二十一、募る想い
玲莉は寝台にうつぶせたままうなだれていた。
(何でこんなことになったの?私は平和に暮らしかったのに。ただでさえ、聖女だとわかって、力が暴走しないか心配なのに、楚の皇太子の妃選びに巻き込まれるとは・・・玲莉ってもしかしてこうなることがわかってて私に転生させたのかしら?)
春静は玲莉のまさかの展開に同情しながらも、今後の展開を楽しみにしていた。
部屋の外から蘭玲の声がし、春静が戸を開くと、菓子を持った蘭玲が立っていた。
玲莉は蘭玲を見るなり、姉上と言いながら抱きついた。
蘭玲は微笑みながら、玲莉の頭をなで、菓子を食べましょうと言って、玲莉の手を取り、座った。
「姉上、私は何でこんなことになってしまったのですか?正直、何で私を取り合っているのか全く分かりません」
蘭玲と春静は顔を見合わせ、玲莉が自分の美しさに気づいていないことを悟った。
「玲莉、鏡見てる?昔からあなたに近づこうとする男は多かったのよ。建明殿下がいたから、あなたは気づかなかったかもしれないけど。玲莉はそういうところ鈍感だからね。私からするとなんとなく予想はできていたわよ。ただ、楚の皇太子まであなたを狙うとわね」
「私からすると姉上の方が断然綺麗ですが」
「ありがとう。私の場合、女性らしさがないというか、おしとやかさがないというか、ずっと兄上と逸翰と遊んでいたから、行動が男っぽくなちゃうの。母上によく叱られているのよ」
玲莉は意外な姉の姿に興味深く話を聞いていた。
蘭玲には何度も婚姻の話は出ていたが、見た目の華やかで上品な雰囲気とは裏腹に、口調はとがっており、つい相手の欠点を指摘してしまい、破談になっていたという。やっと決まった婚姻はまさかの皇太子李義との婚姻だった。李義のことは昔から知っているが、何を考えているかわからず、つかみどころのない男だった。蘭玲は自分には興味を持っていないことを察していた。皇太子としての責務を果たすためだけに婚姻を承諾したことことも。
相手が皇太子である手前、断ることもできず、自分の幸せは諦めていた。
しかし、妹の玲莉が李義の目に留まったことにより、李義との婚姻も破談になりそうになっている。
蘭玲は巻き込まれた玲莉を可哀想に思いながらも、感謝していた。
(私も玲莉にみたいに愛してくれる人と婚姻したいな)
玲莉は困った顔をしていたが、蘭玲からすると羨ましく感じていた。
「玲莉お嬢様、李義皇太子殿下がお嬢様に会いに来られました」
玲莉は蘭玲の手をつかんでいてくれるよう頼んだが、私は追い出されると思うわよと苦笑いをしていた。
戸を開けるなり、李義は今までに見せたことのないぎこちない笑顔をしていた。
この部屋に蘭玲がいることに気づくと、いつもの無表情に変わった。
蘭玲は空気を察して、玲莉にこれ全部食べていいからねと言って持ってきた菓子を置いて、李義に一礼をし、去って行った。
玲莉はため息をつきながら、李義に茶をついであげた。
李義がお礼を言いながら、うれしそうに茶を飲んでいた。
「玲莉、この前は建明と町へ出かけたそうですね。今日は私と出かけましょう」
玲莉は父王浩から、しばらく外出を控えるよう言われていた。
そのことを伝えると、問題ない私が許可すると言って、玲莉の手を引っ張り、部屋を出た。
(相変わらず強引な皇子だな)
春静は二人を追いかけるように、後についていった。
玲莉はどこに連れて行かれるかわからないまま、李義と共に馬車に乗っていた。
春静は馬を引いている白庭の隣に座っていた。
「皇太子殿下、一つ聞いていいですか?」
「何かな?」
李義は興味深そうに玲莉に顔を近づけていた。
「皇太子殿下はなぜ私と婚姻すると言い出したのですか?お会いしたのもあの時が二回目でしたよね。正直、私と婚姻したい理由がわかりません」
李義はくすっと笑い、玲莉から顔を離し、どこか遠くを見つめながら、初めて玲莉と会った時のことを語りはじめた。
「優しい?・・・私が皇太子殿下のそんなことを言ったのですか?本当にその一言で私に心奪われたのですか?」
(言ったのは私ではないけどね)
「はっきり言うのですね。玲莉らしい。そうですよ。たったその一言で玲莉に心を奪われたのです。私にとっては忘れられない言葉です。そんなこと一度も言われたことがなかったですから。その日から私の心には玲莉しかいません」
(完璧で冷徹な皇太子殿下も恋愛に関しては純粋なのかもしれないな。少し可愛く思えてきた。という私も恋愛に関しては中学生並でしかないけど・・・いや、今十五だからちょうどいいのか)
妙に納得して、今日だけは李義に付き合ってあげるかと、恋愛関しては李義と変わらないが、上から目線で見る玲莉であった。
馬車から降りた李義は初めて見るかのように町を見ていた。
「皇太子殿下はこういう町には来たことないのですか?」
「いや、ないわけではないですが、今まで興味がなかったので、ろくに見ていませんでした。今日は玲莉と来ているからか、全てが興味深いです」
「今日は私が案内してあげます」
玲莉はそう言って李義の手を取り、笑顔で歩き出した。
李義は無邪気に笑い、目を輝かせながら、見て回る玲莉から目が離せなかった。
(こんなにも手に入れたいと思ったのは初めてだ。誰にも渡したくない。この笑顔は私だけのものにしたい)
「玲莉、前を向いて歩かないとぶつかりますよ」
玲莉は大丈夫と言ったそばから、後ろ向き歩いていたため、誰かにぶつかった。
玲莉が前を向いて謝ろうとしたら、思い切り抱きしめられた。
玲莉は困惑しながら、顔を上げると目の前には劉翔宇がいた。
「これはこれは楚の皇太子殿下。玲莉がぶつかってしまい申し訳ありません。玲莉を離していただけますか」
「いえ、私は玲莉に会いに来たのですよ。これから一年間、私の全てを知ってもらいたいですから」
お互いに笑ってはいたが、目は笑っていなかった。この状況に玲莉は頭が混乱し、どうすればよいかわからなかった。




