三、色男李晨明
「陛下、晨西王が戻られました」
成人してからずっと楚との国境の町を争いが起きないよう管理していた、皇弟李誠明の息子李晨明が久しぶりに後宮へ戻ってきた。
皇帝に挨拶すると、すぐさま父李誠明と弟李建明に関して謝罪した。
自らも責任を感じ、罰を申し出たが皇帝は李晨明には何も罰を与えなかった。
「お前は楚との国境をよく管理してくれている。お前のおかげで楚との争いを避けることができている。今日はお前のために宴を用意している。特別に建明も参加させる。久しぶりに兄弟で杯を交わすといい」
晨明は深々と頭を下げ、皇帝に感謝の言葉を述べた。
皇帝は晨明に玲莉についても説明した。玲莉が聖女であることも明かした。
(王玲莉・・・あのいつも笑っていた娘か。幼い頃から美しい顔立ちだったな・・・)
晨明は昔から建明と玲莉が兄妹のように仲が良く、玲莉が建明の許嫁であることも知っていた。しかし、従者からの知らせで建明から李義の許嫁になったことを聞いていた。
「くれぐれも玲莉が聖女であることは他言しないように」
晨明は部屋を出ながら、幼かった玲莉がどんな美しい女になっているのか、心が躍っていた。
「羅洋、晨明から目を離すなよ」
「御意」
皇帝が晨明に玲莉のことを明かしたのは晨明と誠明につながりがあるかどうか確認するためでもあった。
晨明が宦官に案内されながら部屋に向かっていると、遠くに李義を見かけた。髪の一部が白髪である少女が並んで歩いていた。晨明からは二人がじゃれ合っているように見え、衝撃を受けていた。
(あれがあの李義なのか?李義が笑っているところを初めて見る。ということはあの少女が王玲莉か・・・)
晨明は玲莉に興味を持ち、宦官にここで待つよう伝え、二人のもとに向かって行った。
李義と玲莉も皇帝から宴の席に呼ばれていた。
玲莉の体調が回復してすぐであることもあったが、李義は玲莉が同席することに気が進まないようだった。
「なんで晨西王に近づいてはいけないのですか?」
「玲莉は知らないだろうけど、晨西王は正妻、側妃、妾含めて十人以上もいるのですよ。政務は真面目で、完璧な方なのですが、女に目がないというか・・・綺麗な女の人なら年上、年下構わず手を出しています。だから、玲莉には一切関わってほしくないというか、見るのも許したくありません」
「見るのもって・・・大袈裟ですよ」
李義は立ち止まり、玲莉の両肩に手を置き、真剣な表情で言った。
「玲莉、大袈裟ではありませんよ。晨西王は年齢関係なく手を出すのですよ。婚姻できる年齢でない女にも手出して、妾にしています。父上も存じています。しかし、皇族というものは子孫を残すことに関しては目をつむるというか、むしろ歓迎しているというか・・・もし、私と玲莉の間に子ができたとしても、実のところ父上は叱るどころか喜ぶでしょう。そういうところなのです。後宮というところは」
玲莉は苦笑いしながら、李義の話しを聞いていた。
(皇族って・・・そうよね。子孫を残さないと国は繁栄しないしね・・・まさか、皇太子殿下も・・・)
李義は玲莉の表情を見て、玲莉が何を考えているのか手に取るように理解できた。
「玲莉、安心してください。私は玲莉が十八になるまで子は作りませんよ。ただし・・・それ以外は要求してもいいですよね?」
「それ以外とは・・・何ですか?」
玲莉は恐る恐る尋ねた。
李義は、そうですねと言いつつ玲莉の周りをうろうろしはじめた。
玲莉は李義を目で追いながら、ため息をつき、何ですか?と振り向いた。
すると、李義は振り向いた玲莉を狙っていたかのように、そっと口づけをした。
玲莉は慌てて李義から離れ、口に手を当てて、抗議した。
「皇太子殿下、ここは後宮ですよ。むやみに口づけなんてしないでください」
「では、部屋だったらいいのですか?」
「そういうことではなくて」
「皇太子殿下、仲がよろしいようでよかったです」
二人が言い争っているところに、晨明が微笑みながら近づいてきていた。
「・・・久しぶりですね。晨西王。そうなのです。玲莉のことが愛おしすぎて困っています」
そう言いながら、李義は玲莉の肩を抱き寄せていた。
玲莉は振り払おうとしていたが、李義の力が強く抵抗できなかった。
「皇太子殿下、私のことは晨明でよろしいですよ。そちらが皇太子殿下の許嫁の・・・」
「王玲莉と申します」
晨明は玲莉をつま先から頭までじっくりと観察していた。
(血のように赤い瞳・・・興味深い・・・)
「晨明、あまり玲莉を見ないでもらえますか」
李義は少し苛ついた口調になっていた。
「申し訳ありません。美しくて愛らしかったのでつい見とれてしまいました。皇太子殿下の許嫁でなければ、すぐさま求婚していたところです。残念です」
李義の顔は笑ってはいたが、玲莉を抱き寄せる力は増していた。
(皇太子殿下が言っていた通りの方だな。綺麗な顔立ち・・・モデルみたいな人だな・・・モテるのもわかる気がする。でも、目付き怖いな・・・気を付けよう)
「では、宦官を待たせていますので、また後でお会いしましょう。皇太子殿下・・・玲莉」
玲莉は自分の名前が呼ばれると背筋がぞわっとした。本能的に関わっていけない人だということがわかった。
「玲莉、絶対に私から離れないでください。特に今日は晨明には注意してください」
「はい・・・離れません」
この時ばかりは李義のそばにいたほうが身の安全が保障されると思い、李義の手を思わず握る玲莉であった。




