十九、愚かな小僧
(やっと着いたか・・・)
建明は商人に紛れ込み、魏の南に位置する曽の国に侵入していた。
曽は楚や魏と違い比較的暖かい国のため冬でも雪が降ることは滅多にない。
牢から着の身着のまま飛び出してきて建明にとって、久しぶりに過ごしやすい日々となりそうだった。建明の今の恰好はどこからどう見ても乞食が妥当だった。
(まずはこの格好を何とかしないといけないな・・・どうするか・・・金もないしな・・・)
建明は路地裏で座り込み、どうやって曽の宮城まで行き、皇帝に会うか考えていた。
「おい、小僧。お前も追い出された身なのか?」
建明が見上げると、六尺はあるだろう背の高い、四十ぐらいの僧侶のような男が声をかけてきた。
建明は驚いて、返事もせず、ただじっと見ていると、男は座り込み、左手を素早く動かしはじめた。
「お前、魏の者だな・・・それに・・・なるほど・・・元皇子か」
会ったこともない男に当てられ、建明は警戒し、逃げようとした。
「おい待て、逃げるな。別にお前を役人に売るつもりはない」
建明は立ち上がろうとしている体勢から、もう一度座り直した。
「小僧、悪いことは言わん。宮城に行くのはやめておけ。行きつく先は、死しか待っていないぞ」
「だめだ。私は玲莉と一緒になるのだ。そのためには曽の皇帝に協力してもらうしかないのだ」
男は哀れな目で建明を見ながら、饅頭を取り出した。
「お腹空いているだろう。これでも食べろ」
建明は久しぶりの食事に男から奪い取るように饅頭を取り、貪るように饅頭を食べていた。
「誰もとりゃせん。ゆっくり食べろ」
男は饅頭をもう二つ渡し、水も置いた。建明は食べながらなぜか涙が溢れていた。
男の名は慮空といい、占いをしながら、旅をしているという。金持ちからは法外な金を取り、貧しい者には茶一杯で占ったりと、義侠心のある男だった。
慮空はある人に会うために旅をしながら、捜しているという。
「慮空さんが捜している人は初恋の人とかですか?」
ようやく冗談も言えるようになってきた建明に対し、鼻で笑いながら、饅頭を建明の口の中に突っ込んだ。
「私は自分で言うのも何だが、すごい男でな。何でも占いを通して、知ることができる。小僧のこともすぐにわかったぞ。もう見向きもされなくなったお嬢様を奪うために、曽の皇帝を唆して、楚へ攻めようとしていたことも」
建明は不貞腐れながら、饅頭を頬張っていた。
「しかし、私が捜しているお方だけは、私がいくら占っても出会うことができない。どの国にいるのかもわからないのだ。もしかしたら、この国にいるかもしれないが、気配すら感じることができない。小僧に会った時、吉兆を感じたのだ。だから小僧に声をかけた」
建明は水で饅頭を流し込みながら、ふとある可能性に気づいた。
(慮空さんが捜している人ってまさか・・・)
「慮空さん、もしかして捜している人って聖女ですか?」
「なぜ小僧が聖女様を知っている?」
慮空は建明の身体を揺さぶりながら、問いただしていた。
「私が見向きもされなくなった令嬢がその聖女ですよ」
「本当か!」
「本当ですから、離してもらえませんか」
「あぁ、すまない」
建明は揺さぶられすぎて、饅頭を吐きそうなのを我慢し、飲み込んだ。
「小僧が曽の皇帝を唆そうとしていた情報が聖女に関することか?」
「そうです。楚の軍には魏の軍だけでは勝つことができません。しかし、それに曽の軍が加われば、楚に勝つことができ、玲莉を取り戻すこともできます」
「なるほど・・・なぜそこまで女に執着していると思ったら、聖女様だったのか」
慮空は眉間にしわを寄せ、諭すように建明に言った。
「悪いことはいわん。やめろ。さっきも言ったが、小僧の先には死しか見えない。聖女様に会えたとしてもすぐ死ぬぞ」
「そんなことはない。玲莉は私の女だ。私が玲莉を救い出さなければ」
建明は頑なに慮空の説得を断った。
「小僧、聖女様にお会いできただけで、光栄なことなのだぞ。聖女様には運命られた道がある。それは、小僧と歩む道ではないはずだ。悪いことはいわん。魏に戻っても今のお前は処刑されるだろう。生きたいのならこの国に留まれ。そうすれば、お前は早死にすることはない」
建明は胡坐をかき、下を向いたまま、答えることはなかった。
慮空の占っていた左手はぴたりと止まり、その目には一筋の涙を流していた。
(なんて愚かな小僧なんだ・・・)
慮空は北西に向かって、歩き出した。




