二十、取引
次の日、玲莉、蘭玲は嬌の指導の下、手巾に花の模様を縫っていた。
「玲莉は上手ね。上達したわね。蘭玲は・・・あなたは針より剣を持っていたほうがいいみたいね」
「義姉上、私も少しは上達していますよ」
三人は一緒に過ごせる残り少ない時間を笑い合いながら楽しく過ごしていた。
「玲莉お嬢様、劉翔宇殿下とお連れ様がお見えです」
「もう、いいところだったのに」
玲莉はふくれっ面になりながら、行くかどうか考えていた。
「玲莉、行かなくていいの?」
「だって、姉上たちと過ごせるのも明日までですよ。私は姉上たちと少しでも長く一緒にいたいのですよ」
嬌は玲莉に抱きつき、頭をなでながら、なんて良い子なのと頬ずりしていた。
「玲莉、翔宇殿下と約束していたの?」
(そう言えば、昨日また来るって言っていたな・・・忘れてた)
玲莉は苦笑しながら、頷いた。
「玲莉、私たちは待っているから行きなさい。約束は守らないとでしょ?」
玲莉は大きなため息を吐きながら、後ろ髪を引かれる思いで、自分の部屋に戻った。
部屋の前では春静が玲莉を待ち構えていた。
「お嬢様、翔宇殿下はもうお部屋の中にいます。あと、意外な方も来られてます」
(翔宇殿下と一緒に来る人?誰だろう)
玲莉が部屋の戸を開けると、翔宇殿下が満面の笑みで出迎え、抱きついてきた。
「玲莉、遅いじゃないか。待ちくたびれたよ」
劉翔宇と一緒に来た人物が二人を引き裂くように離した。
「翔宇殿下、何度も言ったが、玲莉は俺の嫁になるのだ」
「景天さん!」
劉翔宇と一緒に王家を訪れたのは唐景天だった。
「今まで何していたのですか?私が王家を出る時もいなかったですよね?翔宇殿下と一緒にいたのですね」
「一緒にいたというか・・・なんというか」
景天は劉翔宇を横目で見ながら微妙な表情をしていた。
「とりあえず立ち話もなんだから座って話さないか?私の部屋ではないが」
「そうですね。どうぞ、お座りください」
椅子に座ると景天は劉翔宇の方を見て様子をうかがっていた。
「私から話そう。玲莉も私と景天が一緒にいて驚いただろう。実は景天もなぜ私に呼び出されたのか、詳しくは知らないのだ」
「本当に驚いたよ。捜していた人物が見つかったから王家に来てくれって」
「捜していた人物って・・・まさか景天さんの母上ですか?」
「その通りだ」
先程まで饒舌に話していた景天の手は尋常じゃないほど震えていた。
「・・・母は・・・どこにいる」
劉翔宇は真剣な表情で景天を見つめていた。
「結論から話すと、まだ会わせることができません。ただ、近いうちに必ず会えますよ。だから、景天さんは私の指示通り、例のところに引き続き潜り込んでいてください」
「本当に会えるのだろうな」
「はい、必ず会えますよ。天に誓ってもいいですよ」
景天は安心したのか、手の震えは止まっていた。
「翔宇殿下、なぜそのことをわざわざ王家に来て話しているのですか?」
「言っただろ。玲莉を楚に連れて行くと」
「ちょっとまて、玲莉は俺の許嫁だ」
「そう・・・でしたね。しかし、このことは・・・」
劉翔宇はぶつぶつとつぶやきながら、何か考えている様子だった。
「まぁ、そのことなんですが、いずれわかることですので、今はそう言うことにしておきましょう」
玲莉と景天は顔を見合わせながら、首をかしげていた。
「それで、翔宇殿下と景天さんはなぜ一緒にいるのですか?」
「あぁ、それは・・・」
「玲莉には話して構いませんよ」
景天は劉翔宇との関係について話しはじめた。
「翔宇殿下、俺を呼び出して何の用だ?」
景天はある食事処の個室に呼び出されていた。
(こんないい部屋を用意するとは、さすが楚の皇太子殿下だな)
二人で使うにはもったいないほどの広さで、すでに台の上には食事が並べられていた。
「景天さん、私と取引をしませんか?」
「取引?」
劉翔宇は胡散臭そうな雰囲気を醸し出していたが、好奇心がそそられ、景天は話を聞くことにした。
「ある組織とでもいいましょうか、景天さんにはそこに潜入して情報を私に流してほしいのです」
「潜入?」
景天は思いもしなかった要求に話しに乗るべきか考えていた。
「で、俺がそこに潜入して、俺には何の利益があるんだ?」
劉翔宇は不敵な笑みを浮かべながら、もったいぶっていた。
景天が苛ついて話しを断ろうとした時だった。
「あなたの母上を捜して、会わせてあげます」
景天は時が止まったように、驚いた表情のまま固まっていた。
「今・・・何と?」
「あなたの母上を捜します。そして、会わせてあげます」
「それは、本当か?」
景天は力強く台を叩きながら、前のめりになっていた。
「はい、景天さんが私の要求をのんでくれましたら」
劉翔宇が景天を見つめる目には一点の曇りもなかった。
景天は一歩下がり、劉翔宇に向かって跪いた。
「その取引応じます。ありがとうございます。翔宇殿下」
景天は深々と頭を下げた。一筋の涙が頬をつたっていた。
「俺は何をすればよいのでしょうか?」
劉翔宇は笑いながら、
「今さら敬語に戻さなくていいですよ。以前は私に敬語で話していましたが、今日は砕けた話し方でした。そのほうが景天さんらしいです。景天さんの方が年上ですし。それに・・・」
劉翔宇は何か言いかけて、何もないですと笑っていた。
景天は劉翔宇がなぜ笑っているのかわからなかったが、特に追及はしなかった。
「私が景天さんにしていただきたいことは、李誠明の配下になることです」
「李誠明?」
景天は名を唐天と変え、黄飛の案内のもと、李誠明の配下に潜り込むことに成功した。




