二十、君に再び会うために
「それはだめだ」
同時に異議を唱えたのは李義と建明だった。
「たしか玲莉お嬢様は建明殿下の許嫁でしたね。建明殿下が声を上げるのは理解できますが、皇太子殿下まで異議を唱えるとは。皇族二人の男を虜にするとは。やはり、王玲莉。あなたがほしいですね」
皇帝は玲莉がまだ十五であること、魏の国では十八で婚姻できる年齢であることを伝えた。
しかし、劉翔宇曰く、楚の国では十六で婚姻できる年齢のため、玲莉とは来年には婚姻できるという。
「陛下、私は貴国との和平のために婚姻関係を結びに来たのです。我が国と貴国との兵力の差は歴然です。我が国が圧倒的に勝っています。しかし、譲歩をしているのです。陛下なら賢明な判断をしてくださると思います」
皇帝は劉翔宇の言葉に間違いがないため、返す言葉が見つからなかった。
翔宇は満面の笑みを浮かべながら、皇帝に提案をした。
「では、こうしましょう。いずれにしても玲莉お嬢様はまだ十五。我が国に戻ってもまだ婚姻ができません。では私がこの国に一年とどまりましょう。一年で玲莉お嬢様の心を私で埋め尽くしてみせます。もし、玲莉お嬢様が私を受け入れれば、来年我が国に連れて行きます。反対に全く今と状況が変わらなければ、私は玲莉お嬢様を諦めて別の方を妻にします。陛下、どうですか?」
(玲莉は建明と相思相愛だ。義も玲莉を想っている。今のところ玲莉が劉翔宇を選ぶことはないだろう。しかし、何だ?あの自信に満ちた態度は。このまま、抵抗したところで、劉翔宇は引き下がらないだろう。あのことを話されても困る)
「わかった、言う通りにしよう」
「父上!」「陛下!」
皇帝は李義と建明を見て、首を横に振った。
「よし、決まりですね。玲莉、来年には必ず私の妻にしますから。私のことも翔宇と呼んでくれ」
玲莉は顔を引きつらせながら、はいと答えた。
(秀英、俺はこの世界に君がいることを信じて探してきたんだ。絶対にもう手放すものか。もうあの頃のように見ているだけの俺ではない)
劉翔宇は元の世界のときの高翔宇としての記憶を思い返していた。
高翔宇は楊秀英が倒れ、パニックになっていた。
翔宇が何度呼びかけても、目を覚ます気配はなかった。
(たしか近くに大きな病院があったはずだ)
翔宇は秀英を背中におぶって、全速力で病院まで走った。
「秀英、大丈夫だ。頑張れ」
医師の懸命の治療も虚しく、秀英は息を引き取った。その顔はなぜか幸せそうに微笑んでいた。
翔宇は絶望し、秀英のそばから離れることができなかった。
秀英の両親も駆けつけ、娘の遺体を目の前に泣き崩れていた。
「翔宇、ありがとうね。あなたのおかげで秀英も幸せだったと思うわ」
「丹おばさん、俺は・・・俺は・・・」
翔宇はポケットから秀英に渡すはずだった婚約指輪を取り出した。
それを見た、秀英の両親は再び泣き崩れた。
翔宇は箱から婚約指輪を取り出し、秀英の左手の薬指にはめた。
「秀英・・・俺と結婚してくれるんじゃなかったのか?」
翔宇の両親も秀英が倒れたことを聞きつけ、駆けつけていた。
秀英の家族と翔宇の家族は昔から家族ぐるみで仲が良かった。お互いの両親は秀英と翔宇が結婚するものだと昔から思っていた。
秀英の遺体を目の前に憔悴しきった息子を母の芬芳は優しく抱きしめた。
「母さん、俺、秀英に結婚しようって言ったんだ。秀英も受け入れてくれたんだ。なのに・・・」
翔宇は壊れたおもちゃのように秀英に名を叫んでいた。
翔宇の両親は身を引き裂かれる思いで、翔宇を帰らそうとしたが、秀英のそばから離れなかった。
そんな翔宇に翔宇の父は思い切り翔宇を殴った。
「翔宇、秀英は死んだんだ!現実を受け入れろ!秀英はそんなお前を見たくないはずだ!」
翔宇は両親に引きずられながら、病院をあとにした。
翔宇は携帯電話に保存している秀英と撮った写真を見ていた。
「こんなことになるなら、早く俺の気持ちを伝えればよかった」
翔宇は自分の涙で写真が見れなくなっていた。
(秀英に会いたい?)
どこからか少女のような声が聞こえてきた。
(何だ?どこから聞こえている?)
翔宇は部屋を見渡し、外をのぞいたりしたが、声の正体がわからなかった。
(秀英に会いたい?)
翔宇はその声に返事をした。
「当たり前だ。今すぐ会いたい」
(今すぐは無理だけど、秀英のいる世界へ連れて行くことはできるよ)
普通に考えれば嘘みたいな話だが、秀英に会えるのであれば正体が何であれどうでもよかった。
(でも、この世界の君は死ぬことになるよ)
「構わない。秀英に会えるのなら、この命いくらでもやる」
(わかったよ。秀英のいる世界に連れて行ってあげる。でも、秀英のことは自分で探してね)
「わかった」
翔宇は脳がふわふわする感覚を感じた。すると、急に激しい頭痛に襲われた。
(待っていてくれ。秀英。君を必ず見つけ出す)
翔宇は目が覚めると、全く知らない世界にいた。
(ここは、どこだ?時代劇のセットみたいだ。広い部屋だな。あれ?なぜだろう・・・ここがどこなのか理解できる。俺が誰なのか。俺は高翔宇ではなくて、劉翔宇になったのか。しかも、皇太子か・・・堅苦しい身分になってしまったな)
翔宇は意外と冷静だった。
翔宇は秀英とは違い、高翔宇として生きてきた記憶も劉翔宇として生きてきた記憶も両方覚えていた。
(劉翔宇は十八なのか。いきなり若返ったな)
翔宇は鏡で自分の顔を確認した。
(顔は俺のままだ。十八の時の俺の顔だ。ということは秀英も変わっていない可能性が高いな。それなら、見つかる確率も高くなるな。秀英、必ず君を見つけ出す。今度は絶対に離さない)
高翔宇は秀英に長年告白もできないほど奥手だったが、劉翔宇の性格に感化され、腹黒い性格へと変わっていった。




