十、忍び寄る影
李義は意気揚々と玲莉の部屋へと向かっていたが、宦官に呼び止められ、皇帝に呼び出されていた。
皇帝は白庭と黒風の件について李義に尋ねた。
李義は少し考え、
「父上、その件ですが私にお任せしていただきませんか?」
と懇願したが、皇帝は不服そうな顔をしていた。
「義、朕に隠して何を探っているのだ」
李義は白庭と黒風についてまだ話したくはなかったが、これ以上皇帝である父に明かさなかったら、信頼を失ってしまうと考え、一部だけ話すことにした。
「わかりました、父上。実は・・・」
李義は皇帝の耳元であることを伝えた。
皇帝の表情はみるみる険しくなり、李義が話し終わると、李義を見つめ、驚いた表情のまま固まっていた。
「義、それは本当なのか」
「はい、父上。ですから、この件は私にお任せください。父上もこの国も玲莉も私がお守りします」
「わかった。お前に任せる。朕の力が必要な時は何でも言え。お前は私の唯一の息子だ。そして、この国の次期皇帝でもある。義、お前を誇りに思っているぞ」
李義は深々と頭を下げ、お礼を述べた。
今まで皇帝である父から褒められても何も感じることはなかったが、玲莉と接することで李義にも喜怒哀楽の感情が表れるようになっていた。
この時の李義は初めて父からの言葉に喜びを感じていた。
「陛下、皇太子殿下、お話し中申し訳ございません。至急お伝えしたいことが」
「羅洋、どうした?」
羅洋は晨明についてあることを報告した。
「それは何だったかわかるか?」
「いえ、確認できませんでした」
「義」
「父上、わかっております。玲莉のことは私にお任せください」
李義は羅洋の話を聞くなり、血相を変えて、急いで部屋から出て行った。
「晨明の狙いがわからぬ」
皇帝はこれから何が起こるのか何一つ予想することできなかった。
「たしかにこの聖女伝を見る限り、景天さんと結ばれる運命みたいね」
蘭玲と玲莉は聖女伝を見ながら、運命に抗う方法がないか模索していた。
今の玲莉は李義と婚姻することを願っていた。
「でもすごいわね。この聖女伝は必ず聖女の手元に届くようになっているわね。過去の聖女様たちはどうやってこの聖女伝を手に入れたのかしら。百年後に生まれる聖女に渡すってなかなか難しい事だと思わない?」
玲莉も蘭玲の説明に納得した。
「たしかにそうですね。私はたまたま誘拐されて、たまたま景天さんに助けられて、この聖女伝と出会うことができたけど・・・もしかして何かに引き合わされたとか?聖女と結ばれる者と引き寄せる何かがあるとか?・・・何だろう・・・そうか、水晶玉か・・・」
「水晶玉?」
玲莉は自分の瞳とつながっているという水晶玉が鍵を握っているのではないかと考えていた。
(でも、あの水晶玉には近づいてはいけないって王玲莉から言われたわね。国が滅びるとか言っていた。今の力では暴走するって言っていたから、逆を言えば、聖女の力が増せば、制御できるってことよね。でも、どうやって力を高めることができるのだろう。私はこの力を使って何ができるのだろう。何のためにこの力が与えられているのだろう。聖女伝に何か書いてないかな)
「姉上、私は聖女の力を高めたいと思っています。でも、どうしたらいいのかわかりません。この聖女伝に手がかりがあるかもしれません。一緒に探してもらえますか?」
「もちろん、いいわよ」
蘭玲と玲莉は熱心に聖女伝を隅々まで熟読し、何か役に立つ情報がないか探した。
その夜、玲莉の部屋には香が焚かれていた。
寝台からは静かな寝息が聞こえていた。
玲莉の部屋の前では男がある物を手に持ってたたずんでいた。
玲莉の部屋の前で見張りをしている宦官たちもなぜかその場で眠っていた。
(これを使えば玲莉と・・・でも、きっと玲莉は私を憎むだろう。しかし、私は・・・もうこれしか方法がないんだ)
男は意を決してある物を口の中に入れた。
男は玲莉の部屋の戸を開け、玲莉が寝ているはずの寝台の前で止まった。
男は正常な判断ができなくなっていた。
「玲莉、玲莉。私は玲莉を愛している。玲莉の全てがほしい。・・・もう我慢できない」
男は寝台の布団をはぎ取り、心に秘めていた欲望が抑えきれなかった。




