七、聖女伝
「名を名乗っていなかったな。俺の名は唐景天。母の唐環だ。見ての通り母と俺の二人暮らしだ。母は畑で野菜を作っていて、俺は薬草を売っている。部屋中薬草だらけだろう。一種類だけだといい匂いがするんだが、ここまでいろんな薬草があると匂いが混じって、きついだろ。ごめんな。俺と母さんは慣れてるから気にならないけど」
たしかに、いろんな匂いが交じりあっており、よくわからない匂いが漂っていた。しかし、気になるほどでもなかった。
「そこまで気にならないので気になさらないでください。私は王玲莉といいます・・・」
玲莉はどこまで身分を明かせばいいのか悩んでいた。もしこの親子が今の皇帝に対し、何か思うところがあるのならば、丞相である父のことを話題に出すのは自分の身に危険を及ぼすことになる。
景天親子はそんな風には見えないが、油断は禁物である。
景天は玲莉にどこかのお嬢様なのだろうと聞いてきたが、玲莉は言葉を濁しながら答えた。
玲莉は景天に何があったのか尋ねられた。悪い人から逃げていた途中で崖から落ちて気を失ったところを助けてもらったと話せそうなところだけ掻い摘んで話した。
唐環は食事を作ってくると景天に言って、部屋から出て行った。
「聞いていいのかわからないが・・・実は俺、玲莉を見つける前にある淡い光を見たんだ。その光が気になって向かっていたんだ。そうしたら、玲莉を見つけたんだ。玲莉の傷を治そうと薬草を探していたら、君の体が光ったんだ。俺があの時見た光と同じだった。あの時の光も玲莉だったのか?」
(やっぱり見られてたか。どう説明したらいいのだろう)
景天に聖女だからということもできず、玲莉は何と答えたらいいのか考えていた。
玲莉は見られた以上は嘘はつけないと思い、ゆっくり頷いた。
「もしかして玲莉は聖女なのか?」
玲莉は予想もしなかった問いかけに、目を見開き、口を開けたままで固まってしまい、答えられなかった。
景天は玲莉の表情を見て、聞いてはいけないことだったのだと悟った。
「知られてはいけなかったのか?」
玲莉は不安な顔をしながら頷いた。
景天は立ち上がり、薬草まみれの棚の中から一冊の書物を持ってきた。
「聖女伝?」
玲莉は不思議な顔をしながら、景天を見た。
景天がいいから見て見ろと言ったので、書物を開いてみた。
玲莉は書物の内容に目を疑った。
そこには過去に選ばれた聖女たちの誕生から生涯を終えるまでのことが事細かに書かれてあった。
「何で景天さんが持っているのですか?」
景天は眉をひそめながら、深いため息をついた。
「それがわからないんだ・・・」
「わからない?とはどういうことですか?」
景天はしばらく黙り込んでいたが、重い口を開いた。
「今から話すことは絶対に他の人に話すなよ」
玲莉はは人差し指、中指、薬指を立てて、絶対に誰にも話さないと誓った。
景天は二十年前、自分が赤子だった頃のことを話しはじめた。
◇◇◇二十年前◇◇◇
唐環は十八の時に婚姻した。両親は亡くなっており、頼れる兄弟もいなかった。
婚姻相手は好きではなかったが、町の中でもそれなりにいい生活している人で、優しい人だった。叔母が勧めてくれた婚姻話だったこともあり、仕方なく婚姻した。
しかし、夫は婚姻した途端、人が変わったように唐環に暴力を振るうようになった。そのせいか、唐環は子供の産めない身体になってしまっていた。そんな唐環に夫は愛想をつかし、唐環を森の中に無理やり連れて行き、捨てた。
唐環は必死に生き延びて、今の集落にたどり着いた。その時、唐環は二十二だった。
集落の人々の助けもあり、過去を吹っ切ることができ、穏やかに過ごしていた。
その日もいつも通り畑に行く準備をしていた。
すると、戸を激しく叩く音が聞こえた。
何事かと思い、戸を開けると、一人の男が赤子を抱え、立っていた。顔は布で隠しており、若いのか中年なのかさえわからなかった。
「怪しい者ではない。何も聞かずにこの赤子を育ててもらえないだろうか。名は景天という」
いきなり知らない男に子を育てろと言われ、唐環は混乱していた。
男は唐環に何度も懇願していた。
赤子をよく見ると、まだ生まれて間もない男の子だった。
「その子を抱かせてください」
男は赤子を唐環にそっと渡した。
赤子を抱いた瞬間、心の片隅にあった思い出したくない過去が一瞬で消えるほど、温かい気持ちになった。
(いつの間に・・・)
唐環が気づいた時には、部屋の中で子供をあやしていた。
赤子の背中に何か固いものがあることに気づいた。
唐環が景天をくるんでいた布をゆっくりとると、背中には一冊の書物が隠してあった。
「聖女伝?この子がもしかしたら・・・でも、この子は男の子よ」
唐環はこの書物を景天に託した意味がわからなかったが、景天を本当の息子のように育てようと決心した。




