二、王玲莉
(思い出せない・・・私が別の世界から来たことだけは理解できるけど、何でここにいるの?私の名前楊秀英で二十五歳で、それで・・・あれ?それ以外の記憶がない・・・何も思い出せない)
秀英は寝台から起き上がり、部屋を観察しはじめた。
部屋の広さ、調度品、化粧台、化粧台の周りにある装飾品、玲莉は高貴な身分の生まれであることがわかった。
秀英は鏡に映った自分の顔を見て、衝撃を受けた。
(若返ってる・・・私が十四、五ぐらいの時の顔だ。顔は私のままだ。もしかして、玲莉は私の先祖だったりするのかな)
秀英があれこれ考えていると、秀英のそばで眠っていた少女と玲莉の両親らしき人が部屋に入ってきた。
「玲莉、目が覚めてよかった。三日間も眠り続けていたんだぞ。玲莉が倒れたと聞いた時は、心臓が口から飛び出るくらい驚いたぞ。まだ、寝ていなさい。春静、陳先生を呼んで来い」
少女はどうやら玲莉の侍女らしい。年は玲莉とあまり変わらないくらいだろう。
父は母にあとは任せると言い残し、部屋を出ていった。
母親らしき人が玲莉を寝台に連れて行き、寝かせた。
「玲莉、今日は私がそばにいてあげるから、安心していいわよ」
玲莉の母親は穏やかで一つ一つの仕草が上品であった。いいところのお嬢様だったのだろう。良い教育を受けていそうだった。
父親は見るからに厳格そうだった。眉もつり上がっており、どう見ても鬼面にしか見えなかった。しかし、玲莉に向ける笑顔は、優しさを感じた。玲莉を甘やかしているのだろう。
「あの、母上?(でいいのかな)私はどうして眠り続けていたのですか?」
「それがわからないの。春静の話では、急に激しい頭痛のおそわれたそうで、頭を抱えながら、倒れて意識を失ったそうよ。すぐに陳先生に診ていただいたけど、原因はわからなかったわ」
(頭痛?この世界に来る前もそんなことがあったような・・・)
秀英は思い出そうとしたが、何も思い出せなかった。
「玲莉!」
息を切らしながら、綺麗な女性が現れた。目が大きく、華やかな顔をしており、秀英の前にいた世界だったら、学校で一位、二位を争う美しさであろう。
「心配したわよ、玲莉。もう大丈夫なの?」
秀英は玲莉と綺麗なお姉さんの関係がわからず、苦笑いしながら、頷いた。
(このお姉さんは玲莉の実のお姉さんなのかしら)
「建明に伝えたら飛んで来るかもよ。玲莉が羨ましいわ。お互い思い合っている者同士で許嫁だなんて」
「建明?許嫁?誰?」
秀英は思わず素が出てしまい、聞き返してしまった。
「玲莉、まさか・・・」
秀英は誤魔化しきれないと思い、正直に話した。
「ごめんなさい。実は二人のことも誰かわからないの。二人だけじゃないの。私も自分が誰なのかわからないの」
(実は中身は玲莉ではないですと言っても話がややこしくなりそう。とりあえず、記憶喪失の設定でいこう)
ちょうどその時、陳先生と呼ばれる医者が春静と共にやってきた。
「陳先生、玲莉がおかしいのです。早く診てください」
陳は玲莉を診たが、なぜ記憶をなくしたのか原因はわからなかった。
「はっきりしたことは言えませんが、このまま記憶が戻らない可能性もありますし、ふとした事で記憶が戻ることもあります。身体に異常は見られませんので、記憶がない以外は問題はありません」
母は春静に陳先生のお見送りに行かせ、父に玲莉の状態を伝える文を書くと言い、部屋を出ていった。
綺麗なお姉さんは玲莉の姉だった。名は蘭玲。十八歳。玲莉には二人の兄もいるという。
秀英が転生した体の持ち主は、名を王玲莉といい、年は十五歳。父の王浩は丞相であり、母の周思敏は尚書の娘であった。
玲莉には許嫁がいた。皇帝の弟、北誠王李誠明の息子、李健明。玲莉とは幼馴染であり、幼い時から兄妹のように仲が良かったらしい。年は十七歳。来年には南建王に封じられ、玲莉は三年後に建明に嫁ぐこととなる。
姉の蘭玲は皇太子李義との婚姻が決まっている。近々正式に決まるらしい。
「ということは、お姉さ・・・ではないか、姉上?は未来の皇后ですか?」
「そういうことになるわよね・・・」
蘭玲はため息をついていた。どうやら乗り気ではないようだ。
「姉上は皇后になりたくないのですか?もしかして皇太子が嫌いとか?」
そんなこと言ってはだめでしょと言いながら、額を指ではじかれ、痛がっている玲莉を見ながら、微笑んでいた。
「皇太子殿下は悪い人ではないわ。でも・・・この家に生まれたからには、運命を受け入れるしかないのよ。 玲莉にはわかんないかもね」
(この時代は政略結婚が当たり前だからね。というか、私も三年後には結婚しちゃうの?前の世界では付き合ったことすらなかったような。結婚する相手なんて・・・)
秀英は一瞬、胸に痛みが生じた。
(ん?何だろう、この違和感。気のせいかな・・・)
「これを見てください」
ある男の前には手のひらに乗るほどぐらいの大きさの水晶玉が置かれていた。その水晶玉は目が開けられないほど光り輝いていた。
「でかしたぞ。この水晶が輝いているということは、聖女が現れたということか」
「はい、間違いなく」
「誰かわかるのか」
「いえ、そこまでは。しかし、伝承によると、聖女は百年に一度現れ、国に平和と幸福をもたらし、聖女の血を飲んだものは不老不死になるとか。ただ、その伝承が書かれている書物が読めないほど傷んでいまして、どこまで本当かどうかわかりません」
「私は聖女を手にした者は天下をとると聞いていたが。まぁ、よい。何であれ、手に入れさえすればいいのだ。聖女の特徴はないのか?」
「瞳の色が血のように赤いそうです」
「ほほぉ、それは見つけやすそうだな。何としてでも探せ。誰にも悟られてはならぬぞ」
「御意」
後宮内の隠し部屋では男の薄気味悪い笑い声が響いていた。