二十四、もう一人の許嫁
「俺の母は楚の公主だったのですか・・・なぜ母は俺と共に姿を消したのですか?」
景天は自分の出生の秘密を知り、内心喜んでいた。今までは捨てられたと思っていたが、捨てられたのではなく、今の母唐環に預けられたのではないかと考え、母に会いたいという思いが強くなっていた。
「若㬢があなたを連れてなぜ姿を消したのかは、未だにわかっていないの。だから、玲莉から景天という名を聞いた時、驚いたわ。もしかしたら若㬢の子じゃないのかと思ったの。あなたに会って確信したわ。あなたは間違いなく若㬢の子よ」
思敏は景天の頬に触れ、涙を流していた。
「景天、あなたの目鼻立ちが・・・」
思敏は言葉に詰まっていた。若㬢の子に会えたからでもあるが、思敏の頭には別の考えがよぎっていた。
(たしかに若㬢にも似ているけど・・・よく見ると若い頃の・・・)
景天は不思議そうな顔で思敏を見つめていた。
「どうしたのですか?」
「いいえ、何でもないわ。若㬢にそっくりだわ」
景天は思敏が頬に触れた手を握り、母さんとつぶやきながら、泣いていた。
玲莉も思わずもらい泣きをしていた。
「私が今話したことを口外してはいけないと言ったのは、景天が若㬢の息子だと知られたら、孟子謙のように景天が暗殺されるかもしれないと思ったからなの。若㬢も誘拐されたのか、自ら出て行ったのかわからない今、景天が若㬢の息子であることを隠さなければならないわ」
「王夫人、ありがとうございます」
景天は深々と思敏に向かって頭を下げた。
「王夫人、でも俺は母に会いたいです・・・母を捜したいと思います」
思敏は止めようとしたが、景天の顔を見ると止めることができなかった。
景天の顔は決意に満ち、生き生きとした表情をしていた。
「母上、景天さんの母上が姿を消す前、何か変わったことはなかったのですか?」
思敏は当時の記憶を思い起こしていた。
「そういえば・・・若㬢が姿を消す二、三日前だったかしら。景天がいなくなった時があったの。今まで見たことがないくらい若㬢が狼狽えていて、王家の屋敷中探したわ。外も捜索始めようとしていた時に、いなくなったはずの景天が若㬢の寝台で眠っていたの。私たちも無事見つかって安心していたのだけど、若㬢の表情が暗かったの。『大丈夫?何か気がかりなことでもあるの?』と声をかけても、『何でもない』とその一言以外何も話さなかったから、私もそれ以上声をかけなかったのだけど・・・あの時若㬢に何かあったのかもしれないわね」
「もしかして景天さんの母上は身の危険を感じて逃げたのでしょうか?」
「いや、それはないだろう。赤子の俺を連れて、逃げるより、王家にいたほうがはるかに安全なはずだ」
三人は景天がいなくなった時に何かがあったことまではわかったが、それ以上は皆目見当もつかなかった。
「王夫人、母さんが見つからなくても必ず玲莉を迎えに来ますので、心配しないでください」
「・・・?」
思敏と玲莉は景天が何を言っているのか理解できなかった。
「もしかして玲莉、聖女伝、最後まで読んでいないのか?」
玲莉は苦笑いをしながら、申し訳なさそうに頷いた。
景天がため息をつきながら、聖女伝を見せてくれと言ったので、玲莉は景天に聖女伝を渡した。
景天は最後の部分を開き、思敏と玲莉に見せながら読んだ。
『聖女なる者 聖女の子孫と結びつき
世は平和が保たれる
共に血を流し 天へ捧げよ
聖女の血は尊きもの 血の結びつき
それもまた尊いもの
子を成し 命をつなげよ
次に現れる聖女へつなげよ
聖女生まれし日から 百年後の聖女へ
聖女伝を以て 平和を保てよう』
「王夫人の話を聞いて俺の母が聖女の子孫であることを確信できた。つまり、聖女である玲莉と聖女血筋である俺が婚姻して、子供を作って、聖女の血を絶えさせないようにしろってことだよ」
「・・・私と景天さんが?」
玲莉は冗談でしょうと言いながら笑っていたが、景天の顔は真面目そのものだった。
「本当はあの時、玲莉に手を出そうとしたのだが、思いとどまってよかったよ。許嫁とはいえ令嬢である玲莉に手を出すと玲莉の父に殺されるだろうからな。それに翔宇・・・殿下?に会いに来たもう一つの目的は許嫁と言っていたから玲莉を諦めてもらうためでもあった」
景天は思敏に聞こえないよう、玲莉に声をひそめて話した。
玲莉は手を出すどうこという話よりもある言葉が引っかかった。
「許嫁!?」
思わず大声で叫んでしまった。玲莉の頭は混乱していた。こんな形でもう一人許嫁が現れるとは思ってもいなかった。
「玲莉、俺とお前の婚姻はこの国、いや世の全ての人の平和のためなのだ。つまり、俺と玲莉は来年には夫婦になっているんだよ」
玲莉は頭を抱えながら、母に助けを求める目をしていた。




