十七、逸翰の弱点
男たちが走って門に向かっている足音は女たちの部屋まで響いていた。
「何かあったのかしら?」
嬌と蘭玲は不思議そうな顔で外の様子を気にしていた。
春静は気を利かせて、見てきますと言い、部屋の戸を開け、外を見た。
春静の目には男たちが走って屋敷を出る様子が映った。
「奥様。どうやら、旦那様たちがどこかへ出かけるようです」
「春静、勇毅や殿下たちも行っていたの?」
「はい、そのようです。皆さん、険しい顔をされていました。何かあったのでしょうか?」
(何があったのかしら?)
思敏たちが心配する中、外の様子を見ている春静の目の前に黄飛が現れた。
春静は急に現れた黄飛に驚きつつ、王浩たちに何があったのか尋ねた。
「王夫人、殿下より言伝です。殿下の言葉通りお伝えいたします。『玲莉に危機が迫っているため、皆で首謀者を捕らえに行きます。詳しくは全てが解決した後にお話しいたします。念のため、黄飛を王家に残します。心配なさらないでください。必ず皆無事に戻ってきます』とのことでした。王丞相にも妻と娘たちを頼むと託されました。安心してください。楚の皇太子劉翔宇は剣王なのですよ。皆、無事に帰ってくると思いますよ。私も命をかけて皆様をお守りいたします」
思敏は黄飛にお礼を言いながらも不安に駆られていた。
「母上、どうしたのですか?父上のことを心配しているのですか?」
「あの人のこともそうだけど、一番心配なのは逸翰よ」
玲莉は不可解な顔で思敏を見ていた。
玲莉の疑問を察したのか、蘭玲が思敏の心配の理由を説明した。
「父上は丞相で、兄上も父上の補佐をしているから、陛下に接する機会が多いの。何かあった時には陛下を守らないといけないから、二人は訓練も受けているの。だから父上と兄上は強いのよ。でも、逸翰は科挙の合格を目指しているから、頭は賢いのだけれど・・・剣の腕前は・・・んー・・・私の方がまだ強いわよ」
嬌もくすくす笑いながら納得していた。
「兄上は間違いなく、逸翰を守りながら戦うことになるわ」
思敏もため息をつきながら、頷いていた。
「逸翰のことだから、感情が高ぶってしまって、後先考えずに行ってしまったと思うの。おそらく、後で後悔するでしょうね」
玲莉から見ても逸翰が感情的になりやすい人だとわかる。その場のノリで行ってしまったのだろうと玲莉は考えていた。
「王夫人、黒風と白庭もついていってますので安心してください」
「あの子ったらもう・・・」
笑ってはいけないとはわかってはいたが、玲莉は笑わずにはいられなかった。
劉翔宇は馬を走らせながら、後ろを振り返り声をかけた。
「おそらく北誠王はこういう襲撃にも備えて、ある程度強者の護衛を用意しているはずです。戦うことのなりますが問題ありませんか?」
李義、建明、白庭、黒風が問題ありませんと答える中、王家の三人は口をつぐみ、逸翰を見ていた。
劉翔宇はその様子を見て、逸翰には剣の腕に覚えがないことを悟った。
「逸翰さん、王家に戻っても構いませんがどうしますか?」
逸翰は自分が足手まといになると思いつつも、玲莉のために戦いたいという思いが強かった。
「翔宇殿下、弟のことは兄の私にまかせてください。逸翰は玲莉のために戦いたいのです」
「兄上・・・」
勇毅は逸翰にガッツポーズをしながら、一緒に行こうと声をかけた。王浩も笑みを浮かべながら、頷いていた。
「翔宇殿下。足手まといになるかもしれませんが、戦術なら任せてください。玲莉を誘拐しようとするなど許せません。私もできることをやります」
劉翔宇は感心したように頷いていたが、何を思いついたのか、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「未来の義兄上。では戦術は義兄上にお任せします」
「義兄上と呼ぶなー!」
涙が出そうなほど感動していた逸翰だったが、翔宇殿下の義兄上発言で一気に怒りモードに切り替わっていた。
「では、私も義兄上と呼ばせてもらいましょうか」
これから敵地に乗り込むとは思えないほど、和やかな雰囲気で向かっていた。




