五、冷徹皇子
朝から王家は慌ただしかった。
玲莉は朝餉を食べながら、春静に尋ねた。
「春静、今日何かあるの?」
「蘭玲お嬢様に会いに皇太子殿下が来るそうです。小さい頃はよくお会いしていたそうですが、最近は皇太子殿下もお忙しそうなので。玲莉お嬢様も三年前ぐらいでしたか、お会いしましたよ。覚えておられないとは思いますが。婚姻されるので挨拶に来られたのかと。ここだけの話ですが・・・」
春静は声をひそめながら、
「皇太子殿下は一切笑顔を見せない冷徹皇子と言われているんです。噂では眉一つ動かさず人を斬るとか女子供にも容赦ないとか。心がないといわれています」
(なるほど、姉上の気が進まないのもわかる気がする)
玲莉は朝餉を済ませ、最近では日課となっている礼儀作法やこの国についての知識を春静から教えてもらっていた。
王家の前には皇太子李義をのせた馬車が着いていた。
父と母をはじめ、皇太子を出迎えに門の前の集まっていた。
玲莉は記憶をなくしていることもあり、まだ休養中と皇太子には伝えるようで、部屋にいるよう言われていた。
「皇太子殿下、わざわざ足を運んでいただき、ありがとうございます。こちらが娘の蘭玲です」
蘭玲は李義に挨拶をした。
李義は顔色一つ変えず、興味なさそうな顔をしていた。
王浩は娘への態度に少し不満に思いながらも、李義を部屋へ案内した。今日は李義のために食事を用意していた。
玲莉を除く王家の者が勢ぞろいして、李義をもてなしていた。
李義は出されている食事に手を付けていたが、表情が何一つ変わらず、美味しいのか不味いのかさえわからなかった。
李義は周りを見渡し何かを探しているようだった。
王浩はその様子に気づき、李義に何か気になることがあるのか尋ねた。
「王丞相、たしか、もう一人娘がいませんでしたか。蘭玲の妹が」
「はい、皇太子殿下。たしかにいます。末娘で名は玲莉です。実は、数日前に倒れ、目を覚ましたのですが、記憶をなくしているのです。私たち家族のことさえ、覚えていません。それで、今は休養させています」
李義は何を思ったのか急に立ち上がった。
「王丞相、その娘に会わせてください」
王浩は断ることもできず、侍女に玲莉を呼んでくるように命じた。
「なるほどね。春静、教え方上手よね。学校の先生になったらいいのに」
「学校?とは何ですか」
「あはは、何でもない。続きをお願い」
(危ない、危ない)
春静のおかげで大体のことは理解できるようになった。
その時、外から侍女が玲莉の名を呼んでいた。
春静が戸を開けると、その侍女は、これに着替えて、皆のところへ来るようにと衣を渡してきた。
玲莉は春静と顔を見合わせ、よく状況がわからないまま、とりあえず着替えて、行くことにした。
春静は皇太子に会うのだからと言って、普段より化粧に気合が入っていた。
玲莉は戸を開けて、春静に習ったとおり李義に挨拶をした。
父や兄たちも驚いた表情をしていたので、何か間違ったかと思い、内心ドキドキしていた。
「玲莉、そんなに綺麗だったのか。別人かと思ったよ」
玲莉は心の中で春静にお礼を言っていた。
(そんなに変わったかな?王家のみんな顔面偏差値高いから、私なんて普通だと思うけど)
玲莉が李義を見つめると、李義は固まったまま動かなかった。
「皇太子殿下、どうかしましたか?」
玲莉が困った顔で尋ねると、玲莉から目を逸らさずに首を横に振った。
「やはり、あの時の娘だ・・・」
王家の者も皇太子に何が起こったのかわからず、お互いに顔を見合わせながらどうすべきか目で合図しながら話していた。
李義は玲莉の目の前まで近づき、玲莉をじっと観察していた。
(えっ?何?何か粗相があったの?)
玲莉は不安そうに何か至らぬ点がなかったか、自分の体を見渡しながら確認していた。
李義はいきなり玲莉を抱きしめた。
まさかの出来事に皆驚いていた。
玲莉も混乱していた。
李義は抱きしめていた手を放し、右手を玲莉の腰に回し、玲莉をぐっと引き寄せた。
「玲莉、私はあなたを妻にします」
(えっ?)
次の瞬間、玲莉の唇に何かが触れていた。
(どういうこと?なぜ、私は皇太子殿下とキスしてるの?)
突然の出来事に、玲莉の思考は止まってしまい、李義にキスをされたまま固まっていた。