七、乞食から皇后へ
皇帝主催の花見に多くの高官や皇宮に品を献上している商家、軍部の者など多くの者が参加していた。
劉正は大声で笑っている男に近づいていった。
「董御史大夫、今日はどうした?珍しいな。いつも寡黙な御史大夫が大声で笑うなんて」
「陛下、お見苦しいところをお見せしてしまいました。実は行方不明だった娘が見つかったのです」
「そういえば、十数年前に娘を誘拐され、そのまま行方知らずだったなぁ。よかった、見つかったのか」
「ちょうど陛下にも会わせようと思っていたところです。珠、珠ー」
劉正はゆっくりとした足取りで歩いてくる少女にどこか懐かしさを感じていた。
「珠、陛下に挨拶を」
「董珠が陛下にご挨拶申し上げます」
どこかぎこちない挨拶をしている少女を微笑ましく感じながら、観察していた。
つぶらな瞳をし、同年代に娘の中では一際幼く見え、瘦せており、背も低かった。
少女の腰にぶら下がっている物に目が留まった。
劉正は瞬きもせず、固まったまま、口を震わせていた。
「もしかして・・・小鼠か?」
董珠は劉正の顔を見て、あの日の出来事を思い出した。
「・・・劉・・・正?」
劉正は涙を流しながら、董珠を抱きしめた。
皇帝がいきなり娘に抱きついたので、董仲はどうすればよいか分からず、あたふたしていた。
「陛下、娘をご存じなのですか?」
「あぁ、この娘が腰に下げている玉佩は朕があげたものだ」
董仲は混乱していた。
劉正は董珠の手を取り、喜びを噛みめていた。
「董珠、今、何歳だ」
「十三です」
「董御史大夫、董珠が十六になったら、妃として迎え入れる。董珠を・・・皇后に立てる」
「皇后!?」
董仲は怒涛の急展開に驚くべきか喜ぶべきかよくわからないでいた。
「珠、朕の妃になってくれるか?」
「陛下、私は十三年もの間、ずっと乞食でした。今では実の父と母に会えて、令嬢として過ごしていますが、私は自分自身が陛下に相応しい人物たとは思えません」
劉正は首を横に振った。
「あの時、言っただろう?君を妃にするって。朕の気持ちはあの時から変わっていない」
「なぜですか?なぜ私なのですか?」
「あの時、君と別れてからずっと後悔していた。救いの手を差し伸べるべきだったと。そうすれば、もっと早くに董御史大夫と再会できたかもしれない。ずっと心に引っかかっていたのだ。皇后を決めることができなかったのは、君を皇后にしたいと思っていたからかもしれない。誰が何を言おうと君を皇后にする」
董珠は一筋の涙を流しながら、笑顔で頷いた。
董仲はずっと苦労をかけてきた娘に思わぬ縁談が飛び込み、乞食として生活してきた娘が報われた気がしていた。
「でもなぜ皇后様は皇宮に行かなかったのですか?皇太子の玉佩を持っていたら、何らかの施しはもらえると思うのですが」
「母上は人を信用することができなかったのよ。乞食として生きてきたから、何度か騙されたことがあったみたい。だから、父上に会った時も子供だからといって、また騙そうとしている人だと思ったらしいの。玉佩の価値もわかっていなかったって。でも、一応持っておこうと肌身離さず持っていたの。祖父も玉佩が陛下の持っていたものと似ているとは思ったらしいけど、そんなことはありえないと考えて、どこかで拾ったのだろうと思い込み、深く追求しなかったそうなの」
皇宮の生い立ちを考えるとまさにシンデレラストーリーだが、他の妃にとっては面白くない話だろう。
まして、御史大夫の娘とはいえ、長年、最下層の乞食として生活していた。他の妃が見下すのも無理はない。
(皇后だけ子供が三人いる理由がわかった気がする。陛下の寵愛の度合いが全く違うみたいね。四十を過ぎている皇帝に三歳の子がいるということは、まだまだ現役みたいね)
子を成すことが難しい魏の皇族と違い、多くの子孫を残すことができる楚という国はしばらく滅びる心配はない。
玲莉は楚の軍事力、国力が圧倒的に魏に勝っている理由がわかったような気がした。
「三日後に妃や兄上たちが全員揃うわよ」
「何が行われるの?」
「えっ?玲莉、知らないの?父上が妃や兄上たちに玲莉を翔宇兄上の正式な許嫁として紹介するのよ。なぜ、当の本人が知らないのよ」
「えっー!?」
劉長寧は呆れていた。
魏の丞相の娘が楚の皇太子妃として紹介され、受け入れられるはずもないことが目に見えてわかっていたので、すでに三日後が憂鬱でしかなかった。




