四、溺愛皇子
「奥様、建明殿下がお見えになられています」
「玲莉に会いに来たのね。私がお出迎えするわ。あなたは、玲莉に客間へ行くように伝えてちょうだい」
門番は足早に玲莉の部屋へといった。
思敏は侍女と共に建明を迎えた。
「急にお訪ねして申し訳ありません。玲莉が目を覚ましたと聞いて、居ても立っても居られず、来てしまいました。王丞相には、私からこちらに伺ったことを後ほど伝えますので」
「建明殿下。殿下は玲莉の許嫁です。私にとってはもう家族も同然です。気になさらないでください。ただ、玲莉に関してお伝えしなければならないことがございます」
「どこか体の具合がよくないのですか」
「体は大丈夫なのですが・・・」
思敏は玲莉が全ての記憶をなくしていることを伝えた。
建明は明らかに動揺していた。
「ということは私のことも覚えていないのですか?」
「残念ながら、おそらく。私たち家族のことさえ誰かわからなかったほどです」
建明は急に走り出した。
思敏は建明の従者に玲莉は客間にいることを伝えた。
従者は礼を言い、建明を追いかけていった。
玲莉は春静と共に客間で建明を待っていた。
待っている間に建明の情報を春静から聞き出していた。
建明は玲莉のことが幼い時から好きだったそうだ。玲莉は建明のことを兄のようにしか思っていなかったが、婚姻が決まり、ようやく建明のことを意識するようになったという。建明は皇族とは思えないほど穏やかで、思いやりがあり、誰よりも玲莉のことを大切に思っている。高官たちの中には次期皇帝に建明を推している者たちもいる。
(話を聞いた限りでは結婚相手にはよさそうな人みたいね。私の皇族のイメージとだいぶかけ離れているような。玲莉として生きているのだから受け入れないといけないのかな。でも、中身は玲莉ではないから、申し訳ないような気もするし。今後のことは会ってから考えよう)
部屋の外から激しい足音が聞こえてきた。
足音が通り過ぎたかと思ったら、殿下、ここですよという声が聞こえ、足音が再び近づいてきた。
部屋の前で足音が止まり、戸が開いた。
そこには息を切らしながら、玲莉を見つめる建明の姿があった。
凛とした顔つきで爽やかな少年という印象だった。身長は平均より高いぐらいで、小顔で細身に見える。
建明は玲莉の名を呼びながら、玲莉に駆け寄り、力強く抱きしめた。
「玲莉、私のことを忘れたのは本当なのか?」
建明の声は悲しげだった。
玲莉は正直に頷いた。
「ごめんなさい。何も思いだせないのです。建明殿下と私がどんな関係だったか。どんな日々を過ごしていたのか。どんな楽しい出来事があったのか。全く記憶にないのです」
建明は無言のまま抱きしめていたが、手を緩め、玲莉を笑顔で見つめながらいった。
「建明殿下か・・・記憶がないのは本当みたいだな。玲莉はいつも私のことは建兄と呼んでいた。玲莉、心配するな。これから思い出を作っていけばいい。今度は忘れられないような思い出を。もしかしたら、二人で過ごすうちに思い出すかもしれない。たとえ、私のことを忘れていたとしても、私は玲莉のことが好きだ。この気持ちは変わらない。これからも、玲莉のそばにいる。私は玲莉以外の妻は娶らない。玲莉と幸せに暮らせるなら、それだけでいい」
(初めて告白された。前の世界でもこんなこと言われたことないよ。ん?いや、なんかあったような・・・だめだ、全然覚えてない。こんなに真っすぐな人とだったら玲莉も幸せになれるよね)
「建明殿下、私は殿下のことは何も覚えていませんが、殿下の言葉で心が温かくなりました。こんな私でよろしければ、これからもよろしくお願いします」
建明はうれしさのあまり、玲莉を高く抱きかかえ、くるくる回っていた。
「建明殿下、私たちもいることを忘れないでくださいね」
建明の従者の黒風は呆れていた。春静は二人の様子を見て、うれしそうに微笑んでいた。
建明はその後、これまでの建明と玲莉の思い出を語ってくれた。二人の話をする建明は幸せそうな顔をしていた。
しかし、玲莉は一つだけ気になっていた。
「建明殿下、なぜ私は殿下の膝の上に座らされているのですか?」
「玲莉、建兄でいいよ。いつものことだよ。玲莉は小さい頃から私の膝に乗って、話しをしてたんだよ」
玲莉は恥ずかしいなと思いながらも、建明にあわせていた。
「建明殿下、それは小さい頃ですよ。最近はそんな姿見たことありませんよ。殿下、嘘はいけませんよ」
建明は余計なことを言うなと言わんばかりの顔を黒風にしていた。
玲莉は建明を疑いの目で見ていた。
「玲莉は私のことを忘れているのだ。もしかしたら、思い出すかもと思ってやっていたのだ」
明らかに嘘をついてるようだったが、建明のことが可愛く見えた。玲莉は建明の方に体を反らせ、抱きしめた。
「うれしいです。ありがとうございます」
玲莉は建明の耳元で囁いた。
(建明殿下の人柄はなんとなくわかったわ。この人と一緒になるのも悪くないかもね)
建明は日が暮れるまで、玲莉を膝に座らせたまま、二人の過去の出来事、将来について話し続けた。
玲莉は建明と黒風を見送りに門の前にいた。
建明は名残惜しそうに玲莉の手を握っていた。
「玲莉が元気でよかった。安心した。本当は毎日でも会いたいのだが」
「建明殿下、婚姻したら、毎日顔を合わせるのですよ。毎日、私と顔合わせていたら、飽きられるかもしれませんね」
玲莉は冗談で言ったつもりだったが、建明の表情は少し怒っていた。
「飽きるわけがないだろう。私は今すぐにでも一緒にいたいと思っている」
(どうしよう。怒らせちゃったかな)
玲莉はどうしたらいいか考えていると、建明は玲莉の頭をなでながら笑いかけていた。
「今日はこれで我慢します」
そう言うと玲莉のおでこにそっと口づけをした。
「また来ますね」
建明は満足げな顔をしながら、馬車に乗り込み帰っていった。
玲莉は頬を真っ赤に染めながら、固まっていた。