八、思わぬ急接近
「俺がこの聖女伝を持っているということは、俺の実の親は聖女に関係する人物だと思っている。だから、玲莉が聖女だとしたら何か知っているのかもしれないと思い、聖女なのかと尋ねたんだ。何か心当たりはないのか?」
王家には聖女ゆかりの品は何もなかった。父の王浩も聖女の存在すら知らなかったほどだ。おそらく、王家の者で聖女につながる者はいないだろうと玲莉は考えていた。
玲莉は申し訳なさそうに首を横に振った。
「聖女は百年に一度、現れるそうなので、私の前の聖女様は百年前に生まれた方です。その方の子孫がいるとして考えられるのは聖女様の玄孫が景天さんの両親ぐらいの年齢になるかと。私の周りには心当たりのあるその年齢の方はいません」
「そうか・・・」
景天は肩を落としながら、聖女伝を見つめていた。
「景天さんは両親に会いたいのですか?」
景天は鼻で笑いながら、首を振って否定した。
「どんな事情があるかは知らないが、俺を捨てたことには間違いない。俺の親は母さんだけで十分だ。気にするな。気まぐれで聞いただけだ」
そうは言っていたが、景天はどこか寂しげな顔をしていた。
(口では気にしていないって言っているけど、本当はものすごく気になっているんでしょうね。素直じゃないな。といっても私も過去の聖女に関しては何も知らないし・・・陛下なら知っているのかな。皇太子殿下に会ったら聞いてみよう。そういえば、殿下たちは今何をしているのだろう。私を捜してくれているのかな)
玲莉がそんなことを考えていたら、玲莉の手には聖女伝が置かれていた。
玲莉は思わず受け取ってしまったが、驚いた顔で景天を見た。
「俺が持っているより、玲莉が持っていたほうがいいだろう」
「でも景天さんの両親を捜す手がかりなのでは・・・」
「いいんだ。玲莉は聖女なんだから。お前が持っているほうががふさわしいだろ」
景天はそういうと玲莉に向かって微笑んだ。
玲莉はお礼を言って受け取った。
(もしかしたら他にも使える力があるかもしれない。過去の聖女様たちから学ぼう。もしかしたら私がこの世界に転生した理由もわかるかも)
玲莉は早速聖女伝を開き、黙読していた。
視線を感じ、書物から目線を上にあげると景天と目があった。
目があってからも景天は視線を逸らすことなく、玲莉をじっと見つめていた。
「何か私の顔についていますか・・・?」
玲莉が尋ねると、少し頬を赤く染めながら景天が答えた。
「いや、本当に綺麗な瞳だなと思って。吸い込まれるように思わず見てしまうんだよ。もう少し近くで見ていいか?」
玲莉は少し戸惑ったが、いいですよと言って頷いた。
景天の顔が一気に近づき、玲莉も緊張した。
あまりにも近いので景天から顔を離そうとした瞬間、バランスを崩してしまった。
床に頭を打ち付けそうになり、思わず目をつむった。
(あれ?痛くない)
玲莉がゆっくり目を開けると、景天が右手で玲莉の頭を支え、左手は床についていた。
少しでも動くと唇が触れそうな距離だった。
景天はゆっくりと玲莉の頭を床に下ろした。
玲莉は視線を逸らしながらお礼を言ったが、景天は右手も床につき、起き上がろうとしなかった。
(えっ?今どういう状況なの?なぜ、床ドンされてるの?)
「玲莉、年はいくつだ」
玲莉はなぜそんな質問を?と思いながらも、
「十五です・・」
と答えた。
「まだ、十五なのか・・・」
その時だった。
「景天、今日は卵と野菜たっぷり麵だよ。そちらのお嬢さんも一緒に・・・」
唐環から見ると、景天が玲莉を押し倒しているようにしか見えなかった。
「あら、邪魔したわね、景天。ここに置いておくから、後から食べなさい。ではごゆっくり」
「違うんだ!母さ・・・」
唐環は景天の言葉は全く聞こえなかったようで、鼻歌を歌いながら、去って行った。
景天と玲莉の間に気まずい雰囲気が流れていた。
玲莉は景天の差し伸べた手を取り、起き上がった。
「その・・・すまなかった。母さんには後で誤解だと説明するから」
玲莉は恥ずかしさで景天と目を合わせることができず、目線を下に落としながら、頷いた。




