五、甘い食べ物には裏がある
「玲莉ー、遊びに来たよー」
劉長寧は玲莉の身体の調子が良くなったと聞きつけ、玲莉のために新しく改装された莉花宮を訪れていた。
「あら、もしかしてその三人は玲莉の侍女?」
劉長寧は着替えを手伝っている春静、部屋の掃除をしている秋菊、不愛想な顔で戸を開けた晩夏の顔を見ながら、玲莉に尋ねた。
玲莉は手でさしながら、春静、晩夏、秋菊を紹介した。
「私は玲莉の義・姉・上の劉長寧よ。玲莉の許嫁の皇太子劉翔宇は私の実の兄上。これからもよろしくねー」
そう言いながら、さも自分の宮であるかのように用意されている茶と菓子を食べ始めていた。
玲莉は劉長寧の公主らしからぬ挨拶と態度にくすくす笑っていた。
玲莉のために用意されているものに手を付けている劉長寧を見て、春静たちは公主である手前、注意すべきかどうかわからなかった。
三人は一斉に玲莉の方を向き様子を見たが、楽しそうに笑っていたので、何も言わないことにした。
「そういえば玲莉、丞相府でひどい目に遭ったらしいじゃない。宋丞相が朝議の場でずっと跪かせられていたそうよ。しばらくは宋梦瑶も皇宮には来れないでしょうね」
「そうだといいのですが・・・」
「玲莉、本当に身体は大丈夫なの?丞相府で何があったのか教えてくれる?」
着替えを終えた玲莉は椅子に座り、丞相府であった出来事を全て話した。しかし、聖女の力で身体を治したことについては話さなかった。
「あの女は馬鹿なの?宋梦瑶が皇太子妃になれるわけがないわよ。兄上は一度も宋梦瑶に関心を向けたことがなかったわ。いえ、むしろ、あからさまに嫌っていたわよ。勘違いも甚だしい。玲莉も飛んだ災難だったわね。ごめんなさい。兄上に代わって謝るわ」
劉長寧は玲莉の両手をつかみ、その手を額に当て、目をつぶって何度も謝っていた。
「義姉上、義姉上は何も悪くないのですから謝らないでください。それに、翔宇も悪くないですよ。翔宇ははっきり私が許嫁であることを示してくれたのですから」
「玲莉、兄上と仲直りしたのね。あの口づけの一件以来、喧嘩してたでしょう?」
(そうだった・・・丞相府でいろいろありすぎてすっかり喧嘩していたことを忘れていたわ。まぁ、でも、助けに来てくれたから・・・今回は許すとしよう)
玲莉は腕を組んで頷きながら、自己解決していた。
「仲直りできたならそれでいいわ。兄上、ずっと玲莉の心配していたから。玲莉、数日間、宮に籠りっぱなしだったでしょう。久しぶりに外に出てみない?気分転換にもなるし。私の侍女に今、菓子を買ってきてもらっているの。私のお気に入りの糖葫蘆。玲莉も食べたことあるでしょう?」
(糖葫蘆!この時代の糖葫蘆、一度食べてみたかったのよね)
「義姉上、行きましょう!」
劉長寧と玲莉は手をつなぎ、笑顔で走り出した。
「玲莉お嬢様、ちょっと待ってください!」
春静は玲莉の上着を持って慌てて追いかけた。宮には秋菊が残り、晩夏も玲莉の後を追った。
「これよこれ!これが糖葫蘆よ!」
玲莉は幼い子供のように目を輝かせ、うれしそうに糖葫蘆を眺めていた。
「玲莉、どうしたの?そんなに感動して。玲莉なら何度も食べたことがあるでしょう」
「そうなのですが」
(私の時代もあるけど、この時代の糖葫蘆を食べてみたかったのよね。よく時代劇のドラマに出ていたものと同じだ)
「んっ!おいしい!」
二人は口いっぱいに頬張りながら、幸せそうな顔をしていた。
「珍しいな。長寧が誰かと仲良くしているだなんて」
長寧に声をかけてきたのは、長身で透き通るような目をし、見るからに優しそうな男だった。
「世民兄上、お久しぶりですね。この子は私の義妹の王玲莉。翔宇兄上の許嫁です」
「あぁ、君が翔宇の。間違った。皇太子殿下の許嫁か。初めまして。私は長寧の異母兄妹の劉世民と申します。楚では殷王の名で知られています・・・」
玲莉も劉世民に挨拶をした。
挨拶後もずっと劉世民からの視線を感じていた。
劉長寧がそれに気づき注意をした。
「世民兄上、玲莉は翔宇兄上の許嫁ですよ。そんなに見つめられたら玲莉が困りますよ」
「あぁ、すまない。その、あの翔宇が許嫁を連れてきたとは聞いていたが、こんな美しい娘だったとは。安心した。翔宇もちゃんとした男だったのだな」
「そうですよ。世民兄上。翔宇兄上は玲莉の前では人が変わるのですよ。玲莉に夢中なんですから」
「ちょっと、義姉上」
玲莉は困惑した顔で劉長寧を見ていた。
「では、私は失礼するよ。今日皇宮に来たのは、父上から呼び出されたからだ。ここで油を売っていたら、父上に怒られてしまう。玲莉、長寧と仲良くしてくれてありがとう。長寧は正直で真っすぐな子なのだ。時々、傷つけるようなことを言うかもしれないが、悪気は一切ない」
「殷王。心配しないでください。長寧義姉上は私のことを大切に思ってくれています。私も長寧義姉上のことがとても大切です。私は長寧義姉上のことが大好きですから」
劉長寧は玲莉の名を呼びながら、玲莉の頬に頬ずりしはじめた。
劉世民は安心した様子で去って行った。
「義姉上、殷王はとても優しそうな兄上でしたね」
「世民兄上は異母兄妹の中で唯一私たちに優しいの。世民兄上は貴妃の息子なの。私の二番目の兄上。正一品の妃の中で貴妃は私の母上と仲良しなの。息子の世民には自由に生きてほしいと思っているみたいで、翔宇兄上を蹴落とそうと裏で画策している妃たちとは違って、世民兄上には皇太子の座を求めないでと言っているみたいだから。世民兄上も翔宇兄上には全ての点で劣っていると自覚しているから、決して争おうとはしないのよ」
(今の話、裏を返せば、殷王以外の兄弟は皇太子の座を狙っているってことよね」
玲莉は後継者争いに巻き込まれそうな、嫌な予感しかしなかった。




