」
李義は相変わらず無表情だった。玲莉に顔を近づけて囁くように言った。
「玲莉、言いましたよね?私からは離れられないと。私は玲莉を手に入れるまで引くつもりはありませんから。あなたが私だけを見るまで追いかけ続けますから」
(何でこの皇子は玲莉に執着しているの?過去の玲莉はこの皇子に何したのかしら。でも、嫌なやつには思えないのよね。それに、キスされたから、変に意識しちゃうし。惑わされてはいけない。私には許嫁がいるのよ)
「私は建明殿下と婚姻すると決めています。陛下から賜った婚姻だそうですし。皇太子殿下、私よりも姉上と話してみてはどうですか?姉上は優しくて、綺麗で、頭もいいですよ。私なんかと比べ物にならないくらいに。きっと、皇太子殿下も姉上の魅力に気づくはずです。私を追いかけても時間を無駄にするだけで・・・」
玲莉の唇に李義の唇が覆いかぶさり、口を塞がれていた。玲莉は唇を離そうとしたが、李義に頭を押さえつけられ、動けなかった。
玲莉は春静に目で助けを訴えたが、春静はどうすればよいか分からず、あたふたしていた。
(奥様に伝えないと。でも、今出て行って、奥様に知らせたら、皇太子殿下に殺されそう)
その時、玲莉の部屋の戸が急に開いた。
「皇太子殿下、私の妹に何をしているですか?」
そこに現れたのは長兄勇毅だった。
(母上に呼ばれて来たけど、正解だったな)
「皇太子殿下、玲莉はまだ婚姻前ですよ。建明殿下の許嫁でもあります。手を出さないでいただけますか。変な噂にでもなったら、皇太子殿下も困るのですよ」
「別に構いません。私は玲莉と婚姻します。今、手を出そうが出さまいが、いずれ私の妻になるのです。問題ありません」
(この人の自信はどっからくるのだろう。問題しかないと思うけど。それにしても、勇毅兄上が来てくれてよかった。あのままだったら、息ができなくて死ぬところだったよ)
勇毅は玲莉に近づき、手を取り、自分の背後に隠した。
「皇太子殿下、今日のところはここまででよろしいでしょうか」
勇毅と李毅はにらみ合っていた。
「侵入者だー」
外から護衛の者が叫ぶ声が聞こえた。
勇毅と李義、李義の従者の白庭は部屋の外に出た。
そこには刺客らしき者たちと護衛の者たちが戦っていた。
「皇太子殿下は下がっててください」
「いや、私も加勢しよう」
「皇太子殿下は・・・」
勇毅が止める間もなく、李義は飛び出していった。
「勇毅様、殿下はそういう人ですので」
そう言って、白庭も飛び出していった。
(皇太子殿下に傷の一つでもつけたら、父上に殺されるな)
勇毅は諦めて、李義の後に続いた。
「玲莉お嬢様はこちらに」
春静は玲莉を守るように部屋の隅に息をひそめていた。
「王玲莉はどこだ!」
(この人たちの目的は私なの?)
男は玲莉と春静を見つけ、玲莉の腕をつかみ、引きずっていた。
「玲莉お嬢様を放しなさい」
春静は必死に男にしがみついていたが、引きはがされてしまった。
「勇毅、何か変です。何人か刺客ではない者がまぎれているみたいですね」
「皇太子殿下もわかりましたか。刺客は明らかに殺しにかかっているのに、そうでない者たちもいます。妙です」
「お前ら、この娘がどうなってもいいのか!剣をおろせ!」
玲莉が捕らえられ、首筋には剣が向けられていた。
李義、勇毅、白庭と護衛の者たちが剣をおろそうとした時だった。
一人の刺客が李義に向かって、剣を向けてきた。勇毅は咄嗟に李義の前に出た。
刺客の剣は勇毅の左わき腹を貫いていた。
「兄上ー!」
王家の前には建明と黒風がいた。
二人が王家に入ると護衛の者たちが必死に戦っている姿があった。
(どういうことだ?なぜ?)
建明は近くの護衛に事の詳細を聞いた。
「奥様たちは裏門から逃げだしています。しかし、玲莉お嬢様はまだ部屋に。最初から玲莉お嬢様を狙っていたようです。奥様たちの部屋には目もくれず、一目散に玲莉お嬢様のところへ向かっていました。旦那様にも伝えていますのでじきに戻るかと思われます」
「ありがとう」
建明と黒風は玲莉のところへ急いだ。