二十二、申玲瓏の遺言
王浩たちが地下室に集まると一段と緊張感のある空気が流れていた。
白庭の代わりに孟景天の側に立っていたのは譚子安だった。
地下に部屋に孟景天が数か月住んでいためか、普通の部屋と変わらないくらい快適になっていた。唯一の難点は新鮮な空気を取り入れる窓がないため、長時間滞在すると息苦しく感じることだった。
「もしかして逸翰の湯あみが終わるまで待っていましたか?待ちくたびれましたよ」
少し上機嫌な孟景天は微笑みながら、椅子に腰をかけた。
「あの・・・私までここにいて大丈夫なのでしょうか?」
張嬌は皆の顔色をうかがいながら孟景天に尋ねた。
「義姉上、あなたは勇毅・・・間違えました。義兄上の妻でしょう?あなたは張家の者ではなく、王家の者です。将来のためにも、義姉上はここにいて私の話を聞かなければなりません」
「そうよね。私は王家の人間よ。それにしても・・・義姉上?」
玲莉とまだ婚姻もしていないのに、すでに義姉上呼びをしている孟景天に張嬌は苦笑いするしかなかった。
「若様、まだ婚姻もしていないのに義兄上は・・・いつも通り名前で呼んでください」
「何を言っているのですか?もうすぐ義兄上になるのです。それに、勇毅は私より年上ですし。逸翰は・・・逸翰で」
「なぜ私は兄上と扱いが違うのだ」
逸翰はぶつぶつ文句を言いながら、拗ねていた。
「それで若様、逸翰が持って帰ってきた書物には何が書かれているのでしょうか?」
王浩は一刻も早く情報を知りたかったため、急かすように孟景天に尋ねた。
「まずは王丞相、あなたがその目で確認してください」
王浩は意味深な笑みを浮かべる孟景天から書物を受け取ると、最初の頁を開いた。
王浩は衝撃のあまり最初の頁を見ただけで、すぐさま書物を閉じてしまった。
「あなた、どうしたの?」
不安そうな表情で思敏は王浩に尋ねたが、王浩は書物を閉じたまま、呼吸を乱していた。
「若様・・・この書物は・・・本物なのでしょうか?」
王浩はかっと目を見開いたまま、息を整えつつ、孟景天を見ていた。
「本物です。その方がこの玉佩もお持ちでした。もう少し読み進めると、この玉佩が誰の者なのか理解できるはずです」
王浩は目の前に置かれた玉佩を観察して、再び書物を開き、読みはじめた。
「まさか・・・そんな・・・本当に?・・・」
王浩は驚きを隠せないまま、もう一度玉佩を手に取ってじっくり見た。
「・・・玲瓏・・・」
王浩は玉佩を握り締めながら、涙を流していた。
勇毅は王浩から書物を受け取り、張嬌、蘭玲は座って、勇毅、逸翰は二人の後ろに立って、四人で書物を読んでいた。
四人の表情は王浩と同じように衝撃を受け、言葉を失っていた。
最後に思敏も読んだが反応は同じだった。
「若様・・・つまり・・・王家は元来、皇族だったということですか?」
「その通りです。王家は李一族によって皇族の立場を奪われた者の生き残りの末裔だったのです」
「若様はいつから王家が皇族だったことに気づいておられたのですか?」
「王家の家譜を見た時からです。李家の家譜は衰退の一途を辿る一方、王家の家譜は繁栄し、丞相まで上り詰めています。私が記憶している皇族の家譜の始まりの時代と王家の家譜に名が残っている時代が一致するのです。ですから、私が王丞相を皇帝へ押し上げようとしたのは、もう一度王家の皇族としての立場に戻ってもらうためだったのです」
「父上が・・・皇帝?」
「あなたが・・・皇太子殿下?」
王家の者は自分たちがこの国で最も尊き身分になってしまうことに、信じられないでいた。
「玲莉が聖女に選ばれたのも神が申玲瓏の願いを聞いてくれたからなのかもしれませんね」
書物の中には申玲瓏が最後に残した遺言が書かれていた。
申玲瓏は自分の命と引き換えに李威に呪いをかけた。
申玲瓏は薄れゆく意識の中、私にこう告げた。
「王晟陛下の子は守りました。王家はその子によって血がつながれます。必ず皇族として戻って来るでしょう。時が来たら、私はその子の子孫の聖女として生まれ変わります。記憶はないかもしれません。ですが・・・必ず・・・」
申玲瓏は私の腕の中で息を引き取った。
私は申玲瓏が水晶玉に変わるのを見た。その水晶玉は紫色をしていた。
美しいという言葉はこういう時に使うものだと思った。
その水晶玉は二つに分離した。
碧水晶は後宮の地下のどこかで保管されているようだ。
もう一つの紅水晶はどこかに消えるように飛んでいった。行方はわからない。
どこかで安心して休んでいてほしい。
私がこれほど王晟陛下を庇ったのは、この女のことを愛していたからかもしれない。この女は人を殺めた。聖女の膨大な力を使って。申玲瓏は早くから王晟陛下の子に一縷の望みを託していたのかもしれない。いや、十八で子を産んだ時から、自分の末路がわかっていたのかもしれない。申玲瓏は誰の子なのかは決して言わなかった。もう相手は亡くなっていたのかもしれない。申玲瓏は私にその子を育ててほしいと頼んできた。私は心がざわついていた。申玲瓏が私でない誰かと身体を重ねたことを考えるとその子を憎らしく思ってしまった。だからといって、無垢な赤子に手をかけることなど私にできようか。
申玲瓏。私は君を愛していた。この子は君の子だ。安心してくれ。大切に育て上げるから。いつの日か君が再び聖女として戻ってくるために。
我が娘よ。どうか父の願いを聞いてくれ。この書物がお前の母、申玲瓏の手に届く日まで、この書物を守ってくれ。それと特別な物も。お前の母が残した唯一のものだ。誰にも渡すな。大切にしてくれ。
父 閻充




