六、手が届かなくなった想い人
「羅洋、晨明の様子はどうだ?変わった動きはないか」
「はい、陛下。特に動きはありません。しかし、気になる点があります。一つは、晨明が王玲莉についての情報を建明から聞き出していました」
「どんなことを聞いていたかわかるか」
「はい。王玲莉がどんなものが好きなのかとかどんなことをすると喜ぶのかとかです。王玲莉は皇太子殿下の許嫁なので関わらないようにと建明は晨明に忠告はしていましたが・・・」
「そうか。玲莉に手を出されても困るな。晨明は女に関してだけは信用できぬからな」
「はい、陛下。あともう一つ気になる点が・・・」
羅洋の話ではここ最近、白庭と黒風の姿が見えないという。
李義はよく白庭に命じて、後宮内外の情報を集めることがあるため、気にすることほどでもないが、李誠明のこともあるため、今はどんな些細なことでも警戒する必要がある。
「そうか。その件は朕が義に聞いておこう。羅洋は引き続き、晨明を見張れ」
羅洋は皇帝に一礼すると、一瞬で姿を消した。
(義のやつはまた朕に隠して何か調べているようだな。もしあのことが義に知られたら・・・いや、まだ知らないはずだ。あいつのことだ。もし知ってしまったら、真っ先に朕のところに来るはずだ)
皇帝は目をつむり、大きなため息をつき、高ぶる心を落ち着かせていた。
玲莉は部屋に戻った途端、春静から李義とのことについて質問攻めにあっていた。
「まさか玲莉お嬢様が皇太子殿下のことをお慕いしていたとは。皇太子殿下は玲莉お嬢様だけには優しいですからね。私なんていまだに虫を見るような目で見られていますから」
「そんなことはないでしょう・・・」
と言いつつも、李義が自分以外を見ている時の様子を思い出すとたしかに蔑むような目で見ているような気がした。
「でも、私は安心しました。建明殿・・・様のこともあり、お嬢様の事が心配でした。だって、許嫁があの冷徹皇子ですよ。でも、皇太子殿下がお嬢様に優しく微笑む姿を見て安心しました。お嬢様の事を大切にしてくださるはずだって」
玲莉は春静に言葉に泣きそうになりながら、抱きついた。
「お嬢様、なぜ泣くのですか?」
春静は笑いながら、玲莉の涙を拭いていた。
「王玲莉様、文が届いております」
春静が宦官から玲莉宛ての文を受け取り、玲莉は誰からだろうと思いながら、文を読んでみた。
「翔宇殿下からよ。後宮の外廷の門で待っているから来てだって。春静、私は勝手に行っても問題ないの?」
「私がついていけば問題ないかと。翔宇殿下も玲莉お嬢様と会うのが難しくなりましたね。お嬢様と皇太子殿下は心が通じ合っているので、翔宇殿下の入る隙はなさそうですね。私がはっきり言ってあげましょうか?」
「春静、仮にも隣国の皇太子殿下よ。私が話すから。翔宇殿下には悪いけど、楚に帰国してもらいましょう」
玲莉と春静は宦官の案内で劉翔宇が待っている、外廷の門まで向かった。
劉翔宇は玲莉たちを待ちわびていたようで、門の前でこちらを見ながら、うろうろしていた。
門番の者たちも困った顔をしながら、目の前をうろついている男から目を離さなかった。
玲莉は案内してくれた宦官にお礼を言って、外廷の門をくぐった。
劉翔宇は玲莉が門をくぐるなり、力強く抱きしめた。
「翔宇殿下、皆の目もありますので放してください」
玲莉は抵抗していたが、劉翔宇は一層力強く抱きしめていた。
「私は自由に玲莉に会うことすらできなくなったのです。それと・・・わざと皆に見せつけているのです」
「えっ!」
玲莉は何をしても無駄だと諦め、解放されるまで抵抗しないことにした。
(さすが、腹黒皇子。皇太子殿下の耳に入ったら・・・私が皇太子殿下に何されるかわからないわね)
後宮内では玲莉は皇太子殿下の許嫁かつ容姿端麗であることから、一際目立つ存在だった。
その玲莉が男と抱き合っている姿は一歩間違えれば、皇帝から罰せられそうな案件である。
しかし、相手が楚の皇太子であることから、そのようなことはないだろうと玲莉はわかっていたので、何もしなかった。
しばらくすると満足したのか、うれしそうな顔で玲莉を解放した。
「それで、玲莉を呼んだのは確認したいことがあって・・・」
劉翔宇は玲莉の手を取り、外廷の庭の端にある、木でできた机と椅子があるところまで歩いていった。




