一、火種
楚の皇宮では劉昇豪と余妙の婚礼が行われていた。二人の希望で皇族の婚礼にしては慎ましく、出席しているのも皇帝、皇后、妃たち、皇子たちでだけであった。
玲莉も二人を祝福するために出席していた。
(時代劇ドラマではよく見ていたけど、本当に綺麗な花嫁衣装ね。これが簡素な結婚式なの?私もいつか着てみたいな)
玲莉は余妙の花嫁衣装に目を輝かせていた。
「玲莉もあと二ヶ月ほど待てば、あの花嫁衣装よりもっと豪華で綺麗な花嫁衣装を着ることができるぞ」
「本当!」
玲莉は自分から婚姻の解消を願い出たことを思い出し、劉翔宇から目を背け、気まずい雰囲気のまま、幸せそうな劉昇豪と余妙を笑顔で祝っていた。
「玲莉、後で話がある」
劉翔宇は喜ばしい祝いの席で場違いなほど難しい顔をし、玲莉の耳元で囁くように言った。
(あんな怖い顔をして・・・一体何の話しかしら)
玲莉は劉昇豪と余妙へ温かい拍手を送りながら、頷いた。
皇帝たちが宴を催している中、劉翔宇は玲莉を連れ出し、誰もいないところで立ち止まった。
「それで、話しって何?」
玲莉は少し警戒しているような口調で劉翔宇に尋ねた。
「玲莉、建明が曽の軍を引き連れて、楚を攻めてくるかもしれない」
「えっ!?」
玲莉は状況が理解できなかった。
玲莉は劉翔宇に楚へ連れ去られて以来、建明を会っていなかった。そもそもあの後、楚の皇宮で春静に会うまで、皆が元気にしているかどうかさえ、知ることができなかった。
玲莉にとっては建明はすでに気に留めるような男ではなかった。
「なぜ、建明が楚へ攻めてくるの?建明と楚は何の因縁もないはずよ。それに、建明は曽の国との接点もないはずよね?」
「たしかに、楚との因縁はないし、曽との交流もない。しかし・・・建明がある情報を曽の皇帝に伝えれば曽も楚を攻めてくる」
「・・・もしかして・・・私のこと?」
「その通りだ。建明は玲莉が聖女であることを曽の皇帝に話したようだ。それもこれも、玲莉のことをまだ諦めきれないからだろう」
玲莉はため息をつきながら、眉をひそめていた。
「なぜそこまでして私を追いかけるの・・・」
劉翔宇は玲莉の表情を見て、思わず抱きしめてしまった。
「どうしたの?翔宇?」
「・・・まさか玲莉も建明のことがまだ気がかりなのか?」
玲莉は鼻で笑いながら、否定した。
「建明とはとっくに縁が切れているわ。それより、私のせいでこの国を巻き込みたくないわ・・・翔宇、楚の軍はこの大陸の中でも一番強い軍なのでしょう?曽もそれを知っているはずでしょう?むやみに攻めてくるのは命を捨てるようなものじゃないの?」
劉翔宇は玲莉を抱きしめていた手を放し、苦渋の表情をしながら、玲莉にあることを告げた。
「建明は魏の皇帝に曽の軍が玲莉を奪いに攻め入ることを伝えるだろう。あの魏の皇帝のことだ。その情報だけで建明を処刑することを一旦保留にするだろう。これに乗じて魏も玲莉を取り戻しに楚を攻めに来る。そうなると、あの兄上でもなかなか手ごわい相手になるはずだ」
(景天・・・あなたならこういう時どうするの?私はどうすればいいの?国を救うはずの聖女が戦いの火種になってどうするの?今なら申玲瓏の気持ちが少しだけわかる気がする。聖女そのものがいなければ、こんなことが起きないのかな・・・)
劉翔宇は玲莉が良くないことを考えていることに気づき、両手で玲莉の頬をつかみ、無理やり口づけした。
玲莉は強引に口づけする劉翔宇の胸を力の限り叩き、引き離した。
「ちょっと、いきなり何するのよ」
「今、何を考えていた」
玲莉は怒りに任せて答えようとしたが、劉翔宇の本気で心配している時の玲莉を包み込むような穏やかな声を聞き、深呼吸をして落ち着きを取り戻した。
「ごめん、翔宇。ありがとう」
「大丈夫だ。それに、きっと魏が攻めてくることはない。建明の企みは上手くいかないはずだ」
玲莉はようやく気づいた。建明の企みはきっと孟景天のよって儚く散ることのなるであろうと。
「しかし、玲莉。建明は曽の軍を動かすために、玲莉が聖女であるということを曽の皇帝に話している。なんにせよ、玲莉が狙われることには間違いない。兄上がそんなやつらを玲莉に近づけるはずはないとは思うが、油断するな。常に晩夏と辛圓を側に置いておけ」
「うん、わかった」
「もちろん、私も玲莉を守る」
劉翔宇は玲莉を安心させるように温かく微笑みながら、もう一度玲莉を抱きしめた。
「ちょっと兄上、今回の主役は昇豪兄上と義姉上ですよ。玲莉と抜け出して兄上たちより先に子供でも作る気ですか?」
玲莉は咄嗟に劉翔宇を突き放し、否定しながら、劉長寧の腕を組み、宴の席へと戻ろうとした。
劉長寧は劉翔宇の向かって、馬鹿にしたように笑いながら、声を出さずに口だけ動かしていた。
(残念でした)
「長寧ー!」
劉翔宇の怒った姿を見て、玲莉とともに走って逃げだした劉長寧を、劉翔宇は劉長寧の名を叫びながら走って追いかけていった。




