九、景天を知る意外な人物
玲莉と景天は引き続き気まずい雰囲気に中、唐環が作ってくれた卵と野菜が入った麺を食べていた。
「美味しい」
出汁もしっかり効いていてスープまで飲み干せそうだ。店に出してもおかしくない味だ。
「そうだろ。母さんの料理は最高なんだ。母さんの料理は、後宮の料理にだって勝つよ」
それは言い過ぎだろうと思いながらも、ようやく気まずさもなくなり、二人とも笑みがこぼれていた。
その時、家の戸の外から男の人の声と同時に、戸を叩く音が聞こえた。
唐環が返事をしながら、戸を開け、その男と話し込んでいる声が聞こえてきた。
(男の人の声、聞いたことがある・・・。まさか!)
玲莉は食べかけの麺の器を置いて、唐環のもとへ急いだ。
景天も何事かと思い、玲莉の後に続いた。
唐環と話していた男は玲莉の予想通りの人物だった。
「玲莉!」
男は玲莉を見るとそのまま力強く抱きしめた。
「よかった、無事で。どれだけ心配したと思っているんだ」
(やっぱり翔宇殿下だったか。それにしても力強すぎ。苦しい・・・)
唐環と景天はこの男は玲莉の何なのだと思いながら、怪訝な顔で二人を見ていた。
劉翔宇は玲莉を解放すると、怪我がないか隅々まで観察していた。
「翔宇殿・・・」
そう言いかけた時、劉翔宇は玲莉の耳元で囁いた。
「ここでは殿下とは呼ぶな。翔宇でいい」
身分を隠して玲莉を捜していたことを理解した。
「翔宇・・・私は大丈夫です。この人が倒れている私を助けてくれました。唐景天さんと景天さんの母上の唐環さんです」
「景・・・天・・・」
劉翔宇は景天の名を聞くや否や景天を見て驚愕していた。
「翔宇、どうしたのですか?景天さんをご存じなのですか」
「いや、知らない・・・」
劉翔宇の様子は明らかにおかしかった。しかし、景天の方は劉翔宇のことは全く知らない様子で困った顔をしていた。
「お嬢さん、この人は一体誰なんだい?」
唐環の質問に玲莉はどう答えようか迷っていた。
(翔宇殿下は私の何と答えたらいいのだろう。友達?お兄さんみたいな人?楚の皇太子です、なんて口が裂けても言えないしね)
玲莉が答えに詰まっていると、劉翔宇は玲莉に向かって微笑んで、抱き寄せた。
「私は玲莉の許嫁です。玲莉を助けてくださり感謝します。お礼は必ずいたします」
玲莉は否定したかったが、ここで否定しても、ややこしくなる展開になることはわかっていた。劉翔宇もわかっていて、あえて許嫁と言ったのだろう。
(翔宇殿下、後で覚えておきなさいよ)
玲莉は劉翔宇に合わせることにした。
「そうです。私の許嫁です」
「そうだったのね。私はてっきり景天といい雰囲気だと・・・」
玲莉は唐環の口を手で塞いだ。
劉翔宇は冷たい視線を玲莉に送っていた。
「玲莉、まさか・・・その男と何かあったのか?」
「いえ、何もないですよ。そうですよね、景天さん」
玲莉は景天に余計なことを言わないでと劉翔宇に見えないように訴えるような表情をしていた。
「あぁ、大丈夫です。あれは何もしていません。ただの事故です」
「ふーん。あとで玲莉に詳しく聞かないといけないみたいだな」
(景天さん、何で何かあったような言い方するのよ。空気を呼んでよ)
劉翔宇が景天を睨むと、景天は口角を少し上げ笑みを浮かべていた。
(この男、わざと玲莉と何かあったような言い方をしたな。侮れないな。さすが・・)
「玲莉を見てわかる通り、赤い瞳、髪の一部が白髪で、特別な容姿をしております。ですので、口外しないようにお願いいたします」
「もし誰かに話したらどうなるの?」
唐環は恐る恐る聞いた。
「玲莉の命の恩人のあなたたちを殺さなければならなくなります」
劉翔宇は笑顔で唐環と景天に言っていたが、二人からすると笑顔が不気味に見え、本当に殺されると察した。
「だ、大丈夫です。私たちは絶対に誰にも話しません。ねっ、景天」
「はい・・・」
劉翔宇と景天はお互いに睨むように見ており、玲莉は二人の顔を交互に見ていたが、何をそんなに睨みあっているのかわからなかった。
「玲莉、帰るぞ」
劉翔宇が玲莉の手を引いて帰ろうとした時、景天がちょっと待ってと言って、部屋に戻り、玲莉にあるものを渡した。
「忘れものだ」
景天は玲莉に聖女伝を渡した。
劉翔宇はその書物を見て、思わず景天を見た。
(やはりそうか・・・)
玲莉は景天にお礼を言って、劉翔宇とともに立ち去った。
(玲莉の許嫁ということは少なくとも皇族であるに間違いない。それにあの男の俺を見る目。何か知っているに違いない。もしかしたら俺の出生について何かわかるかもしれない)
「母さん・・・話がある」
景天は唐環にそう言って、あることを告げた。




